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.政治  投稿日:2022/2/22

朝日新聞とヒトラー その5 ナチス支持者は安倍晋三支持者


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・朝日新聞は民主的に選ばれた日米の政治指導者を「ヒトラー」呼ばわりするが、独裁国家の指導者にはせず、礼賛したことさえある。

・同紙特別編集委員が誤った写真を使い、英語と仏語で「安倍=ナチス」のデマ構図をツイッターで対外発信。

・さすがの朝日新聞もこの件は削除し、謝罪した。しかし、ヒトラー利用の悪魔化をやめたわけではなかった。

 

朝日新聞が日本、あるいはアメリカの国民多数が民主的な選挙で選んだ政治指導者をヒトラーになぞらえて誹謗するという実例を多々、紹介してきた。

おもしろいことに朝日新聞は共産主義や社会主義の国家指導者たちには決して、このヒトラーのレッテルを貼ることがない。独裁や残虐性でヒトラーに共通する点が多々ある指導者がいても、共産主義の側である限り、ヒトラーと結びつけることがないのだ。

たとえば北朝鮮の金正恩、中国の毛沢東、ソ連のスターリンなど非人道的な行動は多かった。カンボジアのポル・ポトに至ってはヒトラーもしぼむほどの大虐殺を断行した、しかも自国民の大量虐殺だった。だが朝日新聞がポル・ポトをヒトラー呼ばわりしたことは、私の知る範囲ではまったくない。むしろ逆の礼賛の記録さえあるのだ。

ポル・ポトが進めた自国の支配は原始共産主義、異様なほど苛酷な社会主義の革命だった。しかもヒトラーよりも非道だといえたのは自国の自民族を大量に殺した点だった。ところが朝日新聞はこのポル・ポトが率いた共産主義組織のクメール・ルージュ(赤いカンボジア人という意味)を「優しい解放勢力」と評したのだった。

▲写真 ポルポト政権時代に殺された人々の頭蓋骨数千個で埋め尽くされたキリング・フィールドのひとつチュンエクの大量虐殺センターの慰霊塔。朝日新聞はクメール・ルージュを「優しい解放勢力」と称したことも。 出典:Photo by Omar Havana/Getty Images

1975年4月、元カンボジア特派員の和田俊記者が東京で書いた記事だった。私は当時、隣の南ベトナムのサイゴンで報道にあたっていたから、カンボジアでの大虐殺も、この記事もよく覚えている。朝日新聞の歴史的ともいえる偏向報道だった。共産主義側の独裁者をヒトラーと呼ぶなど、とんでもない、という偏向なのである。

本題に戻ろう。

前回は朝日新聞の看板コラム「天声人語」にもヒトラーやナチスを利用しての悪魔化が登場する実例を紹介した。今回はその天声人語の筆者を何年も務めたベテラン記者が「安倍晋三首相を支持する日本国民はナチスの支援者だ」と自分のツイッターで発信し、朝日新聞自体からもその発信の削除と懲罰を受けた事例を報告する。

2015年8月2日、朝日新聞の特別編集委員、冨永格記者が突然、英語とフランス語で以下のようなツイッターのメッセージを発信した。その簡単な発信の日本語の意味は以下のようだった。

《東京での日本人ナショナリストたちのデモ。彼らは安倍晋三首相とその保守的な政権を支持している》

そしてこのツイッターには言葉の記述の前に「東京でのデモ」の写真が掲げられていた。何人かの人間が映るその写真の中央で最も目立つのはナチスの旗、カギ十字(ハーケンクロイツ)だった。つまりナチスの旗を掲げて行進するナチス支援者たちは同時に安倍晋三氏の支援者だという「写真説明」だったのである。

だからその英文とフランス語文の記述はまちがいなく「ナチス主義者が安倍首相とその政権を支持している」という対外的なメッセージだった。さてその発信者の冨永氏は朝日新聞の特別編集委員で、この2015年の時点ではパリ在住とされていた。

富永氏は1956年生まれだというから、2015年には59歳、本社の経済部員などを経て、ベルギーのブリュッセル支局長やフランスのパリ支局長を歴任した。ヨーロッパでの駐在が長いが、2007年からの6年間は「天声人語」の執筆も担当したという。その後に厳密には朝日新聞を退職し、嘱託のような特別編集委員というタイトルでパリに住み、ときおり朝日新聞への記事の執筆を許されていた、ということのようだった。

だからこのツイッターも朝日新聞のデジタル版にも掲載された。先に「突然、英語とフランス語で」と記したのはそれまでの冨永氏の朝日新聞デジタルに載ったツイッターはすべて日本語だったからだ。

冨永氏の発信は不当な非難だった。政治的なデマゴーグともいえよう。「ナチス支援者が安倍晋三首相とその保守的政権の支援者だ」という断定は事実に反するデマである。

同時の冨永氏の記述は二重にも三重にもまちがっていた。同氏がツイッターに掲載した写真は安倍政権支持者の集まりのデモではなかったのだ。実際には歴史問題などで韓国に抗議するデモだった。しかもそのデモの主催者たちは安倍政権の韓国に対する姿勢がなまぬるいとして、安倍非難をも表明していた。決して安倍支持者たちの集まりでもなかったのだ。そこに出てきたナチスの旗が安倍晋三氏となんの関係もなかったことはいうまでもない。

だが冨永記者は「安倍=ナチス」というデマ構図を描き、対外向けにあえて英語とフランス語で発信したのである。いかにも悪質、なんとも稚拙な安倍叩きだった。さすがの朝日新聞もすぐに対応した。冨永記者の発信を否定し、同記者との絆を薄める措置を発表し、しかも謝罪までを表明した。

▲写真 朝日新聞東京本社 出典:Photo by Bernard Annebicque/Sygma/Sygma via Getty Images

朝日新聞は2015年8月5日の朝刊と「朝日デジタル」の両方に以下の記事を掲載したのだ。

《朝日新聞記者の冨永格特別編集委員が2日、ツイッターに不適切な投稿をし、削除しました。本社は、報道姿勢に疑念を抱かせる行為だったと重く受け止め、社名などを名乗ってツイッターを利用できる「公認記者」から外すとともに、コラム「日曜に想(おも)う」の執筆者からも外す措置をとります。

今回の経緯について説明いたします。

冨永記者はツイッターにナチスの旗などを掲げてデモをする人たちの写真を載せ、英語で「東京であった日本の国家主義者のデモ。彼らは安倍首相と保守的な政権を支持している」と投稿し、フランス語でもほぼ同様の内容の投稿をしました。

冨永記者は投稿について、事実関係の裏付けをしておらず、写真も撮影者の許可をとらずに転載していました。

この投稿に対し、多くのみなさまから批判を受け、冨永記者はおわびをし、英語、フランス語の投稿を削除しました。

本社は、冨永記者に厳しく注意し、冨永記者は改めておわびの投稿をしました。

本社の記者ツイッターは記者個人の責任で発信していますが、このような事態を招いたことについて、みなさまにおわびいたします。記者に対する研修の強化などを通じ、ソーシャルメディアの適切な利用を進めます》

以上の朝日新聞の釈明を読めば、ヒトラーやナチスを安倍晋三氏やその他の現代の政治家に重ねることはよくない、という判断を示したようにも思える。朝日新聞は冨永氏のその種の記述を否定し、撤回し、謝罪までしたのだからだ。

この事態は日本の主要メディアでもいっせいに報道された。NHKまでが報道した。

ただし当の冨永氏の弁解は歯切れが悪かった。自分のツイッターで事後に以下のように述べていたからだ。

《嫌韓デモに参加する人たちには安倍首相の支持者が多いという趣旨でしたが、英語ツイートに『一般的に』の言葉が抜けていたので、彼らがこぞって首相を支持しているかの印象を与えるツイートになってしまいました。失礼しました》

しかし朝日新聞も冨永発信を日本語で撤回したものの、原文の英語やフランス語で同じ措置をとることはしなかった。だから外国の読者たちは冨永氏の本来の安倍叩きだけが記憶に残ったというケースが多かっただろうともいえる。

とにかくこの一件では朝日新聞がヒトラー利用の悪魔化は申し訳なかった、もうしません、とも詫びているように思えた。だが実際にはそうではなかったのだ。

(その6につづく。その1その2その3その4)

トップ写真:デモ参加者が掲げるナチス否定のサイン(イメージ) 出典:Photo by Robert Nickelsberg/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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