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.国際  投稿日:2024/3/26

ODA70周年を機に対中供与の大失態の反省を その2 アメリカからも警告されていた


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・アメリカは日本の対中ODAの中国の軍拡への寄与という危険を以前から指摘してきた。

・日本の対中ODAによる運輸、通信施設建設の効用を中国軍首脳部が高く評価していることを指摘。

・「日本は援助が中国の軍事力増強に寄与している側面を本格的に調査したことがないのでは」とも指摘。

 

さて、では日本のODA(政府開発援助)が中国の軍拡をどう助けたのか。その経緯を少し詳しく報告しよう。

なにしろ中国の強大な軍事力といえば、2024年のいまの全世界でも最大の不安定要因、そして脅威だといえよう。とくに隣接する日本にとっては中国の兵力の大増強は国家安全保障の根底を揺るがす危険な動きである。この中国の大軍拡に対しては軍事超大国のアメリカでさえ、深刻な懸念を表明しているのだ。

そしてそのアメリカが日本の対中ODAの中国の軍拡への寄与という危険を以前から指摘してきたのである。

1997年8月、私が中国に赴任する1年半近く前だった。香港がイギリスから中国へと返還された年である。

アメリカのワシントンにある国防大学の研究所が中国の軍事戦略を分析した報告書のなかで日本の対中ODAの悪しき影響について指摘したのだった。

アメリカ国防大学の国家戦略研究所が公表したこの報告書は実際には中国人民解放軍最高幹部たちが書いた論文の集大成だった。中国軍研究でアメリカ全体でも有数の権威とされたマイケル・ピルズベリー研究員が主体となって作成した同報告書は「将来の戦争に関する中国の見解」と題されていた。

内容は中国軍の軍事戦略についてその責任ある立場の軍部首脳によって書かれ、英語に訳された論文集だった。

そのなかで軍事能力増強のための鉄道、自動車道路、地下交通路などの運輸網や通信網の拡充の決定的重要性が力説され、日本の対中ODAによる運輸、通信施設の建設の効用が期せずして高く評価されていた。

この論文集のなかで日本の対中ODAとのからみでとくに注目されたのは人民解放軍の総後勤部(装備や補給などの兵站部)司令部の楊澄宇参謀長が書いた「地域戦争のための兵站支援」という論文だった。

楊参謀長はそこで次のように書いていた。

「将来の地域戦争では兵員の敏速な移動による展開能力が決定的要因となるが、中国は広大な国土を抱え、通信と輸送の施設がまだ貧弱であり、機動性のある戦力を必要な地域に敏速に、流動的に移動させるためには、通信と運輸の手段の開発が不可欠となる」

戦時には鉄道、自動車路、地下交通路などを使っての軍需物資や兵員を輸送する総合的なシステムが必要となる」

日本の対中ODAの主要部分は中国側の要請によりまさに鉄道、自動車道路、橋の建設、空港の整備などという輸送や、電話網、国家情報システムの建設というインフラづくりにそそがれていたのである。

このアメリカ国防大学の研究所が出した論文集について別の専門家がコメントしていた。

日本の対中ODAの軍事的効用についてである。

アメリカ議会の上院外交委員会元首席顧問で中国軍研究学者のウィリアム・トリプレット氏の言だった。

「中国軍は核兵器などの主要兵器や主力部隊を内陸の奥深い山岳部に隠してきたため、いざという有事にはその戦力を海岸地域や都市周辺部に最大のスピードで移送することが死活的に重要となる。そのためには鉄道や幹線道路などの輸送網や通信網の整備が不可欠となるが、まさにその部分に日本のODAが費やされてきたため、日本は公的資金で中国の総合的な軍事能力増強に寄与してきたともいえる」

トリプレット氏は一例として中国軍が台湾への軍事行動という万一の事態に備え、総合軍事力強化の目的で近年、台湾海峡に近い福建省の鉄道網拡充に努めていることを指摘した。

その福建省の鉄道拡充にまさに日本のODA資金が投入されたのだった。1993年度に「福建省鉄道建設計画」のために67億円以上の有償資金が供与された。

この点、トリプレット氏は「日本政府は自国からの援助の用途が軍事、戦略の面で中国側の軍事力増強に寄与している側面を本格的に調査したことがないのではないか」という疑問を提起した。輸送や通信の能力強化が軍事能力の増強に直結すると中国側が明言する以上、日本のODAが中国の軍事能力の向上に資しているという現実は否定しがたいといえよう。

日本の対中ODAの功罪をアメリカ側から、しかもふだんは中国の軍事動向に目を向けているアメリカの専門家から聞くことは当時の私にとっては多角的に分析の光としての意味が大きかった。

トリプレット氏は次のようにも述べていた。

「ODAにいかなる大義名分があろうとも、その結果、中国に提供される資金、超低金利の融資は中国政府が使いたいと思っている資金の一部になる。その意味で中国の核戦力増強にも役立つことになる。この点が最大のカギだと思う」

「対中ODAはそれ自体は産業基盤の開発を用途としても、中国政府が本来、そうした用途に使おうとする経費を肩代わりすることにより、中国側に軍事力強化、とくに核戦力への資金のつぎ込みを容易にする結果となる」

「中国経済への寄与は貿易、投資など民間の商業ベースでもできる。中国に対しては軍事増強の前に民主化を求めるべきだ。軍事増強を遅らせる政策をとるべきだ。そのためには中国の軍事増強への財政寄与となるような政府レベルでの経済援助は避けるべきだと私は思う」

トリプレット氏はさらに日本のODAが中国の高速道路や鉄道というインフラ建設に投入されている事実に焦点を合わせ、「中国の軍事能力の強化に直接、寄与する」と述べた。

同氏はその背景として以下の諸点を指摘していた。

1.高速道路の軍事的効用は1950年代にアメリカのアイゼンハワー大統領が州間高速道路を「防衛ハイウエー」と呼んだように軍事利用は国際的常識で、中国人民解放軍幹部は高速道路が軍事力強化につながることを頻繁に論じている。

2.日本がすでにODAを供与した福建省の鉄道は中国軍の台湾攻撃での軍事輸送を念頭においた体系で建設されており、中国共産党は鉄道一般の軍事効用を歴史的にも強調してきた。

3.東西冷戦中にソ連がアメリカ向けICBM(大陸間弾道ミサイル)を列車に乗せて常時、移動させていた核戦略を中国がまねする可能性があり、チベットに建設される鉄道がその目的に使われる危険がある。

私は1997年のそのころワシントンでアメリカ側の別の中国専門家に話を聞いたこともあった。中国の対外的な戦略や外交の研究では全米有数の権威とされるロバート・サター氏だった。国家情報会議、国務省、中央情報局(CIA)などの政府機関で長年、中国政策を担当してきた人物である。

サター氏は日本の対中ODAと中国の軍事態勢については次のようなことを語った。

「外貨準備額がすでに1260億ドルという強大な国の中国に外国が援助する必要はない。日本の対中ODAのほとんどは中国のインフラ建設に投入され、軍事目的にも寄与するだろう。そもそも超巨額の外貨をかせぐ中国に対し、財政赤字に苦しむ日本がなぜ公的資金の経済援助を与えねばならないのか」

「中国にとって日本からのODAは当然、軍事増強へと回せる。軍事面で重要なのは、日本やアメリカがアジア地域でもグローバルにも『現状保持勢力』であるのに対し、中国は現状に不満を持つ『現状打破勢力』であることだ。日本のODAは中国を強大にして、軍事面でも現状打破の勢いを増加させていることになる」

日本の対中ODAは軍事面でみても自分で自分の首を絞めるに等しいという意味だった。アメリカからは対中ODAの軍事的な功罪についてこんな冷徹な認識が20数年も前に述べられていたのである。

▲写真「ODA幻想 対中国政策の大失態」著:古森義久(海竜社)出典:amazon

(その3へつづく。その1

トップ写真:写真は福建省にかかる中国初の海峡横断道路・鉄道橋の平潭海峡大橋建設の様子(2017年11月16日)。日本は大橋建設に先立つ1993年にこの鉄道貨物輸送力増強のための支援を実施。中国軍の台湾侵攻準備に寄与していると指摘されてきた。 出典:Photo by TPG/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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