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.国際  投稿日:2022/4/19

ロシアが突きつける核の脅威 その3 プーチンの核戦略には先制攻撃がある


プーチンの核戦略には先制攻撃がある

古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視

【まとめ】

・ソ連の「核先制不使用」の原則をロシアは否定、非核保有国に対しても「先制使用」する権利主張。

・核使用条件の「ロシア国家の存続が脅かされた場合」は、都合よく解釈可能。

・旧ソ連時代よりもロシア軍は通常戦力が弱小になる一方、「戦術核兵器」は大幅に増大。

さてここでプーチン大統領が今回の核宣言の根拠とするロシアの核戦力・抑止戦略の内容を眺めておこう。世界を脅すような今回の言葉も同大統領が個人で衝動的に思いついて表明した、というわけではないのである。

プーチン大統領は2020年6月、「ロシア連邦の核抑止分野での国家政策の基本的原則」と題する政令に署名した。この文書こそがロシアがどんな場合に核兵器を使用するかを具体的に明記していた。

この基本的原則には核兵器使用について大別して二つの条件が記されていた。

第一は「ロシア連邦は自国とその同盟国に対する核兵器、あるいは他の種類の大量破壊兵器の使用に対して核兵器の使用の権利を有する」とされていた。

そのうえで第二としては「ロシア連邦に対する通常兵器使用による攻撃でロシアの国家の存続が脅かされた場合にも核兵器使用の権利を有する」と明記されていた。

つまり今回のプーチン大統領の核準備言明はこの第二の記述を根拠としているわけだった。ロシアは自国が核攻撃を受けなくても、さらには相手が核保有国でなくても、核兵器を先制的に使う権利があると宣言しているのだ。

その宣言には「ロシア連邦の国家の存続が脅かされた場合」という条件こそついているが、この条件はどのようにも解釈できる。ウクライナへの軍事侵攻がロシアにとって円滑に進まない場合でもロシアの国家としての存続が脅かされたと主張できるわけである。

ロシアの核戦力はもちろん前身のソビエト連邦からの相続である。ソ連共産党政権が1991年に崩壊し、10数の独立国家へと分裂した際、ロシアはソ連の共産党政権こそ継承しなかったが、他の国家機能の多くを引き継いだ。軍部もその主体だった。

東西冷戦中のソ連がアメリカと並ぶ核兵器の超大国だったことは広く知られている。ロシアもその多くを引き継いだのだから、ロシア連邦は誕生時から核大国だった。
ロシアのいまの戦略核戦力は旧ソ連軍と同様になお、大陸間弾道核ミサイル(ICBM)、潜水艦発射核ミサイル(SLBM)、戦略爆撃機という三つの柱から構成されている。ただし全体の規模はソ連時代よりもずっと小さくなった。

写真)対独戦勝記念日に軍事パレードで赤の広場を進むICBM(2016年5月9日 ロシア・モスクワ)

出典)Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images

米欧側の政府機関などの情報によると、ロシアの現在のICBMは合計310基、そのための保有核弾頭は約1200個、そのうちの約800弾頭が実際に配備されている。

同様にロシアのSLBMは合計10隻、各潜水艦に核弾頭発射可能のミサイルが平均16基ずつ搭載されている。一基のミサイルが複数の弾頭を発射する能力があり、潜水艦用の核弾頭はロシア海軍全体で600個以上を保有と推定されている。

ロシアは核攻撃の可能な長距離飛行の戦略爆撃機は合計60機ほどを保有する。各機がそれぞれ10数基の巡航核ミサイルを発射できるほか、核爆弾の投下の能力も保有するという。

ソ連からロシアへの核戦力の継承で重大な点はソ連が長年、掲げていた核先制不使用の原則をロシアは否定したことである。核先制不使用とは、戦争となっても、自国から最初には核兵器は使用しないという宣言である。非核の通常戦力だけで戦い、たとえ自軍が不利になっても、核兵器は先には使わないという誓約である。

先制不使用は同時に非核の敵に対しては核兵器は使わないという宣言でもあった。

ただしこの宣言が実際の戦争で本当に守られるかどうかはわからない。だが東西冷戦中のソ連はヨーロッパでは通常戦力だけで西欧側を圧倒する優位にあった。だから核兵器に依存する必要がなかったのだ。

だがロシアはもうそんな強力な通常戦力はなくなった。だから新国家誕生の1991年ごろから少しずつ、核先制不使用を否定するような言明を続けていった。そして2000年ごろまでにはその先制不使用宣言の放棄は明白となった。前述のプーチン大統領による2020年6月の「ロシア連邦の核抑止分野での国家政策の基本的原則」という政令はこの方針の国家としての究極の公式表明だったのだ。

ロシアの各種の核戦力のうちいま米欧側がウクライナ戦争と重ね合わせて最も警戒するのは地域的な戦争への対処で想定される短距離、中距離用の核兵器である。これらの兵器は戦略核兵器とはみなされない。

アメリカ側の国防総省などの情報では「非戦略的核兵器」と呼ばれるこの種の攻撃用の核弾頭はロシア軍全体で約2000個と推定される。核戦略用語では一般に「戦術核兵器」と呼ばれてきた種類である。

そのロシアの「非戦略的核兵器」の実際の使用は短距離ミサイルやロケット砲、さらには潜水艦や水上艦からの同じく短距離の発射などとなるわけだ。

万が一、ロシア軍がウクライナで核兵器を使う場合は、これらの兵器が使用されることとなる。この種の戦術核兵器は旧ソ連軍の時代よりもロシア軍になってから大幅に増大しているという。この現象もロシア軍の通常戦力が旧ソ連時代よりずっと弱小となったため、核戦力への依存が高まったのだとされる。

(その1、その2、全4回) 


**この記事は月刊雑誌「正論」2022年5月号の古森義久氏の論文「プーチンの『核宣言』と米欧のジレンマ」の転載です。

 

トップ写真)アゾフ大隊が立てこもってロシア軍に徹底抗戦しているマリウポリの製鉄所(2022年2月17日 ウクライナ・マリウポリ)

出典)Photo by Pierre Crom/Getty Images

 




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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