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.国際  投稿日:2022/12/30

プーチンが「戦争」を初めて認めた理由


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

【まとめ】

・プーチン大統領がウクライナでのロシア軍の侵攻を初めて「戦争」と呼んだ。

・この表現の変更で、停戦を視野に入れる方向に傾いたとの見方も生んでいる。

・バイデン政権は、プーチンが現実を認める次の段階として、軍の撤退及び終戦を求めると表明。

 

 ロシアのプーチン大統領がウクライナ侵略を初めて「戦争」と呼んだ。これまでは一貫して特別軍事作戦と呼び続けていたのだ。この言葉上の変化にどんな意味があるのだろうか。

アメリカ側ではさまざまな読み方があるが、バイデン政権は公式には「呼称をどう変えても侵略戦争はあくまで侵略戦争」として、厳しい態度を変えていない。

だがプーチン大統領の表現の変更はウクライナでの戦闘が同大統領にとってこれまでよりも深刻さを増して、停戦を視野に入れる方向に傾いたとの見方も生んでいる。

 プーチン大統領は12月22日のモスクワのクレムリンでの記者会見でウクライナでの軍事行動について「われわれの目標はこの軍事衝突を弾みを増す車輪のように回転させることとは正反対に、この戦争を終わらせることだ。そのためにわれわれは努力している」と語った。

 この言明でプーチン大統領がウクライナでのロシア軍の侵攻を公式発言としては初めて「戦争」と呼んだこととなり、幅広い関心を集めた。

 プーチン大統領はウクライナへの軍事侵攻を始めた2022年2月24日の冒頭からこの軍事行動を「特別軍事作戦」と呼び、その動きを「北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に対する防衛的行動とウクライナのナチス勢力からロシア民族系住民を解放する努力だ」と宣言してきた。

 プーチン大統領とプーチン政権はウクライナでの自国の軍事行動に対してあくまで特別な作戦だと言明し、ロシア国内でこの「作戦」を「戦争」と呼ぶことをも新たな法律や条令で事実上、禁止してきた。プーチン政権に反対する野党側の国会議員がウクライナ侵攻を「戦争」と呼んで非難したことに対して同政権は逮捕して、懲役刑に処すという厳しい態度さえとってきた。

 プーチン政権としてはロシア国民にウクライナへの軍事侵攻はロシアの国家や国民の全体を巻き込む戦争では決してなく、限界的、一時的な特殊の軍事作戦だと印象を与えるために「戦争」という呼称を禁じてきたとされる。

 だがプーチン大統領自身がその禁句だったはずの「戦争」という言葉を公式の場で使ったのである。

 しかしこの新たな動きに対してアメリカのバイデン政権は冷淡な対応をみせただけだった。アメリカ国務省報道官は次のような声明を発表した。

 「今年2月24日以来、アメリカと全世界の多数の諸国はプーチンの『特別軍事作戦』というのはウクライナに対する一方的で不当な戦争であることをよく知ってきた。その300日も後にプーチンはついにその戦争が戦争であると認めたのだ」

「アメリカは、プーチンが現実を認める次の段階としてウクライナからロシア軍を撤退させ、この戦争を終わらせることを求める」

「プーチンの言葉の選択にかかわらず、ロシアの隣接した主権国家への侵略は多くの死、破壊、混迷を引き起こした」

「ウクライナ国民はプーチンの言葉の上での自明の表明になんの慰めも感じないだろう。プ―チンの戦争のために身内の人間を失った何万ものロシア人の家族たちも同じだろう」

以上のようなアメリカ政府の態度はこれまでも一貫してきた。バイデン政権が共和党側の支持をも得て、プーチン政権のウクライナ侵略を全面的に糾弾し、その中止をロシアに求める一方、ウクライナへの軍事支援を絶やさないという対応を保ってきたのだ。その大前提にはロシアの軍事行動の結果、ウクライナ領内で起きている事態は戦争だとする認識があった。

 だがプーチン大統領はその軍事行動を戦争とは認めず、長い期間、ロシア国内でも「戦争」を禁句とし、徹底抗戦の構えを崩さなかった。ところが侵攻開始から約300日という時点にきて、やっと戦争を戦争だと認めることに踏みきったわけだ。

 そのプーチン大統領の態度の変化についてワシントン・ポストなどの主要メディアはアメリカ側の複数の専門家たちの見解として

(1)プーチン大統領はこれまではウクライナを対等の主権国家とみなさないという前提を保ち、「戦争」という用語を使わなかったが、戦場での苦境を考慮すると、停戦への柔軟な余地を残すことが有益だと判断するようになった。

(2)国際世論のさらなる反ロシア化に対して、ある程度の譲歩を示すことが賢明だと考えるようになった。

(3)ロシア国内での国民に対する軍隊への動員令の拡大の必要性を考えると、ロシア自体がいま戦争状態にあることを明示するほうが現実的だと判断するようになった――ことなどをその理由としてあげていた。

 

*この記事は日本戦略研究フォーラムの論題サイトに掲載された古森義久氏の連載コラムの転載です。

トップ写真:ドネツク地区で銃火を交すロシア軍とウクライナ軍 (2022年12月28日)

出典:Photo by Pierre Crom/Getty Images

 




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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