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.国際  投稿日:2024/3/20

ロシア軍、量で押し切るか(下)  3年目に入ったロシア・ウクライナ紛争 その2


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・ロシア側の被害の拡大に歯止めがかからない理由は、経験値の高い兵士が少なかったこと。

・ソ連邦地上軍の時代から、装備について「質より量」という考えが根付いていた。

・最終的にロシアが勝つのではないか、という見方には有力な根拠がある。

  今次のロシア・ウクライナ紛争では、ロシア側が最も少ない推測値でも25万人、ウクライナ側国防省の発表で3万1000人、と前回述べた。ロシア側の犠牲が桁違いに多いことは事実だが、そもそも総人口に数倍もの差があるので、単純な損害率の比較はあまり意味がないことも。

ちなみに米軍筋の推計では、ウクライナ軍の戦死者は7万人近いとされている。

 その詮索はひとまず置いて、紛争の先行きを考えるためにも、まずはロシア側の被害の拡大に歯止めがかからない理由について、少し見ておく必要があるだろう。

 最大の理由は、経験値の高い兵士があまりに少なかったということ。    

 「特殊軍事作戦」であり、なおかつ電撃戦で旬日を待たずしてキーウを制圧できると考えらきれていたため、急遽徴兵された、大部分が18~20歳の若者であるところの兵士が、過酷な「初陣」を経験することとなったのである。

 ヴェトナム戦争を題材にした『プラトーン』という映画(1986年公開)でも、主人公らが着任して程なく敵と遭遇し、帰国したら結婚するんだ、と恋人の写真を見せたりしていた新兵が、あえなく戦死。歴戦の曹長が、

「生き残る方法を教える前に死んじまった」

などと吐き捨てるように言うシーンがあった。この戦役では、戦死した時点の米兵の平均年齢が19歳だったと言われているが、ハイスクールを出たばかりの若者が多数駆り出され、そして死んでいったことを如実に物語る数字だろう。

 ロシアとウクライナとの紛争に話を戻すと、当初からロシアの戦車などが多数鹵獲されていると報じられた。これも本連載ですでに述べたように、やむを得ず車輌を放棄する場合は、鹵獲され再利用されないよう、操縦席に手榴弾を放り込んでから逃げればよいものを、その程度の教育も施されていなかったらしい。

 いずれにせよロシア軍は、侵攻前に保有していた戦車3417輛(NATOの推計による)のうち、1500輛以上を喪失したとされているが、実はここでも、ロシアの恐るべきウォー・ポテンシャルが発揮されることとなった。

 前述の3417輛とは、あくまでも「現役」の保有数で、稼働率は半分程度、つまり即応体制にあったのは1750輛くらいだとされていた(ミリタリー・バランス2024などによる)。

 つまり、即応可能な戦車はほぼ全滅したことになるが、逆もまた真なりで、侵攻直前まで「ポンコツ認定」されていた戦車を急ピッチで修理して、前線に送り出すことが可能となったのである。

 おまけに、倉庫にはソ連邦時代に製造された戦車が、1万3000輛以上もモスボール状態で保管されていた。

 モスボールの語源は、ナフタリンなど、衣類を長期保管する際に用いる防虫剤を球状にした物のことだが、軍事用語としては、退役した兵器に防水・防錆などの処置を施し、比較的容易に再利用できる状態にしておくことを指す。実際に、こうした旧式戦車を倉庫から引っ張り出すことにより、喪失した戦車戦力を84%まで回復させたと見る向きさえある。

 問題はその「旧式ぶり」であるが、1971年に開発されたT-72などはまだよい方で、1958年に生産開始されたT-55まで引っ張り出された。第三世界では今も現役にとどまっている例があるが、現在の戦場ではもはや骨董品だろう。当然ながら戦車本来の用途など期待されず、車内に大量の爆薬を搭載して、遠隔操作でウクライナ軍の陣地に突入を図る、という使われ方をした(地雷により、突入はあえなく失敗)。

 「陸戦の王者」と称される戦車がこうであるから、他の車輌は推して知るべしで、軍用トラックの不足を補うべく、民間からかき集めたトラック(大半が四輪駆動ではない)やマイクロバス(!)までが軍用列車で前線に送られる映像も公開されたし、昨年暮れには、第二次世界大戦前の1930年代に製造されたトラックが戦場で目撃され、世界中の軍事関係者を驚かせた。

 1958年に配備が始まった戦車が骨董品なら、これはもはや「文化財」だろうか。もちろん、このような装備を与えられたロシア兵には、同情の言葉さえ思い浮かばないが。

 もともとソ連邦地上軍の時代から、かの国では装備について「質より量」という考えが根付いていたとされるが、軍事科学の基礎的な考え方のひとつとして、「量は質に転化する」とされていることも、知っておく必要があるだろう。

 今次の戦役に即して、ひとつ例を挙げよう。

 ロシアとウクライナの戦力を見比べた場合、海軍の戦力差は陸軍の比ではないが、ロシアの黒海艦隊は、たじたじとなっている。

 2022年に、旗艦「モスクワ」が、地上からのミサイル攻撃で撃沈されたが、その後もウクライナ軍が無人の自爆高速艇を繰り出して、今年に入ってからでも3隻の艦艇を葬っている。

 この、自爆無人艇による攻撃は2022年暮れから始まっていたが、当初は攻撃を受けたロシア艦艇も、どうにか自力で基地まで帰り着き、修理を受けられる状態であった。

 ところが3月5日に行われた攻撃は、10隻もの自爆無人艇が黒海艦隊の哨戒艇に襲いかかり、あっさり撃沈してしまったのである。うち2隻は、まず1隻が舷側に大穴を開け、2隻目がその穴から突っ込んで艦内で爆発したと伝えられる。ロシア側も、上甲板に機銃を増設するなど対策を講じていたが、10隻を同時に相手にすることは不可能だった。こういう戦法を飽和攻撃と呼ぶ。

 ここで再びロシア軍に目を転じると、イランや北朝鮮から多数のミサイルを受領しているのも、これがゲームチェンジャーになることを期待してのこととは考えにくい。

 密輸品の寄せ集めみたいなミサイルであろうが、ウクライナ軍としては、撃ってこられたら全力で迎撃せざるを得ないわけで、そのようにしてNATO諸国から供与された対空ミサイルが枯渇したならば、あらためて空爆も可能になる、という戦略なのではないか。量は質に転化するとは、つまりそういうことなのである。

 さらに言えば、ロシア側とて軍事技術の向上には余念がない。

 5日には、米国から供与され、当初はロシアのミサイルや攻撃機を寄せつけなかった防空ミサイル「パトリオットが初めて破壊された。

 ロシアの巡航ミサイル「イスカンダルによるものだが、ドローンによって管制され、ピンポイントで命中したらしい。ドローンのカメラによるものか、破壊の瞬間の映像も公表されている。

 この紛争を特徴づけるものとして、ドローンや無人自爆艇などの活躍が取り沙汰されているが、これまでこの分野ではウクライナが優位であった。しかし、ここへきてロシア軍が、ドローンを用いての索敵・およびミサイル管制能力を飛躍的に向上させたことが明らかとなったのである。

 こうしたことを総合的に考えたならば、最終的にロシアが勝つのではないか、という見方には、非常に有力な根拠があると言わざるを得ない。しかし、だからと言って、ロシアの人心が、一挙に「大ロシア万歳!」「プーチン大統領万歳!」に傾いているか否かは、まったく別の問題である。これについては、項を改めよう。

その1

トップ写真:ドローン生産を向上させるウクライナの企業。2024年2月26日。ウクライナ・リヴィヴ 出典:Photo by Chris McGrath/Getty Images

 




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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