安倍晋三氏を悼むアメリカ その2 インド太平洋構想こそ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・多くの日本研究者が安倍氏の功績を評価している。
・ハドソン研究所プリシュタップ氏、安倍氏が提唱した「自由と繁栄の弧」構想は「歴史的な意義を有する」と述べた。
・ジョージタウン大学教授ドーク氏、教育基本法の改正、国民投票法成立、防衛庁の省への昇格などの安倍氏実績を評価。
ハドソン研究所の日本部上級研究員、ジム・プリシュタップ氏は安倍氏の業績についてさらに語った。
「彼はトランプ大統領が2017年11月に公式の場では初めてインド太平洋構想について語るのに先立つ10年も前に『自由と繁栄の弧』という標語で民主主義、人権、法の支配、市場経済という普遍的価値観を共通に北東アジア、インド洋、中東などの諸国を結びつける構想を打ち出していた。そしてその構想にアメリカとオーストラリアを含めることに成功したのだ。だから民主主義に基づく国際的な平和と安定の推進者としての彼の実績は歴史的な意義を有する」
私はプリシュタップ氏との交流は30年以上に及ぶが、同氏は日本側の政策や指導者を簡単に賞賛することはきわめて少なかった。いわば辛口の日本批判が多かったのだ。そんな人物が安倍氏に限ってはここまで高く評価するのである。
プリシュタップ氏はさらに安倍氏がインド太平洋構想を進めるうえで中国への抑止や留保をどう考えたか、その中国への効果的な連帯を東南アジア諸国に対してどう進めたか、などを詳しく述べた。そのうえで安倍氏が日米同盟強化のためにとった具体的な措置を列挙するのだった。
安倍氏に対するこうした国際関係の領域での評価に加えて人間的な共感や感慨をこめた言葉もアメリカ側では少なくなかった。その代表的な実例はジョージタウン大学東アジア言語文化学部教授のケビン・ドーク氏による追悼だった。
ドーク氏は日米両国で広く知られたベテランの日本研究学者である。高校時代に日本に留学し、アメリカで高等教育を終えた後は東京大学、京都大学、立教大学などで教育や研究を重ねた。
そのうえに同氏には安倍氏との直接の交流があった。暗殺事件から一ヵ月の機に見解を問うと、「私に安倍氏を評価する資格があるとは思えない」という辞退の繰り返しの末に、やっと重い口を開いてくれた。
ドーク氏が安倍元首相の暗殺を知ったときの衝撃はふつうではなかったという。
「いまの日本でなぜこんな惨劇が起きるのか。国内の治安は世界でも最善だとされてきたのではないのか。私は激怒し、傷つき、悲しみにうちひしがれた。世界にとっての歴史的な喪失だと思った。日本人ではない私がここまで悲嘆に襲われるのはやはり安倍氏の偉大さと魅力を個人的に知っていたからだろう」
ドーク氏はそのうえで安倍氏の政治家としての実績について語った。
「安倍氏は2006年の最初の首相就任時から日本の国のあり方を民主主義と国際協調に沿って大胆に改革する戦後の政治家としては稀有の資質を発揮したと思う。教育基本法の改正、改憲のための国民投票法成立、防衛庁の省への昇格がまず最初の実例だといえる」
(その3につづく)
**この記事は雑誌WILLの2022年10月号掲載の古森義久氏の論文「ワシントン報告 安倍元総理の死―悲嘆にくれるアメリカ」の転載です。
トップ写真:第125回IOC セッションでプレゼンテーションする安倍元首相 (2013年9月7日、アルゼンチン・ブエノスアイレス) 出典:Photo by Ian Walton/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。