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.国際  投稿日:2023/8/29

金正恩、失政に抗議する住民に弾圧組織新設


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

北朝鮮、軍事偵察衛星打上げ連続失敗で、金正恩の権威失墜。

金正恩、失政に抗議する動きに対し弾圧組織新設、「不平分子摘発」へ。

・現在の経済危機、1990年代の危機に匹敵する深刻な状況。

 

北朝鮮は8月24日未明、平安北道鉄山郡西海衛星発射場から、軍事偵察衛星「マンリギョン―1」号を、衛星ロケット「チョンリマ―1型」に搭載して、2回目の打ち上げを行ったが、再び失敗した。5月31日に続く失敗だが、2度連続の失敗は初めてのことだ。北朝鮮建国75周年を盛り上げようとした金正恩総書記の思惑はあてが外れ、その権威にも大きなキズが付いた。

この失敗が、今後金正恩の権威低下にどのような影響を及ぼすかは今後注目すべきだが、すでに、北朝鮮住民の中での金正恩の権威は、昨年来急激に低下している。 

8月17日、韓国の国家情報院は、国会情報委員会非公開会議で、「北朝鮮の金正恩体制に異常兆候が見られる」として、その内容を報告した。

 この報告の中で最も注目されるのは、北朝鮮の一部住民が、金正恩の失政に不満を持つだけでなく、抗議する動きを見せているとの報告だ。金正恩はこうした動きに神経を尖らせ、「不平分子摘発」を専担する特別組織を立ち上げたという。

 

■北朝鮮で新設された新たな住民弾圧組織

8月18日「自由アジア放送(RFA)」は、この「不平分子摘発組織」についての北朝鮮消息筋からの情報を報道した。

消息筋(身辺安全のために匿名要請)の情報によると、金正恩を直接的に非難したり、金正恩の命令と指示に不平不満を表明する人たちを摘発するために組織されたこの専門組織は、中央党(労働党)組織指導部党生活指導課「3課連合指揮部」だという。

この「3課連合指揮部」については、地方担当であるので「地方指導課」と呼ばれている」とし、この組織は、反社会主義・非社会主義を一掃するための「82連合指揮部」に所属し、金正恩に関する内容だけ を扱う組織として昨年4月に新設された」と説明した。

そして「82連合指揮部」は、各道に一つずつあるだけで、支部がないが、3課連合指揮部は、各道党委員会に本部があり、市、郡党委員会に支部がある」とし、部署は「82連合指揮部」がはるかに多いが、組織規模は3課連合指揮部の方が比較にならないほど大きい」と付け加えた。

すなわち、82連合指揮部は、不法電話や韓国映画・ドラマ・音楽聴取問題、そして麻薬、売春問題まで取り締まるなど、反社会主義・非社会主義問題をすべて扱うため、分野こそ多様であるものの、各道に本部のみがあるだけだが、「3課連合指揮部」は、取り締まり事件が、金正恩誹謗、肖像画・銅像管理などに限定され、担当分野が少ないにも関わらず、道本部だけでなく市・郡に支部まで置いているというのだ。

そして、各市、郡にある「3課連合指揮部」支部責任者は、中央党組織指導部党生活指導課から派遣された指導員たち」だとし「その他、社会安全省と保衛省、青年同盟と女性同盟党委員会から派遣された幹部たちで人員が構成されていると消息筋は強調した。

金正恩は、こうした「金正恩の命令と指示に従わない人たち」を摘発する組織を立ち上げる一方で、今年のはじめには、急増する犯罪との「戦争宣言」を行い、抵抗する者には、即銃殺するよう指示した。

 

■危機回避のために金徳訓総理らをスケープゴートに

 金正恩の失政に対する抗議の表明は、1990年代の苦難の行軍時を彷彿とさせるが、経済苦と餓死者増加の中で、このところ頻繁に起こっているという。特に1990年代を経験した「チャンマダン(市場)世代」の抵抗が激しく、金正恩は、自身の権威維持のために、失政の責任転嫁を行わなければならない状況にまで追い詰められている。

こうした中で、金正恩は8月21日、北朝鮮西部の南浦(ナムポ)の干拓地で堤防が決壊した地域を視察し、「自然災害ではなく人災だ」と激怒して金徳訓(キム・ドクフン)総理ら幹部と関係部署を厳しく叱責した。

朝鮮中央通信によると、堤防の排水設備工事が適切でなかったために海水の影響で堤防が決壊し、水田を含む約560ヘクタールが冠水したとのことだ。金正恩は、ずさんな工事を内閣が把握しなかった点を「規律が甚だしく乱れている」と口汚く罵り、金徳訓総理と関連部署の幹部を猛烈に批判した。そして法的・党的責任を厳しく追求するとした。

総理の金徳訓は、形式上、党中央政治局常務委員で、金正恩を除くと序列1位であるが、実質的権限は殆どない案山子同然の人物である。このような人物に責任追及しても問題が解決しないことは、金正恩自身が一番良く知っているはずだが、自身への批判をそらそうとして、責任転嫁の生贄として彼に白羽の矢を立てたのである。こうした手法は北朝鮮金氏王朝3代政権の常套的危機回避手法といえる。

 韓国メディアは、金正恩の言動について、食糧難への住民の不満の矛先を金徳訓総理らに向ける思惑があるとの見方を示したが、まさにその通りと言える。

 

■責任転嫁は、金氏3代王朝の常套的危機回避手法

北朝鮮では、体制危機が深まり、最高指導者に対する住民の批判が露骨になるたびに、経済担当などの中枢幹部に罪を被せ、彼らを処刑・粛清することで、最高指導者の権威を維持してきた。

 300万人が餓死したと言われる1990年代中盤の「苦難の行軍」時期には、金正日が、農業担当書記の徐寛熙(ソ・グヮニ)を米国のスパイに仕立て上げ処刑するとともに、「深化組」という摘発組織を作り、数千名の幹部と住民を、処刑もしくは強制収容所送りにした。

 また2009年には、金正恩が、経済危機を脱する手法として、住民の財産を収奪するいわゆる「貨幣改革(貨幣単位を100対1に切り上げ)」を強行し、外貨の使用を禁止するとともに、15万ウオン以上の旧通貨は新通貨と交換できなくしたが、これが見事に失敗し、住民の猛烈な反発を受けで窮地に陥ったことがあった。

この時も経済担当の党書紀である朴南基(パク・ナムギ)に責任転嫁し、彼を処刑することで危機を回避した。処刑の直前に、朴南基が「金正恩だけは許せない」との言葉を残したとの言い伝えは、今も語り継がれている。

 今回金正恩が、総理の金徳訓らを厳しく叱責し、彼に経済政策の失敗をすべて転嫁する行為に出た背景には、現在の北朝鮮経済危機が、1990年代の危機に匹敵する深刻な状況であることを示すものである。

 今後、凄まじい粛清の嵐が吹き荒れることが予想されるが、金正恩がどこまでナタを振るかには注目する必要がある。

トップ写真:ソウル駅で、北朝鮮の金正恩氏を映すテレビ放送を見る市民ら。2023年8月24日 韓国・ソウル

出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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