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.国際  投稿日:2024/4/28

北朝鮮の金正恩体制と意思決定システムに異変


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

   【まとめ】

・権威を高めようと金日成否定に踏み出した金正恩体制は末期的症状。

・金与正副部長は、岸田首相提案の「無条件の首脳会談」に関し異常行動。

・常識はずれの政策や拙速な意思決定は、金正恩の「精神構造の変化」と関係か。

 

北朝鮮では、これまで金日成主席を人類の太陽、世紀の太陽と神格化してきた。 ところ朝鮮労働党は最近、金日成に「太陽」という呼称を使わなくなった。誕生日を指す「太陽節」という名称も使わないよう全国に下達したという。事実今年の太陽説は「4・15節」と表記されていた。

統一路線放棄など先代否定を進めている金正恩総書記が、いよいよ、金日成に代わって自身が「太陽」になる準備をしているようだ。新たに「親しきオボイ(父母)」という歌を作らせ、金日成に使われていた「オボイ」との表現を金正恩自身に使った。いまこの歌は日本でも朝鮮総連によって大々的に宣伝されている。金正恩は今年の金日成誕生日に錦繍山太陽宮殿への参拝も省略した。2012年には12回参拝していたが、ここ2年は3回にとどまっている。

1、金日成から「太陽」の呼称を奪った金正恩

労働新聞など北朝鮮官営メディアは4月15日、金日成主席の誕生日を「太陽節」と呼ばず「4・15」あるいは「4月の名節」と表記した。これについて韓国統一部は「意図的な削除」と分析している。金日成主席が生まれたとされる万景台の呼称も「太陽の聖地」から「愛国の聖地」に変更された。1997年に金日成の誕生日を「太陽節」としたのは金正恩の父の故・金正日総書記だ。金日成を「太陽」のような存在だと偶像化し、金氏王朝の絶対独裁体制を確立したのである。

金正恩は父金正日から権力を世襲した後、金氏一族を「白頭の血統」とし、先代たちの遺訓に忠実で、先代たちへの忠誠を誓う指導者として世襲後継者の正統性を主張した。そして金日成のスタイルを真似ることで国民の支持を得ようとした。

金日成を連想させる服装や髪型で登場し、演説のスタイルも模倣した。金日成と同じく「白い飯に肉のスープ」を約束し、それが実現できないと「人民に申し訳ない」として涙も流してごまかした。自らの権力基盤が脆弱なために、すでに神格化された金日成をまねることで権威を高めようとしたのである。

こうしたコスプレ宣伝は一定の効果を収めた。北朝鮮住民は北朝鮮で最も暮らし良かった金日成時代を思い起こし、一時は希望を抱くこともあった。しかしその後10年余の歳月が流れたが、金正恩の経済政策はすべて失敗に終わり、地獄のような現実は更に悪化し、再び餓死者が出るまでに至った。そして中国との国境1400キロを全て鉄条網で閉ざして国全体を監獄に変えた。

このような危機の中で、金正恩の権威は日増しに低下していったが、いま何を思ってか祖父金日成の「太陽」の座を奪うことで権威の浮上を図ろうとしている。「太陽・金正恩将軍」というプラカードが登場し、労働新聞などは金正恩に対して「主体朝鮮の太陽」という表現を使い始めた。金正恩は今回の太陽節に錦繍山太陽宮殿への参拝もしなかった。4月17日に平壌で和盛地区第2段階1万世帯分の住宅竣工式を執り行い、その場で「親しいオボイ(親)」という金正恩を偶像化する新しい歌も発表した。これまで北朝鮮において「オボイ」は金日成主席を意味する言葉であり、金正恩の父金正日もあえて使わなかった。ところが金正恩は金日成の「太陽」と「オボイ」を同時に奪い取ったのだ。

だが、金正恩の権力基盤の根は金日成だ。自身の権威を高めようと金日成否定に踏み出したようだが、それは金正恩権力の正統性を否定する道だ。金正恩体制はいよいよ末期的症状を呈してきた。

2、北朝鮮の意思決定プロセスにも異変

金正恩体制が末期的症状を呈する中で、北朝鮮指導部の整合性の取れない意思決定が目立っている。その主要なものとしては、1)先代たちの平和統一路線と「一つの朝鮮」政策を放棄、2)娘を連れての軍事視察と娘呼称の過激化、3)唐突な地方経済発展20✕10政策などがある。

そして外交政策においても、これまでにない異変が起こっている。その典型的な事例が対日政策である。

朝鮮労働党中央委員会の金与正副部長は、今年の2月15日に、岸田首相が提案した「無条件の首脳会談」に対して談話を発表し、「拉致問題は解決済みとし、核とミサイルには口出ししないこと」の2条件を約束すれば、実現もありうるとの個人的見解を述べた。

3月25日にはこの条件を再度確認する談話を出したが、日本側が25日午後、内閣官房長官の記者会見で「拉致問題がすでに解決されたとの主張は全く受け入れられない」との立場を明白にすると、金与正は突然豹変し、26日に日朝会談を拒絶するとの談話を発表した。

そして「最近も岸田首相は、異なるルートを通じて可能な限り早いうちに朝鮮民主主義人民共和国国務委員長に直接会いたいという意向をわれわれに伝えてきた」などと、外交交渉の内幕を暴露するという「異常行動」を示した。金日成時代はもちろん金正日時代の北朝鮮ですらこうした異常な対応はなかった。

そればかりか、この談話に先立ち、北朝鮮は、26日に予定されていたワールドカップ2次予選日朝戦第2試合目となる平壌での試合を、突然中立地に変更する必要があるとAFCに通知し、国際サッカー連盟(FIFA)を混乱に落とし入れた。結局この試合は没収試合となったが、世界のサッカーフアンからも猛烈な糾弾を受けた。

北朝鮮の常識はずれの政策や拙速な意思決定は、先代を否定するに至った金正恩の「精神構造の変化」と関係しているように見える。

トップ写真:偵察衛星2度目の打ち上げ失敗に終わったことを報じるニュースに映る北朝鮮の金正恩総書記を見るソウル市民(2023年8月24日 韓国・ソウル)出典:Chung Sung-Jun/Getty Images 




この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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