ボストン・ウェルネス通信 その2 人気の痩せ薬、驚くほどたくさんの人が治療を中止する理由
大西睦子(米国ボストン在住内科医師)
【まとめ】
・減量目的で痩せ薬を始めた患者で、1年後も継続しているのは3人に1人未満。
・自己判断で治療をやめてしまうと、体重が元に戻り、糖尿病や高血圧が悪化する。
・ライフスタイルの改善とともに薬を中止できるかもしれないが、医師の診察が重要。
前回の記事に引き続き、今回も話題の痩せ薬のお話です。米国では、ノボ ノルディスク社の肥満治療薬セマグルチド(商品名ウゴービ)、2型糖尿病治療薬で減量効果のあるセマグルチド(商品名オゼンピック:ウゴービよりもセマグルチドの用量が少ない)、イーライリリー社の2型糖尿病治療薬で減量効果のあるチルゼパチド(商品名マンジャロ)が人気です。
ところで、これらの治療薬で「どれほどの人が、どれだけの時間で、どのくらい体重を減らせる」のでしょうか?また、どれほど「セマグルチドとチルゼパチドの効果の違い」はあるのでしょうか? 2023年11月に、未査読ですがこれらの疑問に答える論文が報告されました(1)。
●チルゼパチドvsセマグルチド、どちらが減量に効果的!?
米国30の医療システムが所有・運営するデータ分析会社トゥルベタ社は、大規模集団からデータを集めて両薬を比較しました。ちなみに、この研究は製薬会社からの支援は受けていません。
調査は、2022年5月から 2023年9月までに、セマグルチドまたはチルゼパチドのいずれかを開始した、4万人を超える過体重または肥満の患者から始まりました。52%が2型糖尿病を患っており、残りの48%は糖尿病の病歴が医療記録に記載されていなかったため、CNNによると研究者らは、おそらく医師の裁量で、減量のみを目的として適応外薬を処方されたのではないかと推論しています(2)。
すると、治療開始1年後、セマグルチドよりもチルゼパチドで減量効果がありました。
5%以上減量:チルゼパチド投与群82%、セマグルチド投与群65%
10%以上減量:チルゼパチド投与群62%、セマグルチド投与群38%
15%以上減量:チルゼパチド投与群42%、セマグルジド投与群19%
また試験中、両薬とも同様の消化管の副作用が報告されました。ただしこの研究は、2型糖尿病の治療に承認された用量のみを対象としていたため、結論が限定される可能性があります。米国食品医薬品局(FDA)は、減量のための高用量のチルゼパチド(商品名ゼップバウンド)とセマグルチド(商品名ウゴービ)を承認しました。
ところで、薬の治療期間が長くなるほど体重は減りましたが、研究参加者の55%(チルゼパチドに55.7%、セマグルチド54.4%)が研究期間中に治療を中止しています。研究者らは、「望ましい減量を達成した患者は、治療を継続する可能性が高い。一方、 体重の変化が認められない患者は、治療を中止・変更する可能性が高い」「試験期間中に薬が不足し、入手が困難であったのかもしれない」と述べています。
●驚くほどたくさんの人が治療を中止
前述の報告だけでなく、ロイターによると、保険会社のデータの分析からは、減量目的で痩せ薬を始めた患者さんは、1年後も継続しているのは3人に1人未満であることが判明しました(3)。
減量目的で痩せ薬を利用している人が、治療を中止する理由として、「薬が効かないと勘違いして治療をやめてしまう」ことも考えられています。実は、「痩せ薬が長期に効果がある」と期待している人がたくさんいます。ただし、痩せ薬で永遠に体重が減り続けて、痩せ細って、ついに姿が消えてしまう・・・何ていうことはありえません。そもそも食事療法、フィットネスや肥満手術など減量の方法に関係なく、そのうち体重はプラトー、つまり頭打ちの状態になります。セマグルチドやチルゼパチドも、薬の投与開始後、急速に体重が減るものの、プラトーに達します。
2022年の「ネイチャー メディシン」の、アラバマ大学バーミンガム校栄養科学部W・ティモシー・ガーベイ博士らの報告によると、セマグルチドを服用している人は、投薬開始から約60週間後に体重減少がプラトーに達しました(4)。
なぜプラトーになるのかは不明ですが、「飢餓状態から身を守るために体重を保持しようとする」「急激に体重を減らすと代謝が遅くなる」「カロリーを燃焼しにくくすることで体がエネルギーを節約する」「薬への耐性が高まる。体重を減らし続けるために、より多くの用量が必要になる」などが考えられています。
ただし、治療をやめてしまうと、体重は元に戻ります。さらに、薬でコントロールされている糖尿病や高血圧が悪化します。2022年の英リバプール大学ジョン・P・H・ワイルディング博士らの報告では、68 週間のセマグルチド治療中に、平均 17.3%体重が減りましたが、治療を中止してから1年後、平均して体重減少の3分の2が元に戻りました。血圧と血糖値も治療前のレベルに戻り始めました(5)。
●ウェイトサイクリングで、新たな病気のリスクが高まる
ところで、ウェイトサイクリングとは、減量しては体重が戻り、また減量するというリバウンドを繰り返すことです。 ダイエットが原因の場合は「ヨーヨーダイエット」と呼ばれます。これは体や心の健康に、深刻な影響を与える可能性があります。ダイエットやウェイトサイクリングを繰り返すと、摂食障害やその他の精神疾患、肥満、2型糖尿病、高血圧、がん、骨折、死亡率の増加などのリスクが高まることが考えられています(6)(7)。
●痩せ薬は特効薬ではない、努力と献身が必要
米NBCニュース(8)は、2型糖尿病の治療薬、減量目的で適応外処方もされている大ヒット薬オゼンピックですが、何年も継続している患者さんははるかに少ないと指摘。そして、オゼンピックを1年半から2年半使用している7人の話を聞きました。
すると、全員が「オゼンピックは健康への早道ではない」との意見で一致しました。オゼンピックは、「体重を減らすか、血糖値を下げるか、あるいはその両方に役立っているが(薬を飲む理由は人によって異なる)、その変化を維持するには努力が必要」と言います。
アイオワ州に住むバービー・ジャクソン-ウィリアムズさん(54歳)は、減量と2型糖尿病の管理のため、2021年初めにオゼンピックの治療を開始したといいます。彼女は、「この薬のおかげで、以前から好物だったパスタを低脂肪のタンパク質に変えたり、食事から甘味のあるアイスコーヒーを控えるなど、以前は困難だと感じていた変化が起きました」「ただ痩せるために薬を使用している人がいるけれど、それは間違い。ちゃんと努力しないといけないのに、みんなそれに気づいていない」と語ります。
コネチカット州在住でIT関連の仕事をしているエドワード・マティアスさん(45)は、「これは特効薬ではありません」「若返りの泉ではない。努力と献身が必要です。体重を減らしたいから、何でも食べられると思ってこの薬を求めている人は、とんでもないことになりますよ」「糖尿病のため、糖分や炭水化物の多い食品を食べることにはまだ注意しなければならない。オゼンピックの治療中、体重が約140キロから104キロまで落ちたんだ」と言います。
取材を受けた人のほとんどは、「オゼンピックは万能薬というよりも、以前はできなかった方法で運動できるようにするなど、ライフスタイルの変化に弾みをつけた」と語っています。
ジャクソン=ウィリアムズさんは、「体重を減らしたことでより元気になり、じっとしていることが少なくなったと感じている」「活動的になりたい。 私は何かをしたいのです。 以前のように座ってテレビを見ることはできません」と語ります。
カリフォルニア大学サンディエゴ校の肥満内科医エドゥアルド・グルンバルド博士は「これらの薬はライフスタイルの改善とともに使用されるべきものです。 薬で治療しながら、食事に気をつけたり、運動したりする必要がある、それが薬の目的なのです」と語りました。
人気の痩せ薬ですが、自己判断で治療をやめてしまうと、体重が元に戻り、糖尿病や高血圧が悪化するでしょう。さらにウェイトサイクリングに陥ってしまうと、元も子もありません。多くの高血圧や糖尿病などの慢性疾患をもつ患者さんが、生涯薬を服用するのと同じように、肥満の治療も生涯続ける可能性が高いでしょう。ただし、一部の患者さんは、ライフスタイルの改善とともに薬が中止できるかもしれません。その場合、血圧、血糖値などの変化を経過観察するために、医師の診察が重要です。
この記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会
「Vol.24004 ボストン・ウェルネス通信その2:人気の痩せ薬、驚くほどたくさんの人が治療を中止する理由」の転載です。
(2)Users of diabetes drug Mounjaro lost more weight than those on Ozempic, large study finds | CNN
(3)Exclusive: Most patients using weight-loss drugs like Wegovy stop within a year, data show | Reuters
(6)Weight Cycling and Its Cardiometabolic Impact – PMC
(7)Weight Fluctuation and Cancer Risk in Post-Menopausal Women: The Women’s Health Initiative – PMC
(8)https://www.nbcnews.com/health/health-news/ozempic-what-its-like-to-take-for-years-rcna93921
トップ写真:イメージ画像(本文とは関係ありません)出典:PeopleImages / Getty images
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この記事を書いた人
大西睦子米国ボストン在住内科医師
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。
東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年から2013年まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、医療ガバナンス研究所研究員。