ボストン・ウェルネス通信 その4 大人気の肥満症治療薬、パーキンソン病やアルツハイマー病にも効果あり!
大西睦子(米国ボストン在住内科医師)
【まとめ】
・肥満症治療薬「ウゴービ」が、日本でも2024年2月22日に発売。
・2022年3月以来、オゼンピックとウゴービは、米食品医薬品局の医薬品不足リストに掲載。
・日本は米国よりウゴービの適応患者が少なく、品切れ状態にはならないだろう。
米国で大人気の肥満症治療薬「ウゴービ(商品名)」(一般名セマグルチド2.4mg)が、日本でも、2024年2月22日に発売される予定です。
ちなみに米国では、ウゴービ承認前から、同じ「グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬」に属する、2型糖尿病治療薬「オゼンピック(商品名)」(セマグルチド1.0mg)を、減量のため適応外で使用する人がたくさんいました。その状況を、ニューヨークタイムズは以下のように語ります(1)。
● オゼンピックVSウゴービ
ウゴービが承認される前から、肥満のためにオゼンピックを使用し始める人はいました。ノボ・ノルディスク社はオゼンピックのコマーシャルで、使用者の多くは体重が減ることを触れていました。その言葉は十分すぎるほど効果的でした。
マウントサイナイ・アイカーン医科大学ジェフリー・メカニック博士によれば、すぐに患者はオゼンピックを使用するようになりました。医師は糖尿病でない患者にもオゼンピックを処方しました。「ちょっとした駆け引きがありました。一部の医師は、保険適用にするため、患者を糖尿病予備軍としたのです」とメカニック博士は言います。
ブリガム・アンド・ウィメンズ病院の体重管理・ウェルネスセンターの共同ディレクターであり、ノボ・ノルディスク社などの企業のコンサルタントでもあるキャロライン・アポヴィアン博士は「2021年までには、ソーシャルメディア、一般的な減量ブーム、ノボ ノルディスク社の積極的なマーケティングによって、オゼンピックで減量するというニュースは転換点を迎えました」と語ります。
その年に肥満症の治療薬として承認されたのはウゴービでしたが、オゼンピックは皆の注目の的でした。ところがウゴービが追いつきました。7月、米国の医師がウゴービに書いた処方箋は、週に約94,000件。一方、オゼンピックは約62,000件でした。
「ただし、ウゴービの需要は非常に高く、同社は十分な量を作ることができません」と広報担当のアンブレ・ジェームス=ブラウンは述べました。そのため、今のところ、生産量を増やす間、同社はこの薬をノルウェー、デンマーク、ドイツ、アメリカでのみ販売しています。そして、これらの国の薬局では品切れが頻発しています。
そんなオゼンピックやウゴービが、減量や2型糖尿病以外にも効果がある可能性がわかってきました。
● 心臓病、認知症、アルツハイマー病やパーキンソン病、1型糖尿病・・・などにも効果あり!?
まず、肥満や過体重の人(2型糖尿病ではない)が、ウゴービで3年以上治療すると、心臓発作、脳卒中、または心血管疾患による死亡のリスクが20%減るという報告。これはボストン・ウェルネス通信その1でご紹介しました(2)。
また、デンマークの研究者らは、2022年の論文に、2型糖尿病患者を5年間追跡した結果、GLP-1受容体作動薬のセマグルチドまたはリラグルチドを使用している人は、認知症の発生率が低いことを示しました。2型糖尿病は、血管性認知症と深く関係しており、そのため、セマグルチドは、血管性認知症のリスクを減らします(3)。
さらに、セマグルチドが、脳などの炎症を減らし、アルツハイマー病やパーキンソン病の治療になるという期待が高まっています。
2023年の「The Conversation」(4)に、オックスフォード大学の研究者らは、次のように述べます。
アルツハイマー病患者の脳には、脳細胞内にタウタンパク質の塊や、アミロイドベータの粘着性プラークが蓄積します。これらは認知を妨げるものと考えられています。オックスフォード大学では、アミロイドベータ濃度が高いが認知症を(まだ)発症していない人のタウ濃度を特に調べる臨床試験が進行中です(5)。 セマグルチドがタウレベルを減らして、認知機能低下率の低下につながることを期待しています。
米国立老化研究所(NIA)の研究者らの報告(6)には、パーキンソン病とアルツハイマー病の治療薬としてGLP-1受容体作動薬を検討している20以上もの臨床試験がリストアップされています(7)。
そして、米バッファロー大学の研究者らによる、昨年のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン(NEJM)の小規模な研究報告(8)は驚くべき結果でした。新たに診断(過去3~6か月以内)された10人の1型糖尿病患者をセマグルチドで治療すると、インスリン投与がほとんど、あるいは全く必要としなくなったのです。参加者の診断時の平均HbA1cレベル(90日間の平均血糖値)は11.7で、米糖尿病協会のHbA1c推奨値である7以下をはるかに上回っていました。ところが治療開始後、患者の平均HbA1cは6ヶ月で 5.9、12ヶ月で5.7にまで低下しました。
研究著者は、この研究結果が長期間に追跡した大規模な研究で実証されれば、「1921年のインスリン発見以来、1型糖尿病の治療において最も劇的な変化となる可能性がある」と述べています(9)。
また、ノボ ノルディスク社は、非アルコール性脂肪肝疾患による肝繊維化におけるセマグルチドの効果を調査するため、カリフォルニア大学サンディエゴ NAFLD 研究センターの臨床試験に957 万ドルの助成金を授与しました(10)(11)。
その他、セマグルチドが薬物乱用障害を治療となる可能性(セマグルチドを服用している人々を対象とした小規模なケーススタディでは、アルコール依存症の症状が大幅に軽減りました)、不妊症の主な原因の1つである多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療になる可能性、いくつかの試験では老化に効果をもたらすかどうかも調べています(12)(13)。
ただし米国では、オゼンピックやウゴービは、前述のように品切れが頻発しており、誰もが使用できる薬ではありません。この状況、新型コロナのワクチンの接種が始まった頃を彷彿させます。
● 肥満症の治療薬で、広まる健康格差
2023年8月のニューヨークタイムズによると、新しい2型糖尿病や肥満症治療薬の処方箋は、ニューヨーク市内のより裕福で白人が多く健康的な地域に集中しています(14)。
アッパー・イースト・サイドは、ニューヨーク市内で最も裕福で最も健康的、平均寿命が最も長く、糖尿病と肥満率が最も低い地域の一つです。 現在、近隣の住民はさらにスリムになっています。
トリリアント・ヘルス社の調査によると、昨年、アッパー・イースト・サイドからグラマシー・パークまで広がるマンハッタン沿いに住む約2.3%の人々が、オゼンピックなどを使用していました。対照的に、糖尿病と肥満がはるかに蔓延しているブルックリンの一部の地域では、これらの薬の使用率はマンハッタンの裕福な地域の半分強にすぎませんでした。
同紙は、「これらの薬は、人種や階級によって生じる健康格差を軽減することが期待されています。 しかし今のところ、これらの薬へのアクセス自体が格差になりつつある」「新しい治療法を最初に恩恵を受けるのは、所得が高く、一流の健康保険に加入していたり、優秀な医師に簡単にアクセスできる人が多い。近年では、新型コロナのワクチンの最初の数ヶ月間や、H.I.V.感染予防のPrEP処方で、そのようなパターンが見られた」と指摘します。
トリリアント・ヘルス社の分析によると、マイノリティの多い地域では、これらの薬は主に糖尿病の患者に投与されています。市内で最も貧しい地域のいくつかを取り囲むサウス・ブロンクスでは、これらの薬物療法を受けている人々の約73%が糖尿病を患っていました。ところが、市内の裕福な地区では、糖尿病患者は3分の1以下でした。そのような地域では、これらの薬は主として減量のために処方されています。マンハッタンのイーストサイドでは、2型糖尿病の既往歴のある人への処方は27%以下でした。
● 深刻なウゴービ不足
2022年3月以来、オゼンピックとウゴービは、食品医薬品局の医薬品不足リストに掲載されています(15)。ウゴービ治療開始後、品切れのため治療を中止せざるを得ず、体重がリバウンドしたとう話もあります。さらに、供給が追いつかないほど需要が高まっている中、ノボ・ノルディスク社は、新しい患者の投与開始を制限しています(16)。
そのため、ウゴービを希望した人の中には、減量目的でオゼンピックを適応外処方され、糖尿病患者は薬を入手できなくなった人もいました。そんな中、米ニュースによると、ノボ ノルディスクは2024年1月31日、ウゴービの最低用量の供給量を増量したと発表しました(17)。これにより米国でより多くの人がこの薬の服用を開始できるようになるかもしれません。
さて、日本では、ウゴービ処方可能な医療機関は、肥満症治療に関連する学会(日本糖尿病学会、日本内分泌学会、日本循環器学会)の専門医が常勤している教育研修病院に限られ、一般的なクリニックや診療所では処方出来ない見込みです。ちなみに米国では、医師、ナース・プラクティショナー(上級の看護職)、フィジシャン・アシスタント(医師助手)が処方できます。
また厚労省によると、日本では、ウゴービが利用できる人は(18):
「肥満症ただし、高血圧、脂質異常症又は2 型糖尿病のいずれかを有し、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず、以下に該当する場合に限る。
・BMIが27kg/m2以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害を有する
・BMIが35kg/m2以上
とされています。
日本は、米国よりもウゴービの適応となる患者が少なく、処方可能機関が限定されているので、すぐには米国のような品切れ状態にはならないかもしれません。ただし、ウゴービは、上記のようなさまざまな疾患の効果が期待されており、今後、別の疾患への承認が広がる可能性があります。それまでに、さらに供給量が増えることを期待します。
(1)https://www.nytimes.com/2023/08/17/health/weight-loss-drugs-obesity-ozempic-wegovy.html
(2)http://medg.jp/mt/?p=12060
(3)https://alz-journals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/trc2.12268
(4)https://theconversation.com/wegovy-and-ozempic-could-the-new-weight-loss-drug-also-treat-dementia-205496
(5)https://www.isrctn.com/ISRCTN71283871
(6)https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36372278/
(7)https://www.nature.com/articles/d41586-024-00118-4
(8)https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMc2302677
(9)https://www.buffalo.edu/news/releases/2023/09/UB-research-semaglutide-Type-1-diabetes-insulin.html
(10)https://classic.clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT06005012?term=semaglutide&cond=NAFLD&draw=2&rank=4
(11)https://health.ucsd.edu/news/press-releases/2023-08-23-clinical-trial-studying-possible-new-treatment-option-for-patients-with-nafld/
(12)https://www.psychiatrist.com/jcp/decreased-alcohol-use-disorder-symptoms-with-semaglutide-for-weight-loss-a-case-series/
(13)https://www.theguardian.com/society/2023/aug/21/scientists-hope-weight-loss-drugs-treat-addiction-dementia-ozempic-wegovy
(14)https://www.nytimes.com/2023/08/26/nyregion/ozempic-nyc-neighborhoods-diabetes.html
(15)https://www.accessdata.fda.gov/scripts/drugshortages/dsp_ActiveIngredientDetails.cfm?AI=Semaglutide%20Injection&st=c&tab=tabs-1
(16)https://www.novonordisk-us.com/supply-update.html
(17)https://www.nbcnews.com/health/health-news/wegovy-availability-supply-novo-nordisk-weight-loss-rcna136535
(18)https://www.mhlw.go.jp/content/001169796.pdf
この記事は、MRIC by 医療ガバナンス学会Vol.24028 ボストン・ウェルネス通信その4:大人気の肥満症治療薬、パーキンソン病やアルツハイマー病にも効果あり!の転載です。
トップ写真:オーバーウェイトの男性(イメージ ※本文とは関係ありません)出典:FresFroese/GettyImages
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この記事を書いた人
大西睦子米国ボストン在住内科医師
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。
東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部付属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年から2013年まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、医療ガバナンス研究所研究員。