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.国際  投稿日:2024/2/29

治安改善で選挙に圧勝も、強権支配に批判-中米エルサルバドル政権


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・エルサルバドル大統領選ではブケレ大統領が治安を劇的に改善させた実績が評価され、圧勝。

・強引な治安対策や強権的政治姿勢を示すブケレ政権への批判も高まる。

・バイデン米政権は中国のエルサルバドル接近への警戒などから、ブケレ批判を控えているもよう。

 

「中南米で最も安全な国」に

 2月初め実施されたエルサルバドル大統領選には6人の候補が出馬したが、現職のブケレ氏が得票率84.65%で完全な独り勝ちとなった。同時に行われた立法議会選挙でも同氏の政党が定数60議席中、54議席を獲得した。同氏は議会も手中に収めただけでなく、既に司法府も掌握しており、「事実上の独裁」(現地有力紙)ともいえる体制を固めた格好だ。圧勝の背景には、ブケレ氏が2019年に大統領に就任して以来、憲法で保障された権利を制限するなどして犯罪組織を徹底的に取り締まり、かつて「世界最悪」ともいわれた治安を劇的に改善させたことが挙げられる。人口10万人当たりりの殺人事件の死者数は2015年には106.3人だったのが、2023年には2.4人にまで減少したというデータもある。「エルサルバドルは今や、中南米で最も安全な国になった」(メキシコ有力紙)と称賛する声も聞かれる。

憲法に反し連続再選の大統領に批判

 だが、内外の人権団体などがエルサルバドル治安当局による恣意的逮捕や裁判なしでの投獄など数多くの人権侵害が起きていると批判しているのも事実。エルサルバドルの人口の1%を超える約7万5千人が投獄されているとされ、同国の市民団体は「犯罪組織とは無関係の何千人もの人々が不当に投獄されている」とし、ブケレ大統領の強引な取り締まりを糾弾する。さらに大統領の強権的政治にも批判が集まる。ブケレ氏は憲法で大統領の連続再選が禁止されているにもかかわらず、最高裁に自分の息のかかった判事を送り込み、自身の再出馬について合憲判断を取りつけたとの見方が現地では有力。同国の独立系有力ネットメディア「エル・ファロ」の記者は「ブケレ氏は今や、議会や司法府も含め3権のヘゲモニーを一手に握った」とし、「中米の伝統的悪である独裁者として名前を刻むことになった」と指摘している。

ブケレ大統領再選に祝意-米国務長官

 中南米で大統領が憲法の規定に反し連続再選を図るなど強権支配を続けるケースは過去にもあり、今回のエルサルバドルのケースが初めてではない。例えば、ボリビアでは2017年、長期政権を狙うモラレス大統領(当時)の意をくんだとされる憲法裁判所が大統領の連続再選回数関する憲法の規定を無効とする判断を示し、同大統領が2019年に4期目を目指し出馬したこともある。ペルーでも2000年、当時のフジモリ大統領が強引な憲法解釈によって連続3選出馬を果たしている。ただ中南米問題専門家の間ではブケレ大統領のやり方は過去の中南米の例と比べても露骨で強引すぎると批判する意見が出ている。2022年「米州サミット」を主催し、中南米諸国に民主主義への尊重を求めるバイデン米政権としては本来なら、ブケレ大統領に対し厳しい態度を示して然るべき。だが、ブリンケン国務長官はエルサルバドル大統領選直後、ブケレ氏の勝利に祝意を表明し、エルサルバドルの「良い統治」と「公平な裁判および人権」を優先する方針だと述べるにとどまり、直接的な批判は控えた形だ。

中国の出方を警戒かーバイデン政権

 このバイデン政権の対応については、エルサルバドルの治安回復によって同国から米国への不法移民の流入が減少したことをバイデン政権が評価したのが大きな要因との指摘もある。もう一つ無視できないのがエルサルバドルと中国の関係。エルサルバドルは2018年に台湾と断交し、中国と国交を樹立。ブケレ大統領が就任後に訪中してから、中国はインフラ部門を中心にエルサルバドルに大型投資を行っている。昨年には中国全国人民代表大会代表団が首都サンサルバドルを訪問、両国間で自由貿易協定(FT)締結が間近かとの情報も流れる。バイデン政権が中国のエルサルバドル取り込みを警戒し、ブケレ政権との対立を避けようとしたとの見方もある。一方、一部中南米諸国がエルサルバドルの治安対策や強権的手法を高く評価している点も見過ごせない。今年1月、麻薬犯罪組織との「戦闘状態」を宣言したエクアドルのノボア政権はエルサルバドルの方法を見習って治安対策の一層の強化を図ると述べた。アルゼンチンのミレイ大統領も同様の発言をしており、麻薬犯罪横行に直年する中南米諸国の間で今後、エルサルバドルをモデルとする強権政治を支持する動きが強まるかもしれない。

 

トップ写真)メリーランド州ナショナルハーバーのゲイロード・ナショナル・リゾート・ホテル&コンベンションセンターで開催された保守政治行動会議(CPAC)での講演後、出席者に挨拶するエルサルバドルのナイブ・ブケル大統領( 2024年2月22日 アメリカ・メリーランド州)出典)Anna Moneymaker / Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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