無料会員募集中
.国際  投稿日:2023/11/27

アルゼンチン、ミレイ次期大統領の過激な主張は実行されるのか


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・アルゼンチン大統領選で奇行や過激発言で知られるハビエル・ミレイ氏が当選。

・同氏の主張する経済の”ドル化”や中銀廃止は現実には困難。

・大統領就任後に同氏の ”変身”を予想する見方も。

 

■‟ドル化”と中銀廃止に多くの異論

 先にアルゼンチン大統領選で当選したミレイ下院議員はその過激な言動などから「アルゼンチンのトランプ」、「極右のリバタリアン(自由至上主義者)」、「無政府資本主義者」などと呼ばれる。「政府省庁の半減」「臓器売買の合法化」「学校の民営化」など劇的な国内政策の変更をはじめ、「反中親米」への外交路線の転換まで急激な改革の実現を叫んでいる。だが、内外で大きな物議を醸しているのは、同氏が主張する国内経済の‟ドル化”と中央銀行の廃止だ。アルゼンチン・ペソをなくして、通貨は全部米ドルにしてしまうという過激な政策に多くのエコノミストや経済学者が異論を唱える。この政策が実施されればアルゼンチンの国内状況に応じた独自の金融政策ができなくなるという。そればかりではない。通貨ペソを廃止するため国内で流通するペソを買い集め、ドルと交換せねばならないが、巨額のドルを確保する力が現在のアルゼンチン政府にあるとは到底考えられないとの意見も多く聞かれる。年率140%を超えるインフレ、外貨準備枯渇や貧困拡大などに見舞われている経済が一層混乱に陥るリスクの方が高いと見るのは当然だろう。

 

■無視できない中国との経済的つながり

 もう一つアルゼンチン経済の再建を考える上で重要な点は、アルゼンチンと中国の経済的結び付きの強さである。例えば、米国の中南米問題シンクタンク「インターアメリカン・ダイアログ」(IAD)の専門家はアルゼンチンと中国の通貨スワップ協定を重視、同協定がアルゼンチンの貿易決済や対外債務支払いで大きな役割を果たしてきたと指摘する。

アルゼンチンはキルチネル左派政権下の2009年、中国との通貨スワップ協定を締結、今年6月には中国人民銀行とアルゼンチン中央銀行の間でアルゼンチンが使用可能な額を倍増する新たな協定を締結したとブエノスアイレスの有力紙が報じている。前述のIAD専門家によれば、アルゼンチンの財政面や債務返済上、中国とのスワップ協定への依存度がこの数年格段に増しており、中国の協力なしにはIMFへの返済もできなくなる恐れがあるという。

さらに見逃せないのは、貿易・投資面での中国との関係。アルゼンチンにとって中国は重要な貿易パートナー。アルゼンチン国家統計局の資料によれば、中国は輸入面では最大の相手国、輸出面ではブラジル、欧州連合(EU)に次ぎ3番目である。昨年2月、フェルナンデス現大統領が中国の習近平国家主席と「一帯一路」構想への参加で合意して以後、中国からの投資や融資に弾みがついた格好。ミレイ次期大統領は「中国政府は暗殺者」と非難、中国とは取引しないと述べているが、中国と決別するのは容易ではないだろう。

 

■過激発言は選挙戦目当て?

 実際のところ、ミレイ次期大統領が過激な政策を実施しようとしても大きなハードルが控えている。アルゼンチン議会で同氏の政治連合「自由前進」(AL)が少数派のためだ。上院で定員72議席中8議席、下院257議席中38議席を占めるにすぎない。11月の大統領選決選投票では、伝統的右派政党が左派ペロン主義政権の継続を阻止する目的でALに協力したが、今後ミレイ氏の政策を支持するかは不透明で、むしろ反対するとの予測が有力。実はミレイ氏自身、大統領就任後に‟変身”するとの見方もある。アルゼンチンの現地メディアの中には、ミレイ氏が選挙戦中、奇行や過激な発言を繰り返したのは有権者、とりわけ若者の注目を集めるためだったと報じているところもある。

ミレイ氏が元々は正統な「オーストリア学派」に属する経済学者で、過激な政策のリスクは十分承知しているので実施には慎重になるはずとみる向きもある。新政権下で外相就任が有力視されるエコノミスト、ディアナ・モンディーノ氏はミレイ氏の対中決別発言について「秘密性の高い中国との取引はしないというのが趣旨で、中国との関係を断ち切るという意味ではない」と強調している。12月10日にアルゼンチン大統領に正式就任するミレイ氏が果たしてどのような政策を打ち出すのか、各国マスコミの目が注がれることになろう。

(了)

トップ写真:アルゼンチン大統領決選投票に先立って選挙活動を終了するハビエル・ミレイ氏(アルゼンチン・コルドバ 2023年 11月16日)

出典:Tomas Cuesta / Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."