麻薬犯罪組織との戦いが激化 ‟内戦状態”のエクアドル
山崎真二(時事通信社元外信部長)
【まとめ】
・エクアドルでは麻薬絡みの犯罪が続発、ノボア新大統領は犯罪組織と「戦争状態にある」と非常事態を宣言。
・エクアドルの治安悪化の原因としてメキシコの2大麻薬カルテルなどの進出が挙げられる。
・任期が短く、政権の安定運営に不安があるノボア大統領は早くも正念場に。
■殺人、誘拐、爆弾事件が頻発
エクアドルは過去数年、麻薬がらみの凶悪犯罪がはびこり、治安が悪化していたが、今年に入ってからの状況はこれまでにないほど劣悪だ。1月7日、エクアドル最大の麻薬犯罪組織のボスが刑務所から脱獄したのをきっかけに国内各地で殺人、誘拐、爆弾事件が相次ぎ、少なくとも6つの刑務所で暴動が起きた。武装集団が生放送中のテレビ局スタジオを占拠する事件も発生。昨年11月末に就任したばかりのノボア大統領は全土に60日間の非常事態を宣言、主要都市に夜間外出禁止令を出し、本格的な壊滅作戦に着手した。
大統領はエクアドル全土で犯罪組織との「戦争状態にある」と述べ、これら犯罪組織に“宣戦布告”した。これに対し、犯罪組織側は徹底抗戦の構えを見せており、今月17日にはテレビ局占拠事件の捜査を担当していた検事が最大の商業都市グアヤキルで白昼、犯罪組織によって射殺される事件も起きた。「エクアドルは内戦状態に突入したと言っても過言ではない」(首都キトの有力紙「エル・コメルシオ」の記者)との声も聞かれる。エクアドルでの10万人当たりの殺人件数は過去数年で急増、2022年には26.2件に達し、昨年1年間では2倍に増えたとするデータもある。
■メキシコの2大麻薬組織が参入
エクアドルで麻薬関連犯罪が横行するようになった背景には外国から麻薬組織が入り込んだという事情がある。エクアドルはコカインの生産国ではなく、国境を接するペルーやコロンビアのコカインが運ばれる密輸中継地。グアヤキルなどのエクアドルの太平洋岸の港から北米や欧州向けにコカインが運び出されている。以前はコロンビア最大のゲリラ組織だった「コロンビア革命軍」(FAR)がエクアドルのコカイン密輸を牛耳っていたが、2016年にFARCがコロンビア政府と和平協定を結び、合法政党となり、麻薬密輸業からほぼ撤退。FARCの影響力が減少したのに乗じてメキシコの2大麻薬カルテルがエクアドルの麻薬ビジネスに参入、地元の4つの麻薬密輸組織と結託して勢力を拡大するようになったといわれる。
エクアドルで跋扈する麻薬組織のメンバーは2万人にも上るとされ、軍や警察のほか政財界にも入り込み、影響力を広げているとの情報もある。昨年の大統領選のさ中、麻薬犯罪対策の強化を公約を掲げていた有力候補を暗殺したのも、メキシコの麻薬カルテルの傘下にある地元の犯罪組織との説が有力。最近ではエクアドルの麻薬密輸ビジネスに欧州で悪名高いアルバニアの犯罪組織も加わり、各組織の縄張争いも激しくなっており、一般市民が巻き込まれ犠牲になるケースも増えていると伝えられる。
■早期の治安回復には疑問
ノボア大統領は22の麻薬犯罪組織を「テロ組織」に認定、「麻薬テロリストとの交渉は行わない」と全面対決の方針を強調している。現地メディアの報道によれば、警察のほか、軍を動員して1月半ばまでに2000人近い犯罪組織のメンバーを拘束した。しかし、大統領の犯罪組織撲滅作戦が成果を上げ、治安回復に成功するか疑問視する見方がエクアドル国内でも多いようだ。
大きな理由の一つはノボア大統領の任期が短いこと。昨年、ラッソ前大統領は自身の不正容疑に対する国会の弾劾を回避するため国会を解散、大統領選の前倒し実施に追い込まれた。10月の大統領選決選投票でノボア氏が当選、同11月に大統領選に就任したが、その任期はラッソ前大統領が当初務めるはずだった2025年5月24日までとされている。この短い期間に犯罪組織の活動を抑え込み、治安を回復するのは至難の業難だろう。
加えて、就任後まだ2カ月ほどしか経っていないノボア大統領が安定した政権運営を確立できるかも疑問。大統領の政党は定数137の国会でわずか14議席しかない。大統領は他の政党との連携で多数派を確保する考えだが、連携がうまくいく保証はない。政権が安定しなければ犯罪組織との戦いで勝利できるはずはなく、ノボア新政権は早くも正念場に立たされている。
(了)
トップ写真:エクアドルのキトで通りをパトロールする軍人。政府当局はギャングによる暴力、武器の違法使用、麻薬関連の犯罪を取り締まっている(2024年1月21日エクアドル・キト)出典:Agencia Press South/Getty Images
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この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長
南米特派員(ペルー駐在)、