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.国際  投稿日:2024/3/21

もしトランプ政権になれば その2 NATO離脱ではない


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・民主党側は「トランプ大統領はNATOから離脱する」と警告する。

・しかし、トランプ氏はNATOからの離脱ではなく、強化の実効策をとっていた。

・トランプ氏の基本姿勢、「力による平和」と「抑止」は二期目も変わらないであろう。

 

さてアメリカの民主党側がトランプ氏再選への「恐怖」としていま宣伝する具体例は「トランプ大統領はNATO(北大西洋条約機構)から離脱する」という警告である。この警告の一例は今年1月のニューヨーク・タイムズや同じ陣営のNPR(全米公共放送)による報道だった。

トランプ氏は2月に入って、予備選の運動中に、「私は大統領在任中に十分な軍事費を負担しないNATO加盟国はロシアからの攻撃を受けたとしても防衛せず、むしろロシアに攻撃を促すと欧州側に発言していた」と述べた。このトランプ発言に対してバイデン政権からも、西欧諸国からも同盟軽視だとする反発が起きた。

だがこのトランプ発言はNATOの破棄でも離脱でもなく、むしろ増強を狙う意図だったことは明白だった。後にトランプ氏自身、FOXテレビの単独インタビューに答えて、「この種の私の発言はたぶんに交渉の道具なのだ」と語り、真意はあくまでNATO全体の強化であることを明示した。

アメリカ政府はオバマ政権時代からNATOの欧州側加盟国に防衛費をGDP(国内総生産)の2%以上に増すことを求め、公約を得ていた。だがドイツのメルケル首相らはそれに応じなかった。トランプ氏は政権に就くと、さっそくその要望を改めて強くぶつけた。

NPRなどの報道はトランプ氏の「欧州側がどうしても公約負担の増加に応じないならば、アメリカは有事に欧州を守らないこともある」という警告を文脈を無視して誇大に組み立て、「アメリカのNATO離脱」という絵図を描いたのである。

現実にはトランプ大統領はその任期の4年間、NATOとの絆を堅持した。2017年から毎年、発表した国家安全保障戦略でNATO堅持を一貫して明記した。ただし欧州諸国の防衛費のGDP2%以上という公約の順守は執拗に求め続けた。共同防衛の平等性、公平性、双務性への要求である。その前提は同盟の堅持であり、強化だといえる。

現実にトランプ政権は2018年までにはNATO加盟国のバルト3国の対ロシア抑止力強化策として「増強前方展開」の4戦闘集団の新派遣に参加した。NATOからの離脱ではなく、NATOの強化の実効策をとっていたのである。

トランプ大統領は2019年6月には防衛費増額に応じないドイツに対してしびれを切らし、ドイツ駐留の米軍約1000人をポーランドに移した。ドイツ側のメルケル首相らへの抗議の措置だった。ドイツ側は衝撃を受け、防衛費増額への前向きな姿勢をみせ始めた。トランプ大統領のこの措置もNATO離脱ではなく、米側の政策に協力的なポーランドへの支援の強化だった。

そもそもアメリカにとってはNATOは条約に基づく同盟だから議会の3分の2の承認がなければ、破棄や撤退は難しい。トランプ政権はその種の実際の動きをみせたことはツユほどもなかった。

日本側としてもこの種の民主党傾斜メディアのゆがめ報道には十二分に注意すべきである。日本の主要メディアやアメリカ通とされる識者の多くがこの「トランプ次期大統領NATO離脱説」を事実であるかのように伝え始めたのだ。

この種の主張には次期トランプ政権を孤立主義だと断じる要素も含まれる。だが孤立主義が国際的な脅威や危機にも背を向けるという意味ならば、これまた現実に反する批判だといえよう。トランプ政権は中国の脅威、とくに軍事拡張に対して歴史的とも呼べる画期的な対決、封じ込めの政策をとったからだ。

トランプ大統領は就任してまもなく、オバマ政権にいたる歴代政権の対中関与政策の失敗と放棄を宣言した。そして「強いアメリカ」の標語の下に、国防費を毎年、10数%も増す大軍拡で中国の軍事攻勢を抑えたのだ。

ロシアに対してもアメリカ主導の国際秩序の破壊者として対決を誓約した。北朝鮮にはオ政権の「戦略的忍耐」策を放棄し、軍事手段を強調する「炎と怒り」戦略を宣言した。

とくに中国に対するトランプ大統領の姿勢で注目すべきは2018年1月に発表された「国家防衛戦略」での誓約だった。この種の戦略文書は日本と異なり、時のアメリカ政府の実際の防衛の政策や支出を拘束力をもって特徴づけている。トランプ大統領はその誓約として対中戦争の防止方法について以下を言明したのだ。

「中国との戦争を防ぐ最善の方法は想定される対中戦争への対応を準備して、勝利できる能力を保つことだ」

まさに「力による平和」そして「抑止」である。この基本姿勢はトランプ政権の二期目でも変わることはないだろう。そしてこの軍事重視こそいまのバイデン政権の思考とは根幹から異なる点だといえよう。 

(その3につづく。その1

*この記事は雑誌の「月刊 正論」2024年4月号に載った古森義久氏の論文「トランプ氏に関する誤解・歪曲を正す」の一部を書き替えての転載です。

トップ写真:スウェーデンのNATO加盟式典にて。NATO本部での国旗掲揚式に臨む、(左から)スウェーデンのアクセル・ヴェルンホフNATO大使、ウルフ・クリスターソン首相、NATO事務総長イェンス・ストルテンベルグ、スウェーデンのビクトリア皇太子妃、ミカエル・ビデン最高司令官(2024年3月11日、ベルギー・ブリュッセル)出典:Omar Havana / GettyImages




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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