バイデン大統領の衰退が国際危機を生む
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・アメリカの現職大統領の明らかな能力弱化は国際危機をも生みかねない。
・反米陣営が対米警戒を減らして、より大胆な侵略や膨張の行動に出る危険が生まれた。
・不法入国者問題、露中朝イランの反米的な行動の激化を懸念する声も。
アメリカ大統領選での6月下旬の討論会では現職バイデン大統領の認知能力の衰えは顕著だった。与党の民主党内からバイデン氏の立候補撤回を求める声が起きたのも自然だといえた。大統領の発言やその背後の認知や判断の力の衰退はそれほど明確だったのだ。
いまの時点での日米双方のメディアなどの最大関心事はアメリカ国内でのバイデン氏の帰趨に集まる。ところがそれ以上に大きな不安定要因が存在するのだ。超大国の現職大統領の明らかな能力弱化は国際危機をも生みかねないのである。
中国やロシアなどの反米勢力がこれまでにも増してバイデン大統領の弱みにつけこみ、侵略的な攻勢を強める危険が高まってきたのだ。超大国アメリカの最高指導者の統治能力の欠陥が米側主体の国際秩序への攻撃をさらに招くという重大危機の浮上なのだといえる。
バイデン大統領の衰退を別にしても、アメリカの大統領選の年には国際異変が起きやすいという傾向がある。たとえば2008年8月、アメリカの大統領選の真っ最中にロシアがジョージアに侵攻した。アメリカは二代目ジョージ・ブッシュ大統領が8年の任期を終え、その後任の座を民主党のバラク・オバマ氏と共和党のジョン・マケイン候補が激しく争っていた。ロシアはその間隙を抜うようにジョージアへの軍事行動に出たのだ。
今回の状況はアメリカでの大統領選挙による空白や混乱がバイデン大統領の衰退によって、とくに強く印象づけられた。アメリカの国際的な動向を対立的な立場からうかがう側にとっては超大国の指導力や軍事抑止力が弱くなったと判断するに十分な材料が供されたわけだ。その結果、反米陣営がこれまでの対米警戒を減らして、より大胆な侵略や膨張の行動に出る危険が生まれたとされる。
その種の危機については民主党バイデン政権とは距離をおく「新アメリカ財団」創設者のウォルター・ラッセル・ミード氏や「アメリカ第一政策研究所」の上席研究員のフレッド・フライツ氏らによって具体的に指摘された。両氏とも国際戦略や安全保障の実務と研究では経験が豊かで、政府内外での実績も高く評価されている。その両氏の指摘の骨子を以下に紹介しよう。両氏がバイデン大統領の実際の衰えと、反米陣営側のその衰えの認識によって発生の確率が高くなった危険な動きとしてあげたのは以下の諸点だった。
▽メキシコ国境からのアメリカ国内に侵入する危険分子の増加
・中国からのスパイや工作員の疑いのある不法入国者の激増(これまでの8ヵ月間で中国人の不法入国は2万2000人に達した。一昨年までの年間平均は2000人に過ぎない)
・タジキスタンから不法入国した8人がイスラム過激派のテロ組織「イスラム国」(IS)のメンバーとわかり、ニューヨークなどで逮捕された(反米テロリストの不法入国の増加が予想される)
・中南米からの犯罪前歴者の不法入国によるアメリカ国内での犯罪激増(ベネズエラの犯罪前歴者2人がテキサス州で12歳の少女を暴行し、殺害して逮捕された)
▽ロシアの反米的な行動の激化
・ウクライナ侵略での軍事攻撃の激化や拡大(7月8日のロシア軍によるキーウの病院などへの異例な大規模攻撃も米側の態度の弱化認識が原因とも考えられる)
・ロシアと北朝鮮との協力の強化(事実上の新軍事同盟によりロシアはウクライナでの戦闘に北朝鮮の直接間接の支援を得る)
・中国との絆の確保(当面、ロシアと中国との合同軍事演習の増加やアメリカ批判の共同歩調の拡大が考えられる)
▽中国の反米的言動の増加
・台湾への軍事的な威嚇や攻勢の拡大(アメリカによる阻止や反発が残りのバイデン政権下では少なくなるとの計算が考えられる)
・アメリカ主導の国際秩序の破壊や侵食の動きの強化(中国は南シナ海や東シナ海での膨張を増し、東アジアでの勢力拡大を強めると目される)
・中国内部での少数民族や民主活動家の弾圧の激化(バイデン政権は中国の国内弾圧への抗議もわりに明確だったが、残りの任期ではその勢いが衰えるという中国側の読みがある)
▽北朝鮮の対外姿勢の強硬化
・米韓日三国への姿勢がより強硬かつ好戦的となる(ロシアとの新たな相互援助の条約に加えて、バイデン政権下の米国の対外対応も勢いが減るとの計算が考えられる)
・第七回目の核兵器実験の可能性(北朝鮮はトランプ政権初期の第六回目の核実験以来、自制を続けてきた形だが、バイデン政権の現況を好機とみて次の実験に踏み切る可能性がある)
▽イランとその傘下のテロ組織の活動の高まり
・独自の核兵器開発の推進(イランはトランプ前政権の強硬姿勢に直面して、核開発に慎重な態度をみせたが、それがまた前進へと変わる可能性がある)
・イランが支援するヒズボラ、ハマスなどのテロ組織のイスラエル攻撃が活発化(バイデン政権の弱体化という認識がイランの反米的行動を活発にする)
・ロシアのウクライナ侵略への軍事支援の増大(イランはすでにロシアへの直接の軍事支援をしているが、アメリカの後退という印象でその規模がさらに大きくなる)
以上の指摘は現段階では推測の部分も少なくないが、これからの反米勢力の動きについて米側の有力な専門家たちが起こりうる現象として、この種の具体的な警告を発している現実は重視すべきだろう。バイデン氏とトランプ氏の討論会への反響にはこんな国際的な深い読みがあることもまた知っておくべきだろう。
*この記事は日本戦略研究フォーラムに掲載された古森義久氏の寄稿論文の転載です。
トップ写真:NATOサミットに参加するバイデン大統領(左)とゼレンスキー大統領(ワシントンD.C. 2024年6月11日)
出典:Photo by Kevin Dietsch/Getty Images