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.国際  投稿日:2024/7/22

バイデン大統領はなぜ選挙から撤退したのか 高齢と認知の違い


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・7月21日、バイデン大統領が大統領選からの撤退を表明した。

・アメリカでは年齢差別が法で禁じられ、高齢な政治家も現存するため、年齢が要因ではない

・バイデン大統領の認知の衰えが原因だろう。

 

 アメリカのジョセフ・バイデン大統領が現地時間の7月21日、今回の大統領選挙からの撤退を明らかにした。その撤退を求める声は与党の民主党内で日に日に高まっていた。なぜなのか。バイデン大統領の表面での言動をみただけでも、その統治能力に深刻な衰えがあることは明白である。だがこの衰えに対する批判的な反応はアメリカと日本とでは重大な点が異なる。再選を目指した現職大統領の選挙キャンペーン中の撤退という米国の政治史でも珍しい事態の核心部分に対する日米ギャップをこの際、説明しておこう。

 バイデン大統領が6月27日のトランプ前大統領との討論でみせた認知の衰えはあまりに明白だった。この討論会を主催したCNNテレビの長老記者ジョン・キング氏が討論会が終わった直後に、バイデン氏の討論ぶりの欠陥をみて「パニックに陥った」と述べたのが象徴的だった。

 CNNもキング記者も年来の民主党支持であることは広く知られてきた。もちろんバイデン大統領の支援者でもあった。そんな政治的な立場の記者が「パニック」という激しい言葉を使って、バイデン大統領の衰えを指摘したのだった。

 この討論会は近年の大統領選の歴史でもそれまでの流れを一変させた点で特筆されるだろう。私も数多くのアメリカ大統領選挙を現地で取材し、その一環である候補同士の討論会も多々みてきたが、討論会自体が民主党対共和党の候補の優劣を大きく変えるということは、きわめて少なかった。だが今回の2024年の選挙キャンペーンでの討論会は選挙全体の流れを大きく変えてしまったのだ。

 その結果がバイデン大統領のキャンペーンからの撤退という展開だった。

バイデン大統領の心身の衰退は就任時から懸念されてきた。だが側近や民主党寄りメディアが必死でそのバイデン氏の衰えを隠してきたのである。その隠蔽がここにきて、一気に崩れてしまったのだ。その結果、判明したのはバイデン氏の隠された真実、つまり、認知能力の衰えだった。

 さて、この討論でのメディアの反応は日本側とアメリカ側では大きく異なっていた。日本の主要新聞やテレビなどは一致してバイデン氏の「高齢不安」と総括した。だがアメリカ側ではあくまで「認知不安」だった。この違いには大きな意味がある。客観的にみても高齢は認知の衰えを自動的には意味しない。アメリカでは年齢だけを理由に個々の人間の能力の低下を決めつけることは「年齢差別」として法律によってまで禁止されているのだ。

 アメリカでの「年齢差別」は「人種差別」や「性別差別」と同列に激しく排される。とくに職業については「年齢差別禁止法」が厳存する。だから職場での定年制はない。年齢による特別に不利な扱いは禁じられる。だから大統領職も単に数字での年齢で適不適は論じられないというわけだ。

 ところが日本側での反応はバイデン大統領の81歳という年齢自体が罪であるかのように報じられるのだ。つまりバイデン氏の81歳という年齢だけが不安要因だとする傾向である。バイデン大統領の撤退という事態に対しても、日本側では単に「高齢不安」をあげて、「認知不安」に重点をおく反応は少ないようだ。

 アメリカ側ではバイデン氏の場合も81歳という年齢自体が国政舞台での活動を不安にするという批判はほとんでなかった。あくまでバイデン大統領の認知能力の衰退を問題視してきたのだ。

 アメリカでは、同じ国政の場でバイデン氏よりも高齢で活発な言動を示す指導者たちが多数存在する。連邦議会の上下両院ではバイデン氏より年長の議員は合計13人、同年齢が2人も健在である。

 現役議員の最年長は90歳のチャック・グラスリー上院議員(共和党)だが、対サイバー政策などで活躍する。下院の民主党中枢のナンシー・ペロシ元議長は84歳、上院では共和党院内総務のミッチ・マコーネル議員、民主党の論客のバーニー・サンダース議員がともに82歳である。他に80代後半の議員も数人いる。

 これら議員たちへの高齢不安や認知不安が公的に提起されることはない。これら高齢議員たちはバイデン大統領のような虚言、失言、放言をすることがないからだ。しかもこれら高齢議員たちがそれぞれの選挙区で再選を重ねているのは、オープンな政治競合の場で若年や中堅が勝てないからである。

 一方、バイデン氏は前回大統領選で民主党の指名を確実にした2020年6月の時点でも認知症疑惑に関する複数の全米世論調査の対象となった。その一つは「バイデン氏は初期の認知症状態にあると思う」という回答が55%という結果だった。同氏が77歳のその時期でも事実と異なる発言を頻発していたのだ。

 たとえば特定州のコロナウイルス感染者数12万を1億2千万と述べた。自分が演説をしている州の名を間違えた。自分が副大統領だったオバマ大統領の名前を思い出せないという始末だった。アフガニスタンでの激戦を最前線で目撃したという話を繰り返したが、その場にバイデン氏がいなかったことも立証された。

 バイデン氏のこの種の発言の歴史は長い。言葉と事実の離反、さらには言葉への態度の特殊性は年齢とは別の次元をも思わせる。同氏は最初に大統領選への名乗りをあげた1987年の演説でイギリス労働党の当時の党首ニール・キノック氏の演説の言葉をそっくり借用して批判された。剽窃(盗作)と断じられたのだった。

 バイデン大統領の現況を正しく理解するにはやはり歴史を含めての複眼的な考察が必要だろう。その歴史をみれば、いま民主党内でバイデン氏への選挙戦撤退を求める声が広まったことも、そしてバイデン氏自身がその声に応じて撤退を決めたことも、理解しやすいだろう。

トップ写真:カマラ・ハリス副大統領がsmize & dreamアイスクリーム店に訪れた時の様子(ワシントンD.C. 2024年6月19日)

出典:Photo by Nathan Howard/Getty Images




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