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.国際  投稿日:2025/3/4

トランプ外交の標的は中国:日本への影響薄


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#09

2025年3月3-3月9日

【まとめ】

・トランプがウクライナを公に批判、注目は公開された点。

・米外交は中国優先、地域安保を他に委ねるべきと提案。

・日本は米に見捨てられず、核武装は非現実的。

 

先週末はホワイトハウスで「驚くべき」やりとりが「発生」した、と言うべきか。トランプ政権の正副大統領がウクライナ大統領を「感謝が足りない」と面罵し、鉱物資源をめぐる合意署名も中止となった。だが、この「やりとり」の内容自体は大した問題ではない。そもそも、この種の「恫喝」はトランプ外交にとって決して目新しいことではない。

問題はこの種の「やりとり」をテレビカメラに晒してしまったこと。筆者もこのような外交的光景を映像で見るのは初めてだったので、それなりに興味深かった。詳細についてはワシントン在住の辰巳由紀CIGS主任研究員の「デュポンサークル便り」をご一読願いたい。筆者の見立ては、「どっちも、どっち」だなぁ、というものだが・・・・。

早速、一部外国メディアから電話がかかってきた。「日本はどう対応するのか」「米国はウクライナを見捨てそうだが、これは日本が戦後一貫して恐れていた事態ではないのか」「日本はこのような米国と同盟国のままでいられるのか」「日本は最終的に核武装に向かうのではないか・・・」という、一連の、実に陳腐な質問を浴びせられた。

勿論、記者たちの名誉のために社名・姓名は言わないが、質問に答えた後、「もしかしたら、これが在京外国特派員やアジア専門ジャーナリスト、特に日本に詳しいシニアな記者の一部にある「伝統的対日観」ではないか、と直感した。筆者のコメントは彼らの予想を裏切るものだったかもしれない。筆者はこう言ったからだ・・・。

●トランプ外交は「軍事介入を好まない平和主義」「大国主導による国際秩序構築」外交であるが、今の米国は第一次大戦後の米国に似ており、驚くに当たらない

●10年前ならともかく、今の米国の覇権を真に脅かす敵は、ロシアでもイランでもなく、中国であるが、同時に米国は最早「二正面作戦」を戦えない

●私がトランプ政権の国家安全保障担当者なら、米国はロシアと握ってでも、欧州での不毛な戦争を終わらせ、欧州の安保は欧州人に任せる時が来たと言うだろう

●同様に、米国は、パレスチナ問題の解決よりも、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化を実現し、対イラン抑止と中東地域の安定は中東人に任せれば良い

●米国は余力をインド太平洋の現状維持と対中抑止に投入すべきだが、それでもアジアの安保はアジア人に任せ、米国は軍事介入を決して確約すべきではない

●一方、米国の最大の脅威が中国となり、米国一国では対中抑止が不可能な現在、米国の世界戦略における日本と在日米軍基地の戦略的価値は激変しつつある

●「米国に見捨てられる恐怖」は決してなくならないだろうが、20年前ならともかく、今の米国が韓国、日本、フィリピンなどを「見捨てる」ことは自殺行為である

●それをやれば、米国が19世紀末以来の「太平洋国家」を止め、グアムとハワイまで撤退することを意味するが、トランプ政権がそれを望んでいるとは思えない

●その意味では、「米国に見捨てられる恐怖」を最も強く感じているのは今の欧州人であって、必ずしも日本人ではないだろう

●なお、日本の核武装は、その軍事的利益よりも、国際政治的、内政的不利益の方がはるかに大きく、現実的な選択肢とはならない・・・

この点については今週のJapanTimesのコラムでより詳しく書くつもりだが・・・。

続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。

3月4日 火曜日 米国、カナダとメキシコに25%の、また中国には10%追加して20%の、関税をそれぞれ発動

アラブ連盟緊急首脳会議、トランプ政権のガザ「リゾート化」構想を議論

ミャンマー軍事政権首脳、ロシア訪問

ミクロネシアで議会選挙

3月5日 水曜日 イスラエル首相、収賄容疑等につき裁判所で証言

3月6日 木曜日 欧州評議会(European Council)、ウクライナ問題で特別首脳会議を開催

3月7日 金曜日 米国務長官、ボツワナ大統領と会談

3月8日 土曜日 豪州の西オーストラリア州で選挙実施

3月9日 日曜日 カナダの自由党、トルドー氏の後継党首を選出

3月10日 月曜日 ウクライナ大統領、サウジアラビア訪問

最後にガザ・中東情勢について一言。3月1日にラマダン月が始まったが、ガザ停戦は未だ第二段階に入っていない。相変わらずイスラエルは人道支援物資の流入を止めてハマースに圧力を掛け、「第一段階」の延長を画策している。要するにイスラエル軍は撤退しない、ということだ。

一方、ハマース側は人質の全員解放を避けるべく、解放を意図的に「小出し」にしつつ、イスラエル軍の完全撤退を含む第二段階の開始を強く求めている。人質を全員解放したら、イスラエルが躊躇なく、かつ、徹底的にハマース殲滅作戦の最終段階を実施するとハマース側は本気で恐れているからだ。

このことは、先週書いた通り、ハマースの存続とネタニヤフ首相の政治生命に関わる「停戦第二段階」を双方とも実施したくない状況に変化がないことを示している。トランプ米政権の中東担当特使が近く中東を訪問し、ガザ停戦合意の「第1段階」の延長、もしくは「第2段階」への移行に向けた方策を巡り協議するそうだが・・・。ふーん!

トランプ政権がガザ問題の解決に本気でないことは、ガザの「リビエラ化」構想提唱だけ見ても、明らかだろう。ハマースもイスラエルも当面「様子見」を決め込む、という筆者の見立ては今も変わらない。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:ホワイトハウスの大統領執務室にてトランプ米大統領とJDバンス副大統領、ウクライナのゼレンスキー大統領の会談(2025年2月28日)出典:Andrew Harnik/Getty Images 




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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