トランプが要求するパナマ運河返還発言を理解するために

福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)
「福澤善文の考えるためのヒント」
【まとめ】
・トランプ米大統領、パナマ運河を取り戻すと宣言。
・パナマ政府は通貨発行も金融政策の策定もできず、経済的には米国に従属。
・パナマがどこまで譲歩案を提示できるかが課題。
パナマ運河が久々に世界の脚光を浴びている。米国トランプ大統領が就任早々、国際貿易、特に米国発着の貨物にとって重要な航路にあるパナマ運河が中国の支配下にあるとの理由で、かつてアメリカからパナマへ返還された運河を取り戻すと宣言したことが発端だ。
長年、米軍の管理に置かれ、運営されてきたパナマ運河は、そもそも1881年にフランスのレセップスにより青写真が描かれ、フランスにより掘削が始まったものの、工事は困難を極め、1889年に工事を引き受けた会社が破産した。そこで、米国は当時パナマを領有していたコロンビアとの間で運河建設にかかる条約を締結した。
ところが、コロンビア議会は批准を拒否したため、米国はパナマ政府独立を後押しし、1903年に隣国コロンビアから独立させ、パナマ政府との間で運河建設条約を締結したという紆余曲折の経緯がある。
米国西海岸からフロリダ沖へ船舶を移動させるのに、南米のホーン岬経由では2か月近くかかるところから、大幅な時間節約が可能なパナマ運河の必要性は米国にとっては大きかった。
この条約で、米国は運河建設権のみならず、運河の中央から両岸5マイルの永久租借権、更には運河の為の水源や通信システムの永久利用権などを獲得した。
そして、1914年8月、パナマ運河が開通した。そして、1977年にカーター大統領(当時)により米国はパナマと新運河条約を締結し、1999年に運河をパナマへ返還することとなった。
この条約については米国上院で、1票差での批准決議であった。新運河条約では、運河の将来の混雑を見越して、運河改善策を調査することが約束され、そこに日本が大きく絡むこととなった。
パナマは政治的にも、経済的にも非常に特殊な国である。パナマには中央銀行が無い。つまり、米ドルが主要通貨で、紙幣はアメリカで流通しているドル札である。お情け程度にバルボア硬貨が流通しているが、その大きさも価値も米国の硬貨と変わらず、米国硬貨と同じ扱いを受け流通している。
米国は1904年にパナマと交わした覚書で通貨発行権を手にした。つまり、パナマ政府は通貨発行も、金融政策の策定もできない国で、経済的にはアメリカに従属した国だ。貿易も活発とは言い難く、観光資源にも乏しく、主な収入源といえばパナマ運河の通行料である。因みに2024年度の通行料総額は約24億ドルで、1日平均で700万ドルだった。
通行料収入には遠く及ばないが、太平洋側とカリブ海の両側の港湾運営会社からの納付金もパナマ政府にとっては大きな収入源である。
パナマ運河を通行する貨物の多くは6つの港で処理されているが、そのうち主たるバルボア港とクリストバル港は香港のCK ハッチンソングループ、マンサニージャ港はアメリカのSSA Marine、コロン港は台湾のエバーグリーン社によって運営されている。
残りの2つの港も一つはベルギーとシンガポールに本社を置く企業、もう1つは米企業であるチキータによって運営されている。
ここで中国の支配下にあるとトランプ大統領が懸念するのはCK ハッチンソングループが運営する、バルボア、クリストバルの両港である。
1999年8月ロット米国上院院内総務がパナマの港湾運営にハッチンソンが絡んでいることを懸念したほか、パナマ運河をパナマへ返還することについて危惧する声も高かった。トランプ大統領がパナマ運河返還を主張したことから、運河返還に対する抗議の声が米国共和党内に未だに根強いことがわかる。
しかしながら、一旦締結した国家間の条約を取り消させることは、ほぼ不可能である。米国が政治的にも経済的にも優位に立つ米パ関係上、トランプ大統領のブラフとも思われるこの発言に対して、パナマがどこまで譲歩案を提示できるかがパナマにとって大きな課題だ。
日本にとっても、米国と同様、パナマ運河を有するパナマとの関係は重要だ。
80年代から90年代にかけてパナマと日本との関係は深く、第二運河計画が浮上した時期には日本は主導的な立場にあった。
パナマの中央公園に建立された大平元首相の銅像、永野重雄・元新日鐵会長、元日本商工会議所会頭にちなんだナガノ・ヒルという地名等は両国の深い関係を偲ばせる。
当時の日本の運河通行貨物量は米国についで第2位であった。2007年から2016年にわたって行われた運河拡張の礎となったパナマ運河代替案調査には日本政府、そして日本企業が米国、パナマと共に参画した。
今でこそ日本はパナマ運河通行貨物量で中国に追い越されたが、パナマ運河が日本の長期物流戦略の要となっていることは間違いない。
これから起こりつつあるパナマ運河をめぐる米国と中国のせめぎあいと、それに対するパナマの対応はパナマ運河利用国の日本としても看過できないものとなっている。
トップ写真)20年にわたる干ばつが世界海運の要衝、パナマ運河を脅かす パナマ、パナマシティ (2023年9月23日)
出典)Justin Sullivan/Getty Images