米大統領選 世論調査の信頼度とは
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・米大統領選、ハリス候補の世論調査での支持率は、あまりに急速で大幅に上昇。
・世論調査が大きく間違ったという事態が過去2回の選挙で続いた。
・世論調査が果たして現実を正確に伝えているのかどうか、疑問の余地を認識しておくことも必要。
アメリカの大統領選挙も投票日まで50日ほどに迫った。勝者は民主党のカマラ・ハリス候補か、共和党のドナルド・トランプ候補か。その結果によって超大国アメリカの政治は大きく変わる。同時に世界への影響の変化も巨大となる。その両候補の支持率はいまや僅差とされる。大接戦の展開というわけだ。
だがこの戦いの現状や展望を占う根拠は米側の多数の機関が実施する世論調査の結果である。
全米の有権者を対象とする世論調査でハリス、トランプ両候補への支持率を探る。その公表される結果が本番選挙の帰趨を占う指針となるわけだ。だがこの世論調査は実際にどれほど正確なのか。この疑問はすでにアメリカの一部の識者の間で提起されている。なぜなら大統領選挙前の世論調査が実際の結果とは大きく異なった前例、つまり世論調査が大きく間違ったという事態が過去2回の選挙で続いたからだ。2016年と2020年の選挙だった。
この歴史の教訓は今回の選挙の読み方でも考慮されるべきだろう。だが日本側の米大統領選報道ではこの世論調査への疑問はまず提起されることはない。なぜその提起が必要なのか。その理由を説明しよう。
今回の大統領選でのミステリーの一つはハリス候補の世論調査での支持率のあまりに急速で、あまりに大幅な上昇だといえる。ハリス副大統領がバイデン大統領の撤退の後を継いで民主党の新たな候補になると決まったのが7月21日、そして民主党全国大会でのハリス氏の正式指名が決まったのが8月21日、この期間とその後の2週間ほどを含めての6週間のハリス氏の人気の急上昇はものすごかった。
トランプ候補はバイデン大統領との1対1との対決では常に優位に立ってきた。どの世論調査をみても数ポイントの僅差とはいえ支持率では先行していた。とくにウィスコンシン、ペンシルベニアなどの激戦州7州ではトランプ氏の優位が確実だった。ところがバイデン氏が明らかな認知能力の衰えのために選挙戦から撤退して、ハリス氏が予備選での競争を経ないまま後継の候補となると、すぐにトランプ氏の支持率に追いつき、一部の調査、一部の州では優位に立つようになった。その差は「カミソリの刃」と評されるほどの僅差だったが、ハリス氏の勢いは顕著となった。
ハリス氏といえば、バイデン政権の副大統領時代は不人気の評判が定着していた。政策面でなんの実績も残さず、メキシコ国境を越えての不法入国者の奔流のような侵入に対して、バイデン政権の国境警備の最高責任者とされながらも、合計1000万をゆうに越える流入を許してきた。その結果、USAトゥデー紙の世論調査ではハリス副大統領の支持率は28%と、史上最低をも記録した。
だがその同じ人物が8月には45%以上と、跳びあがるように支持率を高めたのだ。
その理由は多々、指摘されるが、民主党支援の大手メディアがハリス氏を天まで昇れという勢いで賞賛し続けたことも明らかに大きかった。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビという日本でもおなじみの大手メディアである。
しかしアメリカ側の識者の一部にはこの世論調査自体の客観性や信頼性を疑う声もある。その疑問は過去2回の大統領選で世論調査がいずれも大きな誤断を示した事実にも由来する。
アメリカの世論調査機関では最大手で全米唯一、現職大統領の支持率調査を毎日、実施するラスムセン社のベテラン調査分析者のマーク・ミッチェル氏はここ7週間ほどのハリス候補の支持率の急上昇について語った。
「民主党支持のメディアが主宰する調査で回答者の選別の調整などによりハリス候補への支持が現実よりも多いバブルとなった形跡がある」
ちなみに最近のアメリカの世論調査は数十の個別の機関の出した支持率、不支持率を集めて平均値を出すリアル・クリアー・ポリティックス(RCP)の算出数字がよく引用される。だがその個別の機関の調査方法に偏りがある、という指摘は長年、絶えていないのだ。
この点、トランプ陣営で世論調査対策を担当するジム・マクロ―フリン氏となると党派性を露わにして辛辣に指摘する。
「副大統領として史上最低の支持率を記録したハリス氏が予備選も経ずに候補になったとたん、支持率を急上昇させたのは、民主党びいきのメディアの賞賛に加えて、多くの世論調査機関が民主党支持層の多い地域や人種層を調査対象として優先した結果だ」
バブルか否かは断じられないとしても、確かにニューヨーク・タイムズが9月9日に報じた全米の支持率調査ではトランプ候補48%、ハリス候補47%となった。それまでのハリス氏数ポイントの先行の逆転だった。ウィスコンシンなどの接戦7州でもトランプ候補がまた追い越した。さらに9月13日に公表されたラスムセン社の全米調査ではトランプ氏48%、ハリス氏46%という結果だった。
世論調査へのこの種の不信には実は党派性を越えた有力な根拠がある。過去2回の大統領選で調査全体が大きな錯誤を冒したからだ。2016年のトランプ対クリントンの戦いでは直前まで約50の世論調査がみなクリントン候補の数ポイントから10ポイント以上の優位を発表していた。ほぼ唯一、ラスムセン社だけが同率としていた。
2020年の選挙では民主党のバイデン候補がトランプ候補とは史上稀なほどの僅差で勝利した。だがほぼすべての世論調査はバイデン氏への有権者の支持がはるかに高いとして、同氏の圧勝の予測を打ち出していた。「巨大な青い波が全米を覆う」という予測だった。「青」は民主党のカラーである。議会選挙では下院が逆に共和党の赤い波に押し流され、民主党は少数派へと転落した。
この展開に対し民主党寄りの政治専門紙「ヒル」は「今回の選挙での最大の敗者は世論調査機関だ」と論評した。
同じ民主党寄りの総合雑誌「アトランティック」は「世論調査の大失態はアメリカ民主主義の危機だ」とまで批判した。そのうえでニューヨーク・タイムズ系、エコノミスト誌系などの世論調査結果を「最悪の錯誤」とまで断じていた。
最近のアメリカでの世論調査の方法は直接の電話、対面の質問、ネットでの交信などの混合だという。だがなお多い電話では保守系の人はメディア母体の調査機関の質問に応じる度合いがリベラル系の人にくらべると低いとされる。さらに共和党側では世論調査機関の多くは民主党傾斜の大手ディアと一体になったところが多く、調査対象の重点を最初から民主党支持層が多いことが明白な都市部におくなどの作為がある、とも批判する。
このあたりの調査機関の政治偏向は証明が難しい。だが、いま連日のように発表される各種の世論調査の数字が果たして現実を正確に伝えているのかどうか、疑問の余地を認識しておくことも必要だろう。なにしろ過去2回の大統領選挙では世論調査は明らかに大きなミスを冒したのだから、今回も同様の現象が起きないという保証もないのである。
トップ写真:トランプ候補とハリス候補のテレビ討論をモニターで移すバー(2024年9月10日アメリカ・ニューヨーク)出典:Robert Nickelsberg/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。