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.国際  投稿日:2024/8/23

カマラ・ハリス候補の光と影


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・ハリス副大統領が民主党の候補に指名され、トランプ前大統領との選挙戦が本格化。

・ハリス氏は党内で支持を集めているものの、過去の政治実績や政策の変転も。

・今後の選挙戦でにおいて、彼女の人気の高まりとともにこれらの課題がどのように影響するかが注目される。

 

 

 アメリカ大統領選挙では、8月19日から開かれた民主党全国大会でついにカマラ・ハリス副大統領の指名が決まった。これから11月5日の投票日に向けての70数日、共和党候補のドナルド・トランプ前大統領との決戦が始まるわけだ。

 

 しかし、シカゴでの民主党全国大会ではハリス候補支持の団結が示された。民主党として同候補をなんとかして大統領に選ぶという民主党層の覚悟が明示されたわけだ。その過程では、バラク・オバマ元大統領とミシェル氏が次々と登壇して熱弁をふるった。ともにトランプ候補のあり方を批判し、ハリス候補への投票を訴える演説だった。

 

 この結果、ハリス氏はトランプ氏と互角にまで迫った世論調査での支持を獲得し、さらにその数字を伸ばすだろう。これまでどの大統領選挙でも、党全国大会での盛り上がりは、その直後の世論調査にも影響するのが常だった。

 

 私もアメリカの大統領選挙での全国大会は1980年の民主党大会からその場に足を踏み入れて報道してきた体験がある。どの大会でも、これぞアメリカの民主主義のシンボルと実感するほど、大衆一般に開かれた、にぎやかで明るい政治集会だと感じてきた。各州から集まってきた数千人の代議員たちが一堂に会して、自分たちの政党を代表する大統領候補を選び出すのだ。しかも、一見してだれでもわかるほどオープンで、透明で、民主的な方法なのだ。まるでお祭りをも連想させる音楽入りの大セレモニーなのである。

 

 今回のシカゴでの民主党大会でも、カマラ・ハリス候補への賛辞が民主党の多彩なVIPたちから述べられた。そして各州の代表たちが誰を選ぶのかを個別に宣言して、ハリス氏の指名が確定するのだ。

 

 その過程ではハリス氏の政治家として、さらにはアメリカの黒人女性として、長所や実績がさんざんに賞賛された。彼女のこれまでの実績に輝く光が当てられた。

 

 しかし、ハリス氏のこれまでの政治軌跡には影の部分も少なくなかったことはこの時点で銘記しておくべきである。これからの本番の選挙戦ではその影の部分も必ず話題となっていくからだ。

 

 ハリス候補のいまの人気上昇には疑問もつきまとう。ハリス氏はバイデン政権下での副大統領としての人気はきわめて低かったのである。支持率28%、史上最低人気の副大統領とされ、民主党内でも批判が多かったのだ。そんなハリス氏がなぜ、ごく短期間で民主党層が団結して推す希望の星となったのか。

 

 簡単に推測できる理由は脱バイデン、反トランプによる民主党層の活力復活である。さらには民主党びいきの主要メディアの大キャンペーンの影響も大きいといえる。なにしろハリスを絶賛する記事が洪水のようにほとばしりでてきたのだ。

 

 「ハリスは喜びを生み、トランプ構想の陰気さと対照を描く」

 

 これはニューヨーク・タイムズ8月10日のニュース記事の見出しだった。本来なら客観的なスタンスであるべきニュース報道までが、こんな一方的なハリス礼賛となってしまったのだ。

 

 ハリス氏の政治家としての資質や政策についての疑問もまた山積みとなっている。同氏は民主党指名候補になって以降、記者会見やインタビューに再三の要望にもかかわらず応じていない。プロンプターに準備された草稿がないと意味不明の発言に走るという懸念からだとされる。

 

 しかしさらに心配されるのは、ハリス氏の政策の激しい変転である。不法入国者問題ではバイデン政権の最高責任者に任じられながら、当のメキシコ国境に長期間出かけなかった。その点を問われると、「私は欧州にも最近、行っていない」と、理屈にならない表現で反発し、不評を広げた。

 

 ハリス氏は上院議員時代から不法入国を取り締まる移民税関局(ICE)の行動が過剰だと非難し、入国者への寛容政策を主張してきた。バイデン政権下ではトランプ政権の「メキシコの壁」を廃し、記録破りの不法入国を許した。だがいまは政策を変え、取り締まり強化を主張する。

 

 ハリス氏はアメリカ国内での石油や天然ガス採掘のためのフラッキング(水圧破砕)の全面禁止をも主張してきた。だが今回は明確にその主張を逆転させたことを発表した。

 

 ハリス氏は上院で社会主義者を自認するバーニー・サンダーズ議員と歩調を合わせて、医療保険を全国民に広げる超リベラル法案を推進したが失敗し、いまは選別的な公的医療保険の現行制度を受け入れている。銃砲規制でもハリス氏は政府が民間の銃砲を強制的に買い入れるという大胆な法案を提起したが、やはり失敗している。

 

 ハリス氏は2020年の大統領選の民主党予備選に出た際にも、この種の政策主張の失敗や変転を批判され、早期に撤退した。それでもバイデン政権では大統領の少数民族の女性最優先の方針で副大統領に任じられたわけだ。

 

 こうしたハリス氏のフリップフロップ(頻繁な変転)と評される足跡からいまの同氏への人気を「不合理な高揚」(オバマ大統領の元首席補佐官デービッド・アクセルロッド氏)と特徴づける向きは民主党側にも存在する。ハリス候補の政治動向の光と影だともいえる。

 

トップ写真:民主党の指名を受けてから初めて主要政策演説をするカマラ・ハリス氏。(2024年8月16日 アメリカ・ノースカロライナ)

出典:Grant Baldwin/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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