トランプ氏暗殺未遂と民主党側の攻撃言語
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・民主党側のトランプ氏非難の言語が過激になったことへの批判が広まる。
・民主党側は、トランプ氏を「アメリカへの危険」、「ヒトラー」などと呼んでいる。
・ジョンソン下院議長は暗殺未遂事件と民主党側のトランプ氏反対の言辞との因果関係を議会として調査する意向を発表。
また、だ!(Again!)――アメリカでの再度のトランプ前大統領への暗殺未遂事件についてニューヨークの有力紙の一面にはこんな大見出しが躍った。わずか2ヵ月の間に2度も大統領候補を殺害しようとする犯罪が暴かれたのだ。「法の統治」を誇るはずの超大国でなぜこんな暴力が多発するのか。
この2度目の暗殺未遂ではその原因をめぐり、民主党側のトランプ氏非難の言語があまりに過激になったことへの批判的な議論が広まった。
「トランプはアメリカの敵」「トランプは消してしまえ」というような民主党側の言葉が政治的暴力につながるのではないか、という議論である。
フロリダ州ウェストパームビーチ市の警察当局は連邦捜査局(FBI)とともに、9月16日、同市内のゴルフ場「トランプ・インターナショナル・ゴルフ・クラブ」の至近の茂みでAK47ライフルを持って長時間、隠れていた男をトランプ前大統領の暗殺を図った疑いなどで逮捕した。
トランプ氏がこの日の朝、ゴルフを始めた場所から300-400㍍離れた地点で男の持つ銃の一端を目撃した大統領警護のシークレット・サービス要員が4発ほど銃撃をした。だが男はすぐに逃走し、近くに駐車してあった車を運転して、逃げた。だがまもなくこの車を不審に思い、追跡した地元女性の通報で当局は男を逮捕した。
写真)ラウス容疑者が潜んでいた現場を捜査するFBIの捜査官ら。2024年9月17日 フロリダ州ウェストパームビーチ
その後の調べて男はハワイ州在住の民主党支持者、犯罪歴のある58歳、ライアン・ラウス容疑者と判明した。この名前はアメリカ側のテレビなどでは、ラウスではなくルースと発音されている。日本では共同通信あたりの報道で一度、発音を決めると各種メディアが一斉にそれに従う慣習がある。現地の実際の発音から離れていることも多い。具体例では1981年に大統領になったロナルド・レーガン氏を日本のメディアではかなりの期間、「リーガン」と呼んでいた。だが後に訂正の形で「レーガン」に統一された。しかしここでは当面の日本メディアの例に従い、ラウスという発音を使っておこう。
ラウス容疑者は民主党支持者で自分の車にも「バイデン・ハリス」と表記したスティッカーを貼っていた。過去にはウクライナに入国して、ロシアの侵略に対抗するウクライナ軍への支援をアフガニスタン、イスラエルなど他の諸国から志願兵を集めて進める運動にもかかわっていた。
警察当局の発表によると、ラウス容疑者は自分のSNSなどで、「トランプはアメリカの敵」「民主主義の脅威」などというトランプ氏憎悪の書き込みを続けていた。この種の書き込みは今回の大統領選でトランプ氏を敵視する民主党のハリス・ウォルツ陣営が流すスローガンと一致していたという。
民主党側では7月上旬にバイデン大統領が大統領選挙での競合に関して「トランプ氏を標的の中心に据えるべきだ」と述べて、論議を呼んだ。標的(ブルズ・アイ)というのは射撃での的の中心を指し、この言葉自体が実際の狙撃を連想させたからだ。その後の7月13日にトランプ氏に対する最初の暗殺未遂事件が起きた。バイデン大統領はその直後に「私が標的という言葉を使ったのはまちがいだった」と述べ、その言明を撤回した。
民主党側はこの最初の暗殺未遂事件に対して、バイデン、ハリス正副大統領も非難の声明を出し、「アメリカでは一切の政治暴力を排する」と強調した。同時にトランプ氏に対する激しい糾弾や攻撃の言葉もやや軟化させ、政治暴力の温床となる憎悪や激怒を煽ることは避ける、とも言明していた。ところが民主党全体としては7月21日にバイデン大統領の選挙戦からの撤退が表明され、後継にハリス副大統領が決まると、トランプ氏攻撃の言葉をまた激烈にしていった。
民主党側ではハリス候補自身はトランプ氏に対する糾弾は「アメリカの敵」「民主主義への脅威」「独裁者」という範囲だった。しかしハリス陣営の他の活動家たちはもっと激しい言葉の攻撃を浴びせ、トランプ氏を「アメリカへの危険」「ヒトラー」などと呼びようになった。とくにニューヨーク州選出の民主党リベラル系のダニエル・ゴールドマン下院議員はトランプ氏に対して「消されなければならない」と公開の場で述べていたことが問題となった。同議員はトランプ氏への第二の暗殺未遂が発覚した後、この発言を取り消した。
また2016年の大統領選でトランプ氏と対決して敗れたヒラリー・クリントン元国務長官はトランプ氏への第二の暗殺未遂の直後、改めて「トランプはデマゴーグとしてアメリカにとって、そして世界にとっての危険だ」と断言して、波紋を広げた。「アメリカや世界にとっての危険」となれば、いかにもその除去が必要だと示唆していると受け止められたからだ。
民主党側のこういう状況に対してトランプ氏自身は第二の暗殺未遂事件の直後に「ハリス陣営の私に対する敵意や憎悪に満ちた宣伝がこの種の政治暴力の原因となっていることは否定できない」と述べ、批判を表明した。
一方、その後のFBIなどの捜査でラウス容疑者が最近はハリス候補支持を誇示して、反トランプ候補の激しい言辞を多様な手段で広げていたことが判明した。その結果、共和党側もマイク・ジョンソン下院議長が今回の暗殺未遂事件の背景と民主党側のトランプ氏への反対の言辞との因果関係を含めて、議会として調査する意向を発表した。なお同議長は同時にトランプ氏に対する警護の大幅強化をバイデン政権に要求した。
オープンで透明な大統領選挙で民主主義の模範ともされてきたアメリカの政治プロセスが民主的な選挙とそれを阻む政治的な暴力との衝突という露骨な矛盾により、醜い展開をもみせてきたといえるだろう。
トップ写真:トランプ氏暗殺未遂の容疑者が所持していたとみられるライフルなどの写真を掲げるパームビーチ郡保安官。 2024年9月15日 フロリダ州ウェストパームビーチ
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。