日中関係の再考 その7 中国の強大な軍事脅威
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日本は憲法9条によりそもそも対外関係においては軍事力を否定
・中国は核兵器の効用を崇高の軍事力として重視している。
・日中の軍事の現実は日本に巨大な脅威がさし迫っていることを示している。
日本と中国との関係でとくに重視せざるをえないのは軍事面での断層である。日中両国の相違を伝えるなかで、両国の軍事面での態勢の巨大な違いを指摘してきた。この違いは断層と呼べるほどのギャップである。それぞれの国が自国の存続や安全を考えるうえで軍事力をどう位置づけるか。この点の日本と中国の違いは天と地ほどなのだ。
日本はそもそも対外関係においては軍事力を否定するといえる。最大の理由は憲法9条だろう。戦争や戦力の保持を明文で禁止しているのだ。だがその禁止を支持してきた日本国民多数の意思があってこそである。憲法はそのうえに前文で日本国の安全保障は自国の防衛努力ではなく、他の諸国民の「公正と信義への信頼」による、と規定している。「平和こそが大切であり、戦争は絶対にいけない」という毎年8月に全国各地で唱えられる標語は現実の意味を考えても、軍事力の否定だといえる。
他方、中国は対外的な国家目標の追求では、軍事力の行使をためらわない。というよりも必要とあれば、軍事力を使うことを国家の当然の責務だともしている。中華人民共和国という国家の本質をみても、毛沢東主席の「政権は銃口から生まれる」という言葉は象徴的である。
中国の現在の習近平政権はとくに軍事力の効用を強調する。2049年までに自国を世界の主導パワーとすることこそ「中国の夢」であり、その主要手段には必ず強固な軍事力が欠かせない、という趣旨は習近平氏自身の言葉で再三、表明されている。
中国はとくに自国の核兵器の効用を崇高の軍事力として重視している。私自身の中国滞在の体験でも、建国50周年の北京での大式典では、人民解放軍の核兵器の開発を担った人々が改めて表彰され、感謝された。核兵器こそが今日の中国の隆盛の基盤だという認知の再確認だった。日本が官民で非核、反核を主張するのとは完全に正反対なのだ。
では日本が実際に中国から軍事攻撃を受けた場合、どうなるのか。尖閣諸島の事例が現実的である。日本側では長年、尖閣周辺海域での中国海軍との戦闘を想定した場合、局地的な戦いではわが自衛隊が優位にあるとされてきた。そのうえに日本側には同盟国のアメリカの海軍、空軍がついている。100%頼ることはできないにしても、米軍が日本を支援する可能性はきわめて高い。だから一定条件下の特定地域での戦闘の場合、確かに中国軍、恐れるにたらず、ともいえるだろう。
だがこの推定も近年では変わってきた。中国側の武装艦艇の性能が格段と高まったのだ。とくに尖閣周辺海域にふだん侵入してくる中国海警の背後に待機している人民解放軍海軍の艦艇の搭載ミサイルが日本の海上自衛隊の艦艇のミサイルよりもずっと射程距離が長く、命中精度も高くなったのだ。このあたりの中国海軍の戦闘能力の増強はアメリカ側の調査でも裏づけられ、公表されている。
中国の軍事力の詳細はやはりアメリカ側の情報が詳しい。その集大成はアメリカ国防総省が毎年、公表する「中国の軍事力報告」である。この報告が指摘する中国軍の最大特徴は多数多様のミサイルである。日中両国間の軍事関係でも、中国の日本に対する切り札となる兵器はやはりこのミサイルなのだ。具体的には中距離ミサイルである。
中国軍のこの中距離ミサイルは飛行距離1000キロから5500キロぐらいまで、弾道ミサイルと、巡航ミサイルの2種類がある。前述のアメリカ国防総省の報告によると、中国は射程1800キロの準中距離弾道ミサイルの主力DF21Cを90基ほど配備し、非核の弾頭を日本国内の要衝に撃ちこめる状態にある。もちろん核弾頭の装備も可能だという。
そのうえに準中距離とされる射程1500キロの巡航ミサイルDH10も総数400基も保有し、そのうちのかなりの基数が日本国内の目標に照準を合わせているとされる。
これらの弾道、巡航両ミサイルは台湾有事には日本国内の嘉手納、横田、三沢などの米空軍基地を攻撃する任務をも与えられている、ということである。
一方、日本側には中国に届くミサイルは現時点では一基もない。憲法の規定により他国の領土に届く武器兵器は保有できない、という基本を保ってきたからだ。その状態は岸田政権に入っての防衛3文書の採用で「反撃能力」の保有が認められて、変わりはした。この数年のうちに日本側も中国や北朝鮮という自国に明らかな軍事脅威を与えている相手国領土の攻撃兵器を破壊できるミサイル類を保持する、ということになったのだ。だが2024年の現時点ではまだ実際には保有していない。
しかし中国側に多数のミサイルが配備され、その照準が日本国内に合わされているといっても、実際にそれが発射されるわけではない。ただ最悪の事態には、中国側にはそれらを発射する能力があるということである。そんな発射をすれば、当然、日本の同盟相手のアメリカから同様のミサイル攻撃による報復を受けることになる。だからこそそんな攻撃はしないということになる。これが日米同盟による抑止の機能である。だが最悪の事態にアメリカが自国が攻撃を受けていなくても、日本のために中国との全面戦争を覚悟して、中国へのミサイル攻撃を断行するか。この点に疑問がつきまとうことも否定できない。
とくにいまのアメリカの対中軍事態勢には弱点がある。この中距離、準中距離のミサイルに限ってみると、この領域ではアメリカ側には同等レベルでの必要な抑止力がないのだ。日本周辺での同種の地上配備のミサイルは米軍側にはないのである。
アメリカは東西冷戦の末期に旧ソ連との間で中距離核戦力(INF)全廃条約を結び、地上配備の中距離ミサイルを全廃してしまったからだ。だからこの水準のミサイルは中国の独壇場なのだ。現状だと中国側はこの中距離ミサイルの威力を使い、日本側に効果的な脅しをかけ、譲歩を迫ることができるわけである。
軍事力を使わないで、政治目的のために利用する。これこそが軍事力の恐ろしさだといえる。アメリカ側の専門家や連邦議員の一部は日本自身が中距離ミサイルを配備することを抑止と均衡という戦略的見地から提案している。だが日本国内の政治状況を考えると、実現は難しくみえる。しかしアメリカ側にはこうした考え方もあるという事実は知っておくべきだろう。
以上のように日中関係の軍事の現実は日本側にとって、きわめて巨大な脅威がさし迫っていることを示しているのだ。
(その8につづく。その1、その2、その3、その4、その5、その6)
トップ写真:中華人民共和国建国70周年を祝うパレード。極超音速滑空ミサイル「DF-17(東風-17)」(2019年10月1日中国・北京)出典:Kevin Frayer/Getty Images