トランプ氏はなぜ勝ったのか ドーク教授の分析 その1 文化の戦いはなお続く
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・今回の米国大統領選挙でのトランプ氏勝利は、保守主義の長期的勝利とは言えない。
・米国の政治社会の動向を理解する上では、キリスト教徒数の減少という変化に注目する必要がある。
・現在、米国内では文化戦争の真っ只中である。
アメリカの大統領選挙でのドナルド・トランプ前大統領の勝利はなにを意味するのか。その結果、アメリカの内政はどう変わるのか。アメリカの対外政策はどう変化するのか。日本にとっての意味はなにか。こんな諸点をアメリカの政治学者でジョージタウン大学教授のケビン・ドーク氏に長時間のインタビューで見解を尋ねた。
日本の思想や政治をも専門領域とするドーク氏はシカゴ大学で政治・歴史の博士号を取得して、アメリカ、日本両国の大学数校で教鞭に立った後、2002年からワシントンのジョージタウン大学東アジア文化言語学部の教授となった。同学部の学部長をも歴任した。
ドーク教授は今回の大統領選の結果をアメリカの長い歴史でも特筆される重要な曲がり角と位置づけて、大局的な見地から詳しく語った。
以下そのドーク教授の見解を一問一答の形で紹介する。
▲写真 ケビン・ドーク教授 出典:Georgetown University
古森義久:「2024年のアメリカ大統領選挙は周知のように共和党のドナルド・トランプ氏の圧勝に終わりました。この結果はトランプというきわめてユニークな政治指導者の魅力やパワーの勝利というだけでなく、アメリカという国のあり方をめぐって、保守主義とリベラリズムの争いが展開れ、保守主義により多くのアメリカ国民の支持が集まったともいえそうですね」
ケビン・ドーク:「まず2024年のアメリカ大統領選挙についての意味を理解するための背景に関する私の考えを述べさせていただきます。ドナルト・トランプ氏が勝って、2025年1月にはホワイトハウスに戻ることになりました。すでに保守系の分析者たちはこの結果を民主党に対する決定的な勝利として祝い、アメリカの保守陣営にとっては長期の進出だと評価しています。私は彼らが正しいことを祈ります。
しかし、この展望は多くの政治的分析がそうであるように、浅薄すぎて、短期の視点であるかもしれません。
アメリカの人口動態の変化のより深い構造的な分析は、いまのアメリカが今後数十年にきわめて大きな、しかも好ましくない変化を体験することを示しています。今回の選挙の結果は、この変化の最悪の部分を少なくとも数年は先延ばしにできるという見通しへの希望を抱ける点が最善のことだといえます。
いま重要なポイントはトランプ氏が全米総得票でハリス氏の7300万票ほどに対して7700万票をも得たことです。この点はきわめて印象に残る出来事です。トランプ氏は共和党では20年前の二代目ジョージ・ブッシュ大統領以来、初の総得票の獲得者だということです。とはいえ、この総得票数の今回の差はわずか3.6%ほどです。アメリカは依然として分裂した国なのです」
古森:「なるほど。目前の共和党の勝利が決して保守主義の勝利と決めつけるわけにはいかない、ということですね。保守とリベラルの対立はなお続く。政治面での分裂も続いていく、ということですね。しかしその一方、ご指摘のとおり、トランプ氏の勝ちっぷりはみごとですね」
ドーク:「今回の選挙の結果はトランプ氏の独特の政治的技量と、ハリス氏の政治的な能力欠如、個人の魅力の無さの結果かもしれません。トランプ氏のこの技量は安倍晋三氏が野党の立場から政権を奪い返した際の技量に似ているという気もします。だから、トランプ氏が次の任期を終えた後の選挙では、共和党が民主党に勝つという可能性も確実ではないわけです。
重要な点は、アメリカ社会が変わり続けており、その変化の方向は同じ。つまりはキリスト教への敵対的な態度が増すという方向です。その理由は、キリスト教徒の数が恒常的に減り、少数派になるという方向への変化です。このキリスト教信者の数の減少こそ、アメリカ国家のより広い政治や社会の変化を理解するうえでカギとなります。日本側でも、日米関係の展望を理解するためにはこの点に注意を向けることが必要になります」
古森:「今回の結果はトランプ氏の魅力や手腕に加えて、民主党側のハリス候補の弱点も大きな要因になったということですね。確かにハリス氏の政策のフリップフロップと評された逆転反転、そして副大統領としてのあまりにお粗末な実績など顕著でした。しかし、トランプ氏の勝利が同時に保守主義の、少なくとも長期の勝利とはいえないという点、重要ですね。しかし、アメリカ国内のキリスト教信徒の減少が政治思潮の変化の指針となるご指摘は興味深いです」
ドーク:「さらに詳しい説明として、まず私はいまのアメリカが文化の戦争の真っただ中にあることをお伝えしたい。国家がその内部で文化面の戦いを展開しているという点では、ある意味での内戦とも呼べるでしょう。内戦というのは多くの種類の戦争のなかでも最も邪悪な戦いだともいえます。
文化戦争もその邪悪な特徴を持っています。容易な方法ではその戦いが終わらないのがその特徴です。領土をめぐる戦争のように地面に線を引き、停戦を実現させることはできません。朝鮮戦争が38度線で線を引き、戦闘を止めたという場合とは違うのです」
(その2につづく)
トップ写真:ドナルド・トランプ氏選挙の夜イベントにて(2024年11月6日ウェストパームビーチ)出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。