『日本は安全』という神話の崩壊

福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)
「福澤善文の考えるためのヒント」
【まとめ】
・来日観光客たちが一様に口にするのが、日本の安全性。
・しかし最近は、交番では対処できない新種の犯罪も増えている。
・個々が緊張感を持って行動することが必要である。
観光で日本を訪れた人たちが一様に口にするのが、日本の安全性だ。
犯罪は少ないし、女性が夜に独り歩きする。物を落としても、ほとんどの確率で届けられて戻される。地域ごとに交番があり、犯罪に目を光らせているのみならず、道に迷ったら、飛び込めば助けてくれる。道で痴呆高齢者がさまよっていれば保護してくれる。
因みに、その感覚で日本人が海外に出て警察官に接したら、全く違う対応で戸惑うこととなる。例えば、中南米のある国では、警察官に何かを尋ねると、お金を要求されたものだ。その点、日本の交番の警察官は地域住民の生活の安全を守ってくれている。
しかしながら最近は、交番では対処できない新種の犯罪も増えており、既に個々が自己防衛を真剣に考える時期に入っている。
1974年に東京の中心、大手町で三菱重工の本社が爆破されるというテロ事件、1995年にはオウム真理教によるサリン事件が起こった。近年では安倍元首相が路上で手製の銃で撃たれ、暗殺されるという事件があった。日本の大部分の人々にとっては、これらの事件は新聞やテレビでの話にしかすぎず、まさか自分たちの身近では起こらないだろうと思っている。
しかし最近では、深夜に一般の高齢者の住宅に押し入る窃盗事件や、日中、銀座の宝石店を襲撃する強盗事件など、身近でも起きそうな、今までは考えられない新種の事件が発生している。
1993年に筆者は勤務先の銀行のパナマ事務所に赴任した。当時はノリエガ将軍が米国の軍隊に捕らえられて米国へ移送され、国内は混乱のさなかにあった。
勤務先の安全基準ではパナマ、そして周辺のコロンビア、ベネズエラは危険地域に分類されていた。言い換えれば、本来日本人が居てはいけない危険地域に居住し、渡航禁止国へ頻繁に出張するのが職務だったのだ。
米国のセキュリティー会社のコンサルタントが事務所を訪れ、テロや誘拐の際に備えての訓練が1日がかりで行われた。家族も含めて日常生活、通勤経路、週末の外出先など細かい行動確認、テロリストに襲撃された際の対応についてアドバイスを受けた。
特に、自動車を運転している際に襲われた場合のサイドブレーキを使った180度ターン、高速でバックする、等の運転方法の指導を路上で受けた。パナマでは隣人が狙われて、路上に駐車中の車が爆破されたこともあった。別の宝石商の隣人は、ターゲットにされて搭乗していた航空機ごと爆破された。いつ何時、誘拐事件、盗難事件が起きるかもしれない状況下、常に用心して行動していたものだ。
海外から日本への人の流入がこのところ急増している。それに応じて、来日外国人犯罪の摘発数も2023年には5,735件と前年比+14.4%の増加だ。更に凶悪犯罪も増加している。殺人を犯したら、すぐに日本を出国するというヒットアンドアウェイ型の犯罪など、日本では小説の世界だった犯罪が頻発している。
日本では事故に遭遇する確率は、かつてよりはるかに高くなっている。既存の法律を現状に合わせて改正すれば、これらの発生を未然に防ぐことができるケースが多々ある。例えば、交通法規である。
母国で運転免許を持っている外国人の日本免許への切替が容易なことから、かなりの外国人観光客が日本の免許を取得しており、その数は2024年では6万6千人と10年で2.3倍となっている。住所確認はホテル名で、筆記試験は10問のうち7問以上正解であれば合格だそうだ。外国人が引き起こす交通事故件数が激増している。外国人が借りたレンタカーで死亡事故を起こした例や、首都高を時速265Kmで走行し、それを自ら中国のSNSにアップロードした動画がXに紹介されている。
日本の免許証への切替について、政府の公式な見解は「特に支障はない」とのこと。政府によれば、「外国で車を運転する能力を有することが確認されている。そして、運転に必要な知識に関する質問をし、実技をさせるなど運転に支障がないことを確認した上で試験の一部を免除している」とのことだ。日本人でさえ読みきれないことのある交通標識や掲示板の日本語を外国人が読めているとはとても思えない。法律が現実に追いついていないという、いい例である。これでは、おちおち道も歩けない。レンタカーを示す「わ」ナンバーには一層の注意を払い、自分の身を守らなければならない。
住宅街の一軒家に、何の前触れもなく、いきなり数人の人間が侵入して、住人に暴行を加え、盗みを行うというような住宅街の侵入窃盗事件は、2023年は17,469件と対前年比11.3%の増加だった。高い単価の農作物を狙った盗難事件は、2023年の発生件数は2,154件だった。最近では電線を切断して銅線ケーブルを盗み出す事件も起こっている。これらは、10年前にはあまり見られなかった犯罪だ。
今や、事件の大小を問わず、身近で何が起こってもおかしくない時代なのだ。その為には、緊張感を持って行動することが必要である。スマホを見ることだけに集中し、前を見ずに歩いている人を見るにつけ、そう感じる。
トップ写真)世田谷区小山台の住宅街の写真素材
出典)Photo by Carl Court/Getty Images
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この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師
1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。
過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。
