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.国際  投稿日:2025/8/25

「ロシア疑惑」の大逆転


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・「ロシア疑惑」は2016年米大統領選でトランプ陣営がロシアと共謀したとするものだったが、証拠は見つからず、モラー特別検察官の捜査でも立証されなかった。

・近年、新たに解禁された文書や議会調査により、この疑惑自体がオバマ政権や民主党側による政治的捏造だったとする主張が浮上している。

・その結果、米国メディアも「ロシア疑惑」から「ロシア偽作(hoax)」へと表現を切り替え始め、日本メディアの対応も問われている。

 

 アメリカのドナルド・トランプ政権が第一期目に糾弾された「ロシア疑惑」が実は民主党側、とくにオバマ政権による政治的意図からの捏造だったとする主張や証拠がいま噴出した。ワシントンの国政の場で第二期トランプ政権と議会によって大量に提示されるようになったのだ。

 

 「トランプ陣営がロシア政府と共謀して選挙の不正を働いた」とする10年前の追及が現在、完全に逆転した形なのだ。アメリカ、日本両方の主要メディアも当初の「ロシア疑惑」を事実扱いして、トランプ大統領を非難してきた向きが多く、そんなメディアにとっての「不都合な真実」が展開されそうな状況となった。

 

 「ロシア疑惑」とはいうまでもなく2016年のアメリカの大統領選挙でトランプ陣営がロシア政府と共謀しアメリカ有権者の投票を不正に操作したとする骨子だった。この疑惑は民主党勢力にアメリカの主要メディアの多くが連帯し、大規模、長期、かつ執拗をきわめた。第一期トランプ政権に対しては冒頭からイギリスの元スパイが作成した「スティール文書」によるトランプ氏自身とロシア政府との癒着を示す多数の指摘が公開された。CNNテレビがまず大々的に報道し、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストという年来の民主党支持の大手メディアが追随した。トランプ政権は激しく揺さぶられ、その存続さえが疑われるほどだった。

 

 ただしトランプ氏自身は当初からこの「疑惑」を自分に対する民主党側の政治的な「魔女狩り」だと否定した。ロシア政府との結びつきをすべて捏造だと排除した。10年後のいま、その否定や排除には実体のある証拠がある、という論議の展開となったのだ。

 

 しかし当初はアメリカ国政の場ではトランプ大統領への追及は激しく、民主党主体で「ロシア疑惑」を理由として大統領の辞任を求める弾劾案が二度も議会に提出された。さらに大統領の刑事責任を問う特別検察官が任命され、二年ほども捜査を続けた。さらに議会では下院に民主党のアダム・シフ議員らの主導でこの疑惑を徹底して追及するという特別調査委員会が設置された。この公聴会では毎週のようにトランプ氏の有罪をすでに前提とするような論議が展開された。しかもそのクロ断定に近い論議がCNNテレビやニューヨーク・タイムズによって詳細に報道された。日本の大手メディアも同様の基調でトランプ大統領の「犯罪性」を大きく報じていた。

 

 だが「犯罪性」を証する事実はなにも出てこなかった。ロバート・モラー特別検察官の厳しい捜査でも「共謀」の証拠はなにも出なかった。議会での弾劾案も2回とも否決された。トランプ氏自身は一貫してこの疑惑を民主党側の捏造だとする主張を続けていた。

 

 ところがそれから10年近く、この7月末から8月にかけてトランプ政権と議会共和党によるロシア疑惑逆転の動きがどっと表面に出た。その動きの骨子は「ロシア疑惑」には根拠がないどころか、実は民主党の当時のオバマ政権の中枢が同政権への攻撃としてその「疑惑」をでっちあげていた、というのだ。まさに逆転である。

 

 ただし2016年の「ロシア疑惑」の核心部分だった「トランプ陣営とロシア政府との共謀」の事実がなかったことは、まずモラー特別検察官の22ヵ月に及ぶ本格的捜査の結果、証明されていた。その「共謀」という指摘は事実でなかったことは連邦議会の下院本会議でも正式の決議として採択された。その決議は「共謀」説を事実かのように主張し続けた民主党のシフ下院議員に対して、「議会で虚偽の主張を述べ続けた」ことを罪として非難する問責処分だった。この処分が2023年6月に下院本会議で採択され、議会としても「ロシア疑惑」を虚偽と断じた結果となった。

 

 だが今回の展開はさらにその先へと走り、疑惑自体が当初から民主党側の捏造だったと指摘したのである。

 

 トランプ大統領自身は8月14日のホワイトハウスでの記者会見で以下のように述べた。

 

「最近、解禁された政府の一連の秘密文書によって(オバマ政権の)ジェームズ・クラッパー国家情報長官やジェームズ・コーミー連邦捜査局(FBI)長官たちの2016年の大統領選挙での不正の絶対的な罪が明白となった」

「クラッパーたちは『ロシア、ロシア、ロシア』という魔女狩りを私に対して仕掛け、私とその政権の評価を落とそうとした。これからは彼らは法の裁きを受けることとなる。一方、私の潔白はまた改めて一連の証拠により確認された」

 以上の大統領発言は第二期トランプ政権と議会での新たな調査や証拠の提出を根拠としていた。現トランプ政権のタルシ・ギャバード国家情報長官は大統領の言明に先立つ形で7月23日にホワイトハウスで特別記者会見を開き、「オバマ政権はトランプ氏とロシアを不当に結びつけ、トランプ政権への打撃を意図した」という趣旨の報告書を発表した。

 

ギャバ―ド長官は同報告書をまとめる形で以下を言明した。

「今回、新たに解禁された一連の情報機関の秘密文書により、オバマ大統領がトランプ氏の第一期の当選が決まった直後の2016年12月、トランプ政権の信用を失墜させるために情報機関の幹部に指示して、トランプ陣営とロシア政府が癒着していると断じる虚偽の評価を作らせた」

「そのために当時のクラッパー国家情報長官がマイク・ロジャーズ国家安全保障局(NSA)長官に対して、ロシアがアメリカの選挙に介入し、しかもトランプ陣営の勝利を求めていたという趣旨の報告を出すように促したが、ロジャーズ氏はその種の確かな証拠はない、と慎重論をとっていた記録が解禁された」

「オバマ大統領は当時の中央情報局(CIA)のジョン・ブレナン長官にもトランプ陣営とロシア政府が共謀していたという趣旨の報告を出すよう促した。ブレナン長官にはCIAの一線の実務担当者からその種の共謀の事実はみつからないという報告が出ていた」

 

 以上を述べたギャバード長官は「こうした記録類はオバマ元大統領に国家反逆罪的な嫌疑をもかけることになった」とまで発言した。

 

 こうした流れのなかでトランプ政権のパム・ボンディ司法長官は8月4日、オバマ政権の高官らの機密情報の歪曲や捏造の疑いに対して司法当局に正規の刑事事件捜査の開始を命令したことをを明らかにした。検察当局が独自の捜査を進めるか、あるいは民間人を陪審員に任命して大陪審を設けての捜査になるか、はまだ不明だが、捜査の開始は確実となった。

 

 なお余談ではあるが、ここまでに登場したトランプ政権の国家情報局長官、司法長官はいずれも女性である。現政権には他に大統領首席補佐官、教育長官、農務長官、国土安全保障長官など主要閣僚級に女性が多数、任命されていることは日本側では意外と伝えられていない。

 

 さて、ロシア疑惑の虚構へのこうした追及の動きはトランプ政権とともに連邦議会でも新たな展開があった。上院の現在の司法委員会のチャック・グラスリー委員長(共和党)が「ロシア疑惑ではアメリカ政府の情報機関員がロシア政府のアメリカ大統領選挙への介入はないと報告していたが、オバマ政権の高官の政治意思でその報告を曲げてしまった」という趣旨の秘密報告が今回、解禁されたことを明らかにした。この高官とはオバマ政権のブレナン中央情報局長官、クラッパー国家情報長官、コーミー連邦捜査局長官だと明記していた。

 

 議会の下院でも情報委員会がデビン・ヌネス委員長(共和党)の下で2018年に「アメリカ政府情報機関はロシアとトランプ陣営の結びつきの証拠はないと断定していた」という趣旨の報告書を作成していたことがこの8月上旬に明るみに出た。同報告書は7年も秘密扱いされていたが、今回、解禁されたというのだ。

 

 トランプ政権のこの動きに対しブレナン氏ら側は情報の歪曲や捏造については否認している。ただし当初の「ロシア疑惑」の最大材料とされた「スティール文書」については信頼性はないと認めた。民主党側の連邦議会の議員の多くはトランプ政権の現在の民主党側糾弾に対して「トランプ大統領による政治的な報復だ」として不正を認めてはいない。だが、この疑惑の逆転の真相は司法や議会という公的な舞台で追及されていくことは確実となった。

 

 「ロシア疑惑」では民主党傾斜のニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが2018年に事実とみなす主旨の報道でピューリッツア賞を受賞した。トランプ大統領はその授賞の撤回を求めたが、アメリカの他の大手メディアでもその撤回に同調する主張も出始めた。一例としてはウォールストリート・ジャーナルは8月16日付のコラム記事でニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの両紙の名前をあげて、「間違いを正すべきだ」と主張した。独立の有力ジャーナリストのマット・タイービ氏も両紙のピューリッツア賞の返上を強く呼びかけている。

 

こうした展開にアメリカのメディアの多くも従来の「ロシア疑惑」という表現を撤回し、「ロシア偽作(hoax)」という用語に替え始めた。さあ日本の大手メディアはどうするのか。

 

トップ写真:ブレイディ記者会見室で、ホワイトハウス国家情報長官のトゥルシー・ギャバードが2017年に下院情報常設委員会が発表した報告書を公開 2025年7月23日 ワシントン DC ・アメリカ

出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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