米中「ケンカ」一時休戦 追加関税引き下げの裏側

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#19 2025年5月12-18日
宮家邦彦
(立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表)

【まとめ】
・米中は5月12日、追加関税の相互115%引き下げで合意。
・高関税政策は米中間の政治的「ケンカ」の一局面。
・米中交渉は両国の特性から長引く傾向にある。
今週は注目の米中貿易協議の「あっけない(?)結果」公表で始まった。両国は12日、ジュネーブで行われた貿易協議の後、追加関税を90日間、相互に115%引き下げる共同声明を発表した。米国の対中関税率は145%から30%に、中国は対米関税率を125%から10%に引き下げる。やはりマーケットには勝てなかったのだろう。
翌日の日経平均株価の終値は、関税戦争が一時休戦となった安心感からか、約2カ月半ぶりの高値になったという。しかし、朝日新聞は早速「『いったい何だったのか』とむなしさを感じる」…トランプは「自ら仕掛けたチキンレースで、自らブレーキを踏んだ」ことになるが、「株価は戻っても、信用は簡単には戻らない」などと解説していた。
ふーーん、でも、そうなのかなあ。期間限定の関税率下げ?そんなこと初めから、ある程度「予想できたこと」ではないのかね?というのが筆者の率直な感想だ。関税の専門家でもないし、知ったかぶりする気など毛頭ない。あくまで仮説に過ぎないのだが、3月下旬から4月にかけて、筆者は本コラムで概要次の通り書いてきた。
- 専門家ではないが、トランプ関税について一言。筆者が思うのは、「経済政策の失敗はマーケットが正す」ということである
- 他方、今回のトランプ政権の「高関税」は単なる交渉手段ではなく、(間違ってはいるものの)基本的政策変更の一環である
- されば、トランプ政権の高関税政策を経済学的に説明する意味はほとんどない
- 米国への製造業の回帰は、失業対策以上に、国家安全保障上必要であり、対中競争が長期化するなら、米の武器弾薬製造補充能力回復が不可欠である…
要するに、高関税政策は、国際的な「信用」とは次元の異なる、米中間の政治的「ケンカ」の一局面である。勿論、朝日の解説通り、これは米側が「仕掛けた関税戦争だったが、米経済への悪影響が明らかになり、米側が折れざるを得なかった」のは事実だが、そこは中国も同様だろう。両国は市場の拒否反応に直面し譲歩を決めたのだ。
されば「関税戦争の序盤でつまずいた米国が威信を失った一方、『勝利』との見方も広がる中国は自信を深めそうだ」などと分析するのは単純すぎるだろう。この問題を考えるには、少なくともクリントン政権以降の米国の対中貿易政策の歴史を振り返る必要がある。トランプ政権だけに特別なことなど、実はあまりないと思うからだ。
今週のJapanTimesには「米国は対中貿易戦争に勝てない」と題するコラムを書こうと思っている。まだ書き始めてもいないが、思い付くことから書いてみよう。
- 本問題の本質は経済・貿易ではなく、米中の覇権争いなので、経済学的に、または市場の原理だけで、この問題を分析・予想することは危険である
- 対米貿易問題における中国の戦い方は過去30年間一貫しており、これまでブレることはなかったので、今回もトランプ政権が貿易戦争に勝利することはまずない
- そもそも、クリントン政権以来、対中貿易交渉で米側交渉者が成功した試しはなく、交渉はほぼ常に失敗の連続だった
- その最大の理由は、米国が「政経一体」で戦おうとするのに対し、中国は「政経分離」で応戦してきたからだ
- 中国側は共産党の「指導」を揺るがすような内容の合意を常に拒否してきており、国内の政治システムに関わる問題では一切譲歩できない
- 従って、米中合意は常に「一時的」「限定的」「表面的」なものでしかなく、これまでも中国が「譲歩」したのは「米産品購入増大」と「協議メカニズム作り」ばかりだった
- また、中国側は交渉内容の詳細が公表されることや首脳同士の直接交渉で一気に(トップダウンで)合意する手法を極度に嫌う
- 更に、中国側実務レベルには実質的決定権がないので、交渉は常に長期化し、そのうちに数年が経って、米側は新たな選挙サイクルに突入し、交渉は未決となる…
さて今週はもう一点、気になることがある。インド、パキスタン双方が領有権を主張するカシミール地方で4月22日に発生したテロ事件に対し、インドは5月7日、パキスタン側イスラム過激派組織拠点をミサイルなどで報復攻撃し、核保有国同士の大規模な軍事衝突への懸念が高まっている、などと報じられたからだ。
先週本コラムでは「今回のインド側攻撃でパキスタンは報復するか、また、それに対しインド側が自制するのか」と書いたのだが、やはり両国とも自制を選び4日後に停戦合意を発表した。大方の評価は「米国の仲介が功を奏した」だろうが、それはそれで間違っていない。恐らく露中が仲介しても停戦は実現しないだろう。
しかし、よーく考えてみれば、今インドとパキスタンが大戦争をしても、だれも裨益も支援もしないし、実際に、両国とも長期戦など戦う気は元々ないだろう。双方とも失うものは山ほどあるが、得るものが殆どないからだ。そうした現実的な理由による自制メカニズムが働いたのが、実は今回の停戦合意の最大の理由だったのでは…
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
5月13日 火曜日 ギリシャ首相訪独、ドイツ首相と会談
ブラジル大統領、訪中終了
5月15日 木曜日 EU貿易担当大臣会合(ブラッセル)
APEC貿易大臣会合(ソウル、2日間)
5月17日 土曜日 イラク、アラブ連盟会合を主宰
5月18日 日曜日 ポーランド大統領選挙
ポルトガル、議会選挙
ルーマニア、やり直し大統領選挙の決選投票
最後にガザ・中東情勢について一言。今トランプ氏はサウジアラビアで「大歓迎」を受けているが、肝心の核開発疑惑をめぐる米イラン協議に進展はなかったようだ。報道によれば、米イラン高官は5月11日、オマーンで4回目の協議を行ったが、「双方は『技術的な要素』について議論し、交渉を前進させることで合意した」という。
要するに大きな進展はなかったということ。協議終了後、イラン外務省報道官はSNSに「困難だったが、互いの立場を理解し、相違点の解決に向けて合理的かつ現実的な道筋を見つけるうえで有益だった」と投稿したそうだが、結果自体は驚かない。むしろ今は、協議が「続いている」こと自体を歓迎すべきなのかもしれない。
協議が終わってしまえば、あとは「対イラン攻撃」ぐらいしか選択肢がなくなるかもしれないからだ。が、そうは言っても、こんな協議、永久には続けられない。イラン問題に限らず、ガザ、パレスチナ、イスラエル、油価など、巨額投資問題以外でトランプ氏がサウジ皇太子と何を話したかに大きな関心はあるが、その機微な内容が外に漏れ出る可能性は低いだろう。この間も、ガザでは悲劇が続いているというのに…
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
写真)4月10日、ホワイトハウスでの閣議で演説を行うトランプ大統領(アメリカ、ワシントン)
出典)Anna Moneymaker /Getty Images North America




























