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.経済  投稿日:2025/7/7

日銀はインフレ目標2%をほぼ達成したが、国民は苦しむだけか


福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)

出典)Yuriko Nakao/Getty Images

【まとめ】

・与野党とも、参院選の公約は「ばら撒き」一辺倒

・日銀は、目標とした消費者物価の対前年比上昇率2%をほぼ達成

・今後政府に期待されるは、賃金上昇と物資不足対策

 

世の中は参議院選挙運動たけなわで、普段は姿を見せもしない政治家、立候補者がマイク片手にこの時とばかり、実行できるかどうか首を傾げざるを得ない公約を、町をゆく人たちに叫んでいる。当選後は公約を実行する必要はないと思っている政治家も多く、政治家の公約は信用できない。与野党が明確に対立している点は与党の「全国民に一律2万円、さらに住民税非課税世帯や子ども1人につき追加2万円の上乗せ」、そして、それに対する野党の「消費税減税」だ。いずれも困っている人達への対応に見えるが、今本当に困っているのは食料品の値上げで困窮している消費者だ。救済策は消費を助けること以外無いのに、いったい給付の何パーセントが消費に向かうかのだろうか。与党案の一律給付は本当に困った人を助けるのではなく、「ばらまき」以外の何物でもないように見える。

2025年5月の消費者物価指数が発表された。2020年を基準として、総合指数は111.8、生鮮食品及びエネルギーを除くコア指数、いわゆるコアインフレ率は110.0だった。5年間で総合指数は+11.8、コア指数は+10増加した。それぞれの年平均上昇率(CAGR)を計算すると総合指数は2.256%、コアインフレ率は1.925%となる。従って、日銀が2013年1月に「物価安定目標」として掲げた消費者物価の対前年比上昇率2%をほぼ達成したことになる。現在進行中の物価上昇、特に食品の価格上昇で国民の生活は益々苦しくなっている。「インフレ目標2%」公約をほぼ達成している日銀に対し、政府はこの12年の間に国民の生活の質向上のために一体何をしたのか、そして、インフレ目標2%達成後に備えて、どんな対策を練っていたのだろうか。手取り賃金はなかなか上がらず、インフレ2%の状況下、国民生活をどう守ろうとしたのだろうか。その結果が、政府の税収大幅増、米不足、そして参議院選挙直前での「ばらまき給付」発表では、国民は到底納得できないだろう。

 

選挙キャンペーンで首相は今更のように、物価上昇を上回る企業の賃金の上昇を唱えている。民間企業の賃金を上げるのは政府ではなく、企業自身だ。政府が上げられる訳ではない。政府が賃金を上げるべきは、民間ではどうすることもできない人たちの賃金だ。例えば、今後益々多くの人たちがお世話になるはずの介護分野で働く人たちの賃金。介護職の人たちの賃金は重労働の割には非常に低く、この物価高の中、生活も大変だ。そのため人材もあまり集まらない。例えば東京都内の介護施設では職員の定着率は極めて低く、施設長、介護士、料理人など少ない人材プールの中での取り合いが起きている。ネットで求人広告を見ると人材不足は一目瞭然だ。政府が推進してきた在宅介護も人不足であるのに対し、需要は急増しておりパンク状態だ。しかも介護離職も増えた。介護に携わっている人の賃金レベルを上げて働く意欲を持てる魅力的な職場にし、人材を集めるしくみを作り、その人たちに任せれば老後は安泰という社会を作るのが政府のすべきことではないのか?しかしながら、選挙時のプロパガンダとは裏腹に、政府が改善に向けて動く気配は感じられない。

他方で民意を汲んで歯止めをかけてほしい、或いはストップしてほしいが、それがなされないために歪んだ結果に及んだ例が、物資不足だ。今回の米不足もしかり。2008年の春ごろから起きたバター不足も記憶に新しい。当時、バターの価格が急騰し、多くのスーパーの棚から消えた。その時、バターの価格を決定する農水省の天下り団体の「農畜産業振興機構」の存在が大きくクローズアップされた。民間による自由市場での取引であれば、このバター不足は起きなかっただろうというのが専門家の意見だ。農畜産業振興機構とバター利権については「日本は世界5位の農業国」(浅川芳裕著、講談社+α文庫)に書かれている。今回は米不足だ。米の供給については、JAが深く絡んでいるのは周知の事実だ。同じく農水省の天下り機関でもあるJAについて、組織の杜撰さについては、「対馬の海に沈む」(窪田新之助著、講談社)が参考になる。今回の米不足を起こした原因の一つとして、このJAの存在がある。農林水産関連に限らず、このような政府の関係団体が絡んだ結果、取引が歪められるケースが未だに多い

日銀がインフレ目標2%を掲げてから、政府は日銀目標達成の際の物価上昇に際し、国民が物価高に苦しむ姿を想定して、どんな対策を考え、実行してきたか。そのほかも含めて、政府が行ってきた政策について検証し、国民に分かりやすく説明しないと国民は益々、政治不信に陥ってしまう。これこそ投票率の低下を招く一因なのではなかろうか。                       

 

 

 




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