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スポーツ  投稿日:2025/8/5

大谷翔平が77時間で他を圧倒、TV視聴データが語る日本のスポーツ界3つの潮流


松永裕司(Forbes Official Columnist)

 

【まとめ】

・テレビ視聴データから、日本のスポーツ界の3つの潮流を分析。

・大谷翔平が「個の時代」の絶対的王者であると指摘。

・伝統スポーツの強みと日本代表の求心力、国内リーグの課題を考察。

 

 半年ほど前、ニューヨークから旧友が来日した。都内下町で待ち合わせ、できるだけ日本らしい店がよかろうと居酒屋に入り席につくなり「日本のテレビは大谷しかオンエアしないのか」と開口一番。

 彼の感想を裏付けるかのようなデータが7月、TVのメタデータを提供する株式会社エム・データから発表された。「2025年上半期TVニュース・ランキング」が、それだ。25年1月1日から6月30日、月曜から土曜朝10時までにオンエアされたニュース・ワイドショーの話題をさらっている。これによると1位がドナルド・トランプ政権の関税をめぐる衝撃で96時間12分46秒、2位はコメ価格高騰で81時間51分47秒、3位がMLBロサンゼルス・ドジャース大谷翔平の77時間26分19秒となった。日本時間で朝の10時ということは、まだドジャースの試合が終わっていない状況も多いだろう。また開幕が3月下旬であった点を振り返ると、3か月余りの期間でいかに大谷がニュースで取り上げられているか明らかだ。

ランキングをスポーツに絞ると、大谷というコンテンツの最強度合いがさらに明らかになる。スポーツのみを抽出すると2位は、あの国民的英雄「ミスター・プロ野球」長嶋茂雄さんの訃報「巨人 長嶋茂雄終身名誉監督、死去」となるが、これがわずか80時間40分40秒に過ぎない。実に9倍近い圧倒的な差をつけた大谷のこの数値は、もはや異常値とさえ言える。

これを読み解くと、現在の日本のスポーツ界を貫く、大きく分けて3つの潮流が見えてくる。一つ目は突出した「個」が全てを支配するヒーローコンテンツの時代、二つ目は伝統と世代交代が交錯する「国技」の現在地、三つ目は「日本代表」という求心力と国内リーグが抱える構造的課題となる。ここでは、このランキングを基に3つの潮流を分析、日本のスポーツビジネスが持つ可能性と未来への針路を探りたい。

 

図)2025年上半期TVニュースランキング(スポーツ)

出典)M Data公表資料より

 

「個の時代」の絶対的王者、大谷翔平というメディア現象

今回のランキングが何よりも雄弁に物語っているのは、現代のスポーツコンテンツが「個」の物語に強く牽引されているという事実だ。その象徴が、77時間という圧倒的な話題時間を記録した大谷翔平となる。MLBを持ってしても彼は「ユニコーン」と形容されるが、それは日本において彼のコンテンツ力をも表現している 。

この突出した数値は、大谷が「人気選手」のカテゴリーを遥かに超越した存在であることを示す。彼は一人のアスリートでありながら、自身が巨大なメディアコンテンツとなっている。

第一に「誰も見たことのない物語」。投打の二刀流という前代未聞の挑戦を、野球の世界最高峰であるメジャーリーグで、歴史を塗り替えるレベルで実践し続ける。そのキャリアの舞台が、名門ロサンゼルス・ドジャースに移ったことで、物語はさらに劇的な展開を迎えた 。スポーツにおいて4位にランクインした「MLB佐々木朗希 ドジャースに移籍」(4時間57分29秒) も、結果的に「大谷と同じチームでプレーするのか」という文脈で語られ、ドジャースという物語の引力を増幅させる一助となった。

第二に「本筋を補強する周辺のドラマ性」。6位に「水原一平被告 禁錮4年9か月の判決」(3時間48分50秒) がランクインしている点は示唆に富む。このネガティブなニュースでさえ、彼の人間性や逆境に立ち向かう姿に世間の注目を集め、結果として「大谷翔平」というコンテンツから人々の関心を離れさせない要因の一つとして機能した側面は否定できない。

第三に「グローバルな舞台での活躍」という普遍的な魅力だ。7位「八村塁 NBAで活躍」(3時間15分39秒) 、11位「MLBカブス 鈴木誠也」(2時間24分53秒) 、14位「河村勇輝 NBA下部リーグで活躍」(1時間58分08秒) など、海外のトップリーグで挑戦する選手たちが上位に名を連ねていることからも明らかなように、日本のファンは国内の活躍に留まらず、世界最高峰の舞台で日本人が奮闘する姿に強く心を揺さぶられる。大谷は、その最高到達点として、他の追随を許さない存在感を放っている。

この「大谷現象」は、現代のスポーツビジネスにおける一つの到達点を示している。チームやリーグといった「組織」の魅力もさることながら、消費者の可処分時間を奪い合う現代において、最も強く、深く、そして長く人々の心を掴むのは、傑出した「個」が紡ぐ英雄の物語なのである。メディアやブランドにとって、この絶対的なヒーローコンテンツにどう関わるか、そして次なるヒーローをいかに発掘・育成し、その物語を社会に提示していくかという視点が、今後重要になるだろう。

 

■ 伝統と世代交代が交錯する『国技』の現在地

次に注目すべきは、大相撲とプロ野球という、日本の「伝統的スポーツ」が持つ根強い話題性である。これらの競技は、ランキング内に複数のトピックを送り込んでおり、その内容は「伝統の継承」と「新しい時代の到来」という、二つの側面が交錯する現代日本の姿を映し出している。

まず、日本球界の話題からだ。2位の「巨人 長嶋茂雄終身名誉監督、死去」(8時間40分40秒) は、今回のランキングで大谷に次ぐ大きなトピックとなった。長嶋さんが単なる一球団の監督ではなく、戦後日本の高度経済成長期を象徴する国民的ヒーローであり、その存在が世代を超えた共通言語であったことの証左だ。彼の死は、リアルタイムでその活躍を知らない若い世代にも「昭和という時代の終焉」を意識させ、メディアもこぞってその功績を振り返った。一方で、8位には「イチロー 日米でダブル野球殿堂入り」(3時間08分57秒) 、15位には「田中将大 巨人に移籍」(1時間42分40秒) がランクイン、長嶋さんが築いたプロ野球の歴史が、イチローさんや田中といった次世代のスーパースターたちによって受け継がれている傾向を示している。12位の「選抜高校野球」(2時間07分43秒) も含め、野球というスポーツが持つ歴史の重みと物語の連続性が、今なお強いコンテンツパワーの源泉となっている。このデータに7月が含まれれば、イチローさんの殿堂入りスピーチも加算されたことだろう。

大相撲もまた、同様の構造を見せている。3位「大の里 史上最速で横綱昇進」(6時間10分41秒) 、9位「豊昇龍 初場所優勝&横綱に昇進」(3時間00分13秒) は、まさに新しい時代の幕開けを告げる明るいニュースだ。「史上最速」という記録的な快挙は、オールドファンだけでなく、新しいヒーローを求める若い層の関心をも惹きつけた。その一方で、17位には「元横綱 白鵬、日本相撲協会を退職」(1時間39分01秒) という、平成の大横綱の完全なる引退という一つの時代の終わりを象徴する話題が入っている。

これらのデータが示すのは、伝統的なスポーツがその魅力を維持し続けるための重要な示唆である。それは、過去の偉大なレガシーを尊重し、語り継ぐと同時に、「世代交代」という最もドラマチックな物語を社会に提示することの重要性だ。偉大な歴史と、それを塗り替えようとする新しい才能の挑戦。この二つが交錯する時、伝統スポーツは時代を超えた普遍的な魅力を放ち、幅広い世代のエンゲージメントを獲得するのである。

 

■ 「日本代表」の求心力、スポーツビジネスの構造的課題とその未来

ランキングの3つ目の潮流として見えてくるのは、団体競技における「日本代表」コンテンツの圧倒的な強さと、その裏側で国内リーグが抱える構造的な課題である。

5位「森保ジャパン 史上最速でW杯出場決定」(4時間00分59秒) 、10位「世界卓球 日本代表は男女ともメダル獲得」(2時間33分23秒) 、19位「バレーボールNリーグ 男子日本代表が出場」(1時間23分58秒) など、団体競技の話題は「日本代表」というキーワードと強く結びついている。「国を背負って世界と戦う」というシンプルで力強い物語が、普段その競技に特別関心のないライト層まで巻き込む、強力な求心力を持つことの表れだ。オリンピックやワールドカップといった国際大会が、国民的な一大イベントとなるのはこのためだ。

しかし、その一方で、国内リーグ単体の話題に目を向けると、トップ20にランクインしたのは13位の「バスケBリーグ 宇都宮が3度目の優勝」(1時間58分31秒) のみ。サッカー、バレーボールといった人気競技でさえ、国内リーグの優勝争いや日常的な試合が、代表戦ほどの大きな話題となっていない現状が浮き彫りになる。これは、多くの団体競技において、ファンの関心が数年に一度の「ハレ」の舞台である代表戦に集中し、シーズンを通じて行われる「ケ」の日常である国内リーグへの関心喚起が、依然として大きな課題であることを示唆する。

この構造は、かねてから叫ばれているが、各競技団体の持続的な成長にとって、深刻な問題をはらんでいる。代表人気を一過性の熱狂で終わらせず、いかにして国内リーグの観客動員や放映権料収入といった、安定した収益基盤に繋げていくか。そのための動線設計は近年、日本スポーツ界の課題となって久しい。14位の河村勇輝のようなスターが海外挑戦で得た注目を、彼が過去にプレーしたBリーグの価値向上にどう還元していくか。あるいは、5位の森保ジャパンの快進撃を、Jリーグのスタジアムにファンを呼び込む起爆剤にできるか。「代表」という最強のキラーコンテンツを入り口に、ファンをリーグやクラブの「沼」へと引き込む、緻密で戦略的なマーケティングが不可欠ではある。だが、未だその糸口を掴むことができない大きな問題は据え置きのままだ。

このTVニュース・ランキングは、スポーツ界が持つ多様な魅力と同時に、日本が抱える構造的な課題を鮮やかに映し出した。圧倒的な存在感を放つ「個」のヒーロー、大谷翔平。伝統と世代交代のドラマを武器に存在感を示す野球と相撲。そして、「日本代表」という強い磁力を持ちながらも、そのエネルギーを国内に還流させ切れていない団体競技。

これらの潮流は、決して独立しているわけではない。互いに影響し合いながら、日本のスポーツコンテンツ市場全体を形成している。今後のスポーツビジネスの成功は、これらの潮流を深く読み解き、自らが持つコンテンツやブランドの価値を、どの文脈に位置づけ、どのストーリーに乗せ、どのターゲットに届けるかという、極めて戦略的な視点が必要となっている。

「データ活用」と叫ばれるようになって久しいが、日本スポーツ界はデータの眺め方が苦手としていいだろう。表層だけを舐め一喜一憂するのではなく、その裏側にどんなストーリーが隠されているのか、想像力を働かす必要がある。公開されているTVデータからも、これだけの考察が可能。データが示す羅針盤を生かすも殺すも受け手の洞察力による。

 

写真)シンシナティ・レッズ戦で投球する大谷翔平選手 2025年7月30日オハイオ州シンシナティ

出典) Andy Lyons/Getty Images

 




この記事を書いた人
松永裕司Forbes Official Columnist

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 「あらたにす」担当/東京マラソン事務局初代広報ディレクター/「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。


出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。1990年代をニューヨークで、2000年代初頭までアトランタで過ごし帰国。

松永裕司

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