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.政治  投稿日:2025/8/5

虚偽報道問題から考える記者クラブの存在意義


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

 

【まとめ】

・記者クラブ制度は取材機会を独占し、国民の知る権利を侵害している。

・誤報や捏造、癒着が常態化しており、報道の信頼性低下を招いている。

・新聞の軽減税率など特権を廃止し、公正な報道環境を整備すべき。

 

記者クラブの特権をはく奪せよ。

 特権意識をかざして国民の知る権利を奪っている記者クラブは解体すべきだ。また新聞に適応されている特別優遇の8パーセントの低減税率は10パーセントにすべきだ。

7月23日、毎日新聞、読売新聞は石破茂首相に確認もせず、本人が辞意を表明したという「虚偽」の報道を行った。毎日新聞はネット記事で『石破首相、退陣へ』と題し「石破首相は23日、自民党が8月にまとめる参院選の総括を踏まえ、同月までに退陣を表明する意向を固め、周辺に伝えた。」と報じた。読売新聞も、『石破首相退陣へ』の号外を発行し、

「石破首相(自民党総裁)は23日、参院選で自民、公明両党の与党が大敗した責任を取って退陣する意向を固めた。」と報じた。

そして日経など他の新聞も「首相の辞任は不可避」との論調の記事を連発した。

その後石破首相は同日午後2時から自民党本部で麻生太郎、岸田文雄、菅義偉の3首相経験者と1時間以上にわたって会談し、その終了後のマスコミ各社への対応で、「私の出処進退については一切話に出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」と、退陣の意向を固めたことも、それを周辺に伝えたこともないと明確に否定した。

特に悪質なのは読売新聞である。25日の読売社説は、「参院選で惨敗後、いったんは続投する考えを示していた石破首相が、退陣する意向を固めた。」と述べている。

これは誤報ではなく組織的な捏造である。誤報というのは何らかの意味を取り違えたりして、間違った記事を出してしまったことである。組織として何らかの明確な目的と意図があって確信犯的に行ったということだ。報道機関に許される所業ではない。このようなことが起こる原因には、記者クラブメディアが、自分たちが特権階級で何を書いても許されるべきだという歪んだ選民意識をもっているからだろう。

 官公庁の記者会見や各種レクチャーなど取材機会は記者クラブと当局が結託して囲い込んでおり、非会員メディアやフリーランスは排除されている。このため取材がブラックボックス化して外部から見えなくなっている。この密室で当局と記者クラブが癒着している。記者クラブはマンションの管理組合や町内会と同じ、民間の一任意団体に過ぎない。その任意団体が取材機会を独占して他社を排除しているのは世界的に見て異常と言わざるを得ない。

 記者クラブは例えば大臣会見で大臣が困るような鋭い質問はしない。それどころか会見に先立って質問を提出し、それに官僚が回答文をつくり、大臣は会見でそれを読み上げるだけという「小芝居」が横行している。言うまでもないが大臣会見は本来大臣が自分の言葉で答弁するものだ。これは記者会見ではない茶番だ。

 また防衛省でもあったが、記者クラブが取材対象である内局や幕僚監部の広報にビール券を配っていた。防衛記者クラブの予算書類にはビール券が明記されていた。筆者がこれを当時の河野太郎防衛大臣に質問したところ、このやり取りはなくなった。同様に防衛省はコピーやお茶くみ担当者二人を防衛記者クラブにつけていたが、一民間任意団体に便宜供与するのは正当性があるのかとこれまた河野大臣に質したらお茶くみ担当者は廃止された。癒着をして書かないことで恩を売る、羽織ゴロと呼ばれても仕方あるまい。

 癒着という点では第二次安倍内閣時代の新聞に対する軽減税率適応は醜悪だった。2019年10月1日から消費税率が8%から10%へアップされたがその時酒類・外食を除く飲食料品と、定期購読契約が結ばれた週2回以上発行される新聞を対象に、軽減税率の8%が適用されるこことになった。食品に対する軽減税率は理解できるが新聞に必要とは思えない。言論機関に対する配慮というのであれば雑誌など他のメディアも含めるべきだった。

 このような特別扱いという「餌」を与えられて解釈なく権力を追及する報道などできるはずもない。

 そもそも記者クラブメディアの記者に専門分野の知識は薄い。例えば防衛記者クラブに配属される記者は軍事の素養や知識があるから配属されるわけではない。単なる会社の人事のローテションで配属されるだけだ。例えば海外で軍隊を取材したり、専門誌を長年購読したりという経験がない。そこで防衛省や自衛隊からの情報だけに頼って発信するのだから批判的に当局の説明を聞く能力はない。そして数年でまた別な分野に配属されていく。

 

同じように財務省や経産省の会見やレクチャーに経済誌の記者は参加できないし、厚労省の会見に医療専門誌の記者は参加できない。だから本質的な問題や高度に専門的な問題が取材できない。専門知識のない記者が、当局と癒着しているのだから権力の監視などできるはずがない。官公庁かれみれば記者クラブは専門知識がある専門記者や、忖度しないフリーランスの記者からの監視や追及を防ぐための防波堤となっているのが現実だ。

 特に悪質なのが政治部記者だ。政策の勉強はせずにひたすら政局だけを追っている。しかも特定の政治家や官僚と癒着してその走狗となり、事実ではないことも書き散らして、特定の政治家や官僚の利益を図る輩が少なくない。だから実は政治部記者は政治家からも嫌われることが多い。筆者もある防衛大臣経験者(石破氏ではない)から、あいつらは勉強もしていない、きちんと説明しても歪んで記事を書くと憤慨していた。

 警察や検察との癒着も問題だ。記者クラブメディアは警察、検察に頭があがらない。基本的に彼らのリークを頼っているからだ。だから警察、検察は自分たちの誘導したいようなリークを記者クラブに行い、記者クラブはそれを検証することなく報道して世論操作に協力する。こうして多くの痴漢冤罪や、松本サリン事件、大川原化工機事件のような悪質な冤罪事件が後を絶たない。新聞やテレビで容疑者=犯人と宣伝し、本来許されない「代用監獄」に何年も収監して無実の人間に罪を認めるように強要してきた。とても法治国家とは言えない状態だが記者クラブはその共犯といっていい。

 2021年に安倍政権下では安倍晋三総理の覚えがめでたい黒川弘務東京高検検事長(当時)が在職中に朝日新聞記者、2名の産経新聞ら3人と産経新聞社会部記者の自宅マンションで賭けマージャンをしたことが明らかになった。この事件で黒川氏は起訴されたが、新聞記者は不思議なことに不起訴となった。しかもこれらの記者の氏名を朝日新聞も産経新聞も明らかにしていない。

 安倍政権、菅政権では殆ど政権批判をしてこなかった記者クラブメディアだが石破政権に関しては痛烈な批判をしている。それが事実に基づくものであれば是も非もないが、事実に基づかないものも少なくない。

 例えば石破首相がトランプ大統領との会談で米空軍のC-17を導入できないかという発言があったと複数の記者クラブメディアが取り上げ「防衛省筋」の話としてC-17は調達もできずに、コストが高すぎる。石破総理のオタク趣味だという発言を検証せずに垂れ流した。まさに集中砲火だった。だが中古のC-17は米国以外のユーザーからも調達は不可能ではないし、我が国のC-2輸送機の維持コストはC-17の5倍以上だ。しかも調達単価はペイロードが2倍のC-17と同等に高い。

 3月14日の定例記者会見で中谷大臣は筆者の質問に答える形で「もうすでにアメリカでは、C-17は製造を中止をしてですね、部品も含めて、すべての調達ができない状況にあると聞いております」と述べた。これは子供でも分かる誤りだ。消耗部品がない航空機は運用できない。

 だがフジテレビ政治部記者と、朝日新聞のこれまた政治部記者は大臣の発言を検証もしないまま記事にした。事実誤認ではないかと内局の報道室に問い合わせるべきだろう。

 筆者はこの発言が誤りでないかと大臣や報道官に質したが、発言は訂正する必要はないとの返答だった。大臣の発言が誤りであればフジテレビと朝日が誤報を出したことになってメンツがつぶれるからではないか。

 一方、5月16日、T-4練習機墜落に関する防衛大臣の臨時記者会見で「搭乗員らしきものを発見し、収容した。損傷が相当激しい」との中谷大臣の発言が遺体の扱いをめぐって批判され、同日中に会見がやり直された。

これは極めて異例だ。中谷大臣が「搭乗員らしきもの」と述べたことを記者クラブが問題視したからだ。だが大臣の発言の真意はまだ遺体とは確認されていなかったから「搭乗員らしきもの」と述べたのだろう。当時遺体かどうか確認が取れていなかったためと考えられる。実際報道官も「搭乗員2名が行方不明」「搭乗員と思われる体の一部を発見及び収容」と説明しており、遺体と断定していなかった。防衛省が乗員2名の死亡を確認したのは22日である。筆者の取材した自衛隊関係者も、大臣発言を問題視していなかった。

 

 防衛省は完全な事実誤認であっても記者クラブ以外の指摘は無視するが、「お気持ち」でも記者クラブが不快の念を示せば、直ちに会見をやり直して発言を訂正する。筆者からみれば幼稚な言葉狩りに過ぎないが、記者クラブのメンツが立つのだろう。だがそのような情緒に過剰反応するのであれば明らかな事実誤認は訂正すべきだ。

 専門知識がなく、一部の官僚や政治家と癒着する記者クラブが官公庁の取材機会を囲い込んで、非会員を排除して密室化することによって国民の知る権利が失われている。この不透明性は長く外国からも非難されている。記者クラブの在り方を根本的に見直すべきだ。

また取材機会を独占することが特恵的な地位であり、自分たちは権力を握っているだと記者クラブの会社や記者は心得違いしているのではないか。

不思議なことに普段報道の自由や表現の自由を謳っている弁護士の団体や筆者も会員の日本ペンクラブはこの記者クラブの問題に沈黙を守っている。筆者は日本ペンクラブの首脳らと話をしたが全く動きはない。

 

今回の毎日新聞と読売新聞の虚偽報道は報道の信頼性を失墜させる由々しき事態であり、報道機関として許されざる所業だ。これは記者クラブ制度に根差した問題だと思うが、法曹団体も日本ペンクラブも何の声明も出していない。

日本ペンクラブは15日、参院選期間中の差別言動やデマの拡散に抗議する緊急会見を開き、「選挙活動に名を借りたデマに満ちた外国人への攻撃は私たちの社会を壊します」との声明を発表している。「少しずつでも、成熟し前進してきた民主主義社会が、一部政治家によるいっときの歓心を買うための『デマ』や『差別発言』によって、後退し崩壊していくことを、私たちは決して許しません」などと述べている。また「事実とは異なる、根拠のないデマが叫ばれています。これらは言葉の暴力であり、差別を煽(あお)る行為です」と批判している。

 日本ペンクラブは政党のデマについては厳しく糾弾するが、毎日新聞や読売新聞といった記者クラブメディアには何か抗議ができない弱みでもあるのか。

 

写真)臨時国会参議院予算員会で答弁する石破茂首相 2025年8月4日 東京・千代田区

出典) Tomohiro Ohsumi/Getty Images

 




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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