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.政治  投稿日:2025/7/2

陸自に砲兵装備開発と運用能力はあるのか:19式装輪自走155mm榴弾砲は失敗作。


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

 

【まとめ】

  • 19式自走榴弾砲は乗員保護や装甲化が不十分な欠陥兵器。
  • 空自C-2輸送機での空輸設定が歪んだ設計の理由。
  • 防衛省・陸自は海外動向に疎く情報公開の常識もない。

 

 本政府と防衛省防衛産業の振興と輸出を熱心に進めている。それ自体は歓迎すべきだ。海外市場で揉まれれば国産装備も性能、品質、コストの面でまともになっていくだろう。

 5月に幕張メッセで行われた防衛見本市、DSEI Japanは防衛省や警察庁、経産省が後援しており、防衛省も大きなパビリオンを展示していた。

防衛省は出展目的を「我が国の防衛装備品と高い技術力について広く情報発信することで、諸外国との防衛装備・技術協力を推進する」としており、試作のレーザー迎撃兵器やレールガン、対艦ミサイル、対空ミサイルなどが展示された。

無論現在我が国は自主規制で「救難、輸送、警戒、監視、掃海の5分野しか原則輸出できないことになっている。上記のような展示はそれに該当せず、現状輸出はできないが、日本の技術力を示すショーケースとして展示されていた。

 

 だが展示がむしろ防衛省、自衛隊の装備開発能力の低さ、当事者能力の欠如を宣伝する場となっている。例えば19式155ミリ自走榴弾砲だ。19式は2019年から調達が開始された陸自の最新型榴弾砲だ。これは90年代から急速に広まったトラックの車体に榴弾砲を搭載したいわば簡易型自走榴弾砲だ。それまでの砲塔を有した自走砲に比べて安価で戦略機動性が高く、牽引式榴弾砲に比べて展開、撤収速度が速く生存性に優れている。

 しかし19式は軍事のリテラシーを持った人間からすれば欠陥兵器の類だ。防衛装備庁も陸幕も砲兵装備に関する知識が欠如しているか歪んでいる。これを外国の関係者が見れば苦笑するレベルだ。

まずおかしいのは乗員が5名なのに、キャブは3名乗りである。後の装填手二人は車体中央部のホロ付きの座席に座らせられる。キャブには冷暖房がついているが、装填手席には当然装備されていない。同じクルーで差別待遇だが、暑さ寒さにさらされて、いざ戦闘時にきちんと働けるだろうか。

筆者は日本の防衛ジャーナリストで最も多く世界の簡易型自走榴弾砲を取材してきたと自負しているが、このような奇妙なレイアウトを見たことがない。このような差別的な待遇を受けた装填手が嫌になって中途退職しないことを願うばかりだ。

写真)砲手2名が搭乗する中央の座席

筆者提供)

 

他国であれば5名用の装甲キャブを採用しただろう。現代の砲兵戦では射撃を行うと敵は対砲レーダーによって、発射位置を探知して即座に反撃してくる。このため一定数射撃を行った後は迅速に撤収して、陣地変換を行う必要がある。それでも反撃を受ける可能性は小さくない。生存性のために装甲化は必須だ。しかも昨今ではドローンによる索敵や攻撃が増えており、自走榴弾砲の生存性を高めるためにはキャブの装甲化は必要だ。ところが19式のキャブは装甲化されていない。

 

装甲化したモノコックのキャビンではないので、このためキャビン内部を加圧して放射性物質、化学・生物兵器の侵入を防ぐNBCプロテクションシステムが搭載できない。もともとその要求も無かった。しかも耐地雷装甲もないので地雷にも全く耐性がない。一応キャビンのドアなどに増加装甲が装着できるよう構造になっているが、増加装甲を装着したのを見たことがない。そもそも非装甲のキャビンに増加装甲を装着しても効果が低いし、フロントグラスやドア窓も防弾ガラスではないから保護できる部分は極めて小さい。だから気休め程度である。米軍はアフガニスタンでの非装甲のハンビーの被害が多く、増加装甲をつけたが効果がなかったので装甲ハンビーや耐地雷装甲車を導入した。

更に申せば、試作段階で搭載されていた、12.7ミリ機銃も量産品では外された。対して他国ではすでに機銃や光学電子センサーなど組み合わせたRWS(リモート・ウェポン・ステーション)を搭載するこが増えている。RWSは夜間や走行間でも安定した射撃が可能であり、目標を自動追尾できるので敵の歩兵のみならず、対ドローンに対しても有効だ。

 20年ぐらい前から途上国ですら装甲車両にRWSを搭載するようになっているが、陸自では昨年度から調達が開始された共通戦術装輪車や次期装輪装甲車として採用されたAMV XPから搭載が開始される。

 これらのことから考えれば、19式の設計は奇異であり、生存性は諸外国の簡易型自走砲よりもかなり低いと言わざるをえない。

 

写真)19式の3名乗りのキャブは非装甲だが追加装甲は装着可能だ

筆者提供)

 

 その理由のひとつは戦時に空自のC-2輸送機で空輸するというファンタジーな「設定」のもとに開発したからだろう。19式の重量は25トンとなっている。防衛省の公式発表ではC-2の最大ペイロードは36トンとなっている。だがこれは大本営発表だろう。C-2は機体の強度不足で補強が行われている。これで重量が増加しないのであれば防衛装備庁や川重は魔法を使えるのだろう。

 

だが実際のペイロードは26トン強程度だろう。26トンの16式機動戦闘車もC―2で空輸を前提に仕様がつくられたが、当初重量過重となるとしてクーラーの装備は見送られた。その後財務省からの働き掛けもあり、大日本印刷が開発した軽量断熱材を使用することによってクーラーを極小化して300キロの増加のみでC-2での空輸が可能となった。

当初のクーラーの重さは明らかではないが、5トンも6トンもあったわけではなかろう。それでも36トンあれば余裕のはずだ。

しかも16式などの重装備を搭載すると燃料を大幅に減らす必要があり、空中給油が必要になる。当初の計画では必要なかった。空自は空中給油機を増勢しているが、戦時は戦闘機への給油で手一杯で輸送機への給油など不可能だ。

22機しかないC-2は戦時には弾薬、燃料、糧食、トラックなどの空輸で忙殺される。19式にしても16式にしても弾薬、燃料、弾薬車輛などを空輸する必要があり、1個小隊の空輸には5〜6機は必要になるだろう。だから戦時の重装備空輸はファンタジーでしかない。

 

C-2の最大ペイロードが事実であれば、わざわざあのような歪んだ設計になるわけがない。例えばキャビンは装甲化しないまでも5人乗りのものを採用できたはずだ。

重量が25トンになるのに半自動装填式というのも問題だ。軽量化、空輸化を考えるならば6輪の車体でもよかったはずだ。この種の簡易型自走榴弾砲の嚆矢であるフランスのカエサル(CAESAR:CAmion Équipé d’un Système d’ARtillerie:砲兵システム搭載トラック)は同じ52口径155ミリ砲を搭載しているが、車体は6輪で重量は17.7トンとあるこのためC-2より小さいC-130H輸送機でも空輸が可能だ。

 対して19式の車体は当初三菱重工が開発した重回収車が想定されていたが、車体だけで約20トンと重たいので、ドイツのMANミリタリー・ビークル車のHXシリーズの8輪車が採用された。無論8輪の方が能力にも余裕があるが、空輸機能を優先するのであれば6輪でC-130 Hできる程度の重量に収めた方がよかっただろう。おそらくはメーカーの日本製鋼所に装輪車で155ミリ榴弾砲の反動を吸収するノウハウが欠けていたのだろう。

 

昨今では過去の運用経験から簡易型自走榴弾砲は8輪で自動装填装置を装備した重量30トン前後のものが主流となっている。例えばカエサルの改良型のカエサル8X8、19式と同じくHXシリーズを採用したアーチャーの最新型などがこれにあたる。

このクラスになると空輸は難しくなるが、生存性を高めることができるからだ。全自動のために射撃開始から撤収までの時間が短くできる。また射撃に際して19式やカエサルのように人間が車外に出て装填する必要がなくなる。これもまたクルーの生存性を高めている。

もう一つの利点は省力化だ。自動装填装置を搭載すれば重たくなるが、乗員は3名でも運用が可能となる。無論乗員が多いほうが余裕は生まれるが5名の乗員を3名に減らせるならばそれは人的資源が欠乏している陸自にとって大きなメリットだ。

仮に19式を200門導入するのであれば、これが全自動式だと400名の隊員を浮かせることができる。現実問題として北海道の部隊では充足率が4割台で、部隊として機能していない骸骨みたいな部隊も少なくない。募集しても半分しか隊員しか集まらず、中途退職者も減らない。この厳しい現実を認識すべきだった。

 しかも日本製鋼所は過去90式戦車、99式自走榴弾砲、10式戦車などで自動装填装置を開発してきた実績がある。であれば自動装填装置の開発にハードルは低かっただろう。

 

防衛装備庁や陸幕に欠けているのは「軍隊」としての常識と情報だ。まともに世界の開発や技術動向に注意を払わないので世界最先端の軍事技術や運用に疎い。簡易型自走榴弾砲の開発時もそうだった。

2008年の技術研究本部(当時)年間の見本市やコンファレンスなどの視察予算は僅か93万円、筆者の年間海外取材費より少なかった。同年の陸上担当の開発官の川合正俊陸将(当時)と一佐の二名(通訳を同行)がパリの軍事見本市であるユーロサトリでカエサルの現物を視察し、南仏の射撃場でその実射のデモンストレーションを見学した。だが同陸将はその後一ヶ月ほどで退官して防衛とはまったく関係ない企業に再就職している。当然まともに視察などしてこなかったろうし、視察の知見が開発に生かされたとは考えにくい。

防衛省にとって海外視察は退職前のご褒美の物見遊山でしかない、ということだ。つまり海外視察を情報収集の手段ではなく、ご褒美の娯楽だと考えていた。

 

また防衛省は公開して当然の19式の概要すら隠ぺいする。筆者は2021年記者会見で岸信夫防衛大臣(当時)に19式の携行弾薬数を質したが、大臣は「搭載弾薬数などは手の内を晒すことになる」と言えないと回答した。だが155ミリ砲弾や装薬のサイズはNATO規格であり、どこの国でも同じだ。19式は外部に弾薬のキャニスターを搭載しているので、搭載弾薬量の推定は簡単可能だ。だから中国を含めてどこの国でも明らかにしている。これを隠す意味はない。これを隠すということは防衛省や陸自には軍事的な情報の基本的な常識がない、ということだ。民主国家の軍隊ならば尚更である。そして後日、X(ツイッター)でまさに19式の携行弾数を推定した中国の投稿があった。

これには1個のキャニスターに5発砲弾が収納されており、それが3個搭載されているので15発だと分析している。対して解放軍の同様の自走砲、PCL-181は30発を携行していると指摘している。おそらくこの通りの携行数であろう。

頭隠して尻隠さずとはこのことだ。本来民主国家の「軍隊」はできる限り納税者に情報を開示し、他国の装備と比べても自軍の装備の調達に妥当性があると説明する責任がある。それが全くないのが防衛省と自衛隊だ。

そしてこのような他国から見れば無様で非常識な装備を、国産装備輸出の「ショーケース」に誇らし気に展示しているのは痛々しい。問題意識をもっていないから展示ができるのだろう。

以前にも防衛省は危機管理産業展で製造元のタレス・オーストラリアが公開しているブッシュマスター装甲車の内部を見せまいと、ドアを閉め切って、ガラスに目張りをしていた。また最新型の18式防弾ベストと個人装着具を展示したときも、マガジンポーチなどが

展示されず、隊員の私物の中国製のマガジンポーチなどを装着して展示された。

このような当事者意識が欠如した組織にまともに防衛装備の開発ができるか疑われても仕方あるまい。

 

写真)19式携行弾数を割り出したXの投稿

筆者提供)

 

一般国民の多くは兵器が世界の最先端をいっていると思っているだろう。だが、それはイリュージョンだ。防衛省や新聞、テレビが作っている「精強な自衛隊」は虚像である。

 

トップ写真)19式155ミリ自走榴弾砲

筆者提供)

 




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

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