補正予算という麻薬が将来の国民を蝕んでいる
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・来年度予算案、115兆500億円と過去最大に。
・本予算で支出されるべき防衛予算が補正予算で調達され国家予算の全体像が不透明。
・第二次安倍政権以降導入された事項要求は概算要求を過少に見せる世論操作に利用されてきた。
政府予算案が発表された。一般会計の歳出総額は115兆5千億円程度に上り、23年度の114兆3812億円を超え、当初予算ベースで過去最大となった。歳入(収入)のうち税収は78兆4千億円程度に過ぎず、税収で賄い切れない分は新たに国債を28兆6千億円程度発行して賄う。歳出総額の4分の1を政府の借金の国債で穴埋めする。だが既に我が国の財政赤字はGDPの1.6倍であり、第2次世界大戦末期を超えるレベルであり、いつまでも借金ができるわけではない。
だが、実は政府予算案の額だけを見て予算は議論できない。来年度予算と当年度の補正予算が一体化しており、国家予算の全体像が見えにくく、不透明になっている。
一般会計の総額約13兆9000億円となる今年度の補正予算案が17日、参議院予算委員会で締めくくりの質疑に続いて採決が行われ、自民・公明両党と日本維新の会、国民民主党の賛成多数で可決された。第二次安倍政権以降、この補正予算は本来の目的ではなく、バラマキ政策のために悪用されている。特に顕著なのは防衛予算だ。翌年度の予算と当年度の補正予算が一体化している。本来本予算で調達すべき装備の類が補正予算で調達されている。これは財政法上も大問題だ。このような不透明な補正予算の「悪用」は国会軽視でもあり、財政の放漫化を招いている。
8月に発表された概算要求は117兆6,059億円と、過去最大規模の予算だった。これが政府予算案では115兆5千億円まで削られている。だがその削った分を本年度の補正予算で補填している構図となっている。
本来政府予算における補正予算とは、当初予算(本予算)成立後に発生した事由によって、当初予算通りの執行が困難になった時に、追加的に組まれる予算である。なお、財政法第29条で「法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うほか、予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となった経費の支出(当該年度において国庫内の移換えにとどまるものを含む。)又は債務の負担を行うため必要な予算の追加を行う場合」と規定されている。
例えば防衛予算ならば原油が高騰したり、為替が大幅に変動して艦艇や航空機などの燃料費が足りなくなり、当初予定した燃料費では賄えない場合とか、東南アジアで大災害が発生、派遣された自衛官の手当を含むその救援に使用した費用などが発生した場合など、予算編成時に予測できなかった費用を賄うものである。
だが本来本予算で計画的に支出されるべき装備調達や施設の予算が補正予算で調達されている。これは2つの点で問題がある。まず、本予算に比べて補正予算はその趣旨から短期間で予算を決定する必要があり、国会が十分な審議をする時間がない。本来本予算で調達すべきものを補正で調達するのは国会軽視である。
ついで、実際の予算を過少に見せかけ、世論操作に使われる点だ。例えば来年度予算が115.5兆円で、本来本予算で賄う予算分を10.5兆円補正に組み込むとしよう。その場合本来の予算額は126兆円になる。だが概算から削った予算を補正で賄うのであれば見かけは来年度予算案は115.5兆円となり、新聞のヘッドラインは「来年度予算115兆円台に」となる。つまりは予算規模を過小に見せかけることになる。
既に財政赤字はGDPの2.6倍を超えており、その巨額の財政赤字が円安の要因となってインフレを招いている。野放図な政府支出は将来の国民負担を更に増やすことになる。まして我が国は少子高齢化で人口が減っていく。つまり国内市場は小さくなってGDPも縮んでいくだろう。にも変わらず、国債を景気よく発行して借金を重ねていけば、そのつけを払うのは我々国民、特に若い世代だ。
防衛省の予算を例に取ってみよう。防衛省の来年度の概算要求は過去最大の8兆5389億円だった。これが政府予算案では8兆5289億円となっている。対して本年度の補正予算8,268億円とその約1割の金額だ。だがそのうち、本来の補正予算の趣旨の予算は僅かだ。
▲図 令和6年度補正予算案の概要 出典:令和6年度補正予算案の概要
防衛省の予算資料をみれば、 該当するのは人的基盤の強化費用で人事院勧告に伴う人件費の増額分388億円、円安に伴い不足する外貨関連経費380億円の合計768億円程度だ。
対して以下の項目は本来本予算で要求すべきものだ。
○ 隊員の生活に直接関わる生活用の備品等の整備
・ 隊舎居室の個室化 6億円
・ 寝具、洗濯機、冷蔵庫等の整備 14億円
○ 作業服等の整備 11億円
○ 隊舎等の生活環境の整備 148億円
○ 庁舎及び整備場等の勤務環境の整備 238億円
○ 空調設備の整備 38億円
▲図 自衛隊の活動基盤や災害への対処能力の強化等 出典:令和6年度補正予算案の概要
○ 佐賀駐屯地(仮称)の整備 380億円
○ 各駐屯地・基地等の通信網及び電気・水道設備等の整備
(埋設化・複ルート化) 83億円
○F-35の運用に係る施設の整備(飛行指揮所、格納庫等) 50億円 等
○ 災害対処器材、非常用発電機、UAV等の整備 22億円
○ 基地防災対策等 20億円
▲図 施設の整備 出典:令和6年度補正予算案の概要
○航空機及び艦船の運用態勢の早期確保による対処能力の向上 1,863億円
○03式中距離地対空誘導弾(改善型)の早期整備をはじめとする各種弾薬等の確保 398億円
○新たなドローン対処器材の導入 57億円
▲図 自衛隊等の安全保障環境の変化への的確な対応 出典:令和6年度補正予算案の概要
○ 空母艦載機の移駐等のための事業 1,377億円
(馬毛島における係留施設、滑走路に係る施設整備等)
○ 普天間飛行場の移設 835億円
普天間飛行場代替施設の建設等 826億円
普天間飛行場補修事業 9億円
○ 嘉手納以南の土地の返還 1,068億円
(米軍施設・区域の返還を進めるための移設先の整備)
○ 緊急時の使用のための事業 27億円
(築城基地における滑走路延長に係る護岸工事等)
▲図 米軍再編の着実な実施出典:令和6年度補正予算案の概要
上記の予算の7500億円程は別に降って湧いたような支出ではない。本来、本予算として計上して国会で厳しく審議されるべきものだ。
つまり来年度の概算要求は8兆5389億円+補正の「買い物予算」7500億円で、実質9兆2,889億円ということになる。7500億円はさほど多くない印象を受けるかもしれない。だが人件・糧食費や基地対策費、米軍費用などほぼ6割以上は義務的な支出である。つまり8兆円の防衛費で装備調達や研究費などで自由に使えるのは2.5兆円程度に過ぎない。7,500億円の「追加の買い物予算」がどれだけ大きいか理解できるだろう。しかも26日に行われた防衛予算のブリーフィングでは担当者が概算要求で落ちた予算を補正につけたと明言していた。
実はこれだけではない。同じく第二次安倍政権以降、概算要求に「事項要求」という項目が導入された。これは金額が明示されずに要求されるという胡乱な仕組みだ。常識的に考えれば、この政策を行うのにこれだけカネがかかる、といって予算を要求する。ところが「事項要求」では予算額の見積もりができないから白紙で出す、というものだ。これは予算編成の否定である。
防衛費の場合、安倍政権において「事項要求」は概ね3千億円強で推移してきた。例えば6兆円の概算要求で実質3千億円の「事項要求」が含まれていれば実質概算要求額は6兆3千億円となる。だが「事項要求」分が計上されていないので新聞の見出しは「防衛費6兆円」となる。「事項要求」は概算要求を過少に見せる世論操作に利用されてきた。
筆者はこの問題を歴代防衛大臣にも質問し、記事も書いてきたが新聞、テレビ、通信社など防衛省の取材機会を独占している記者クラブは長年この本予算と補正予算の一体化、「事項要求」を報道も説明もしてこなかった。結果政府や防衛省の世論操作に手を貸してきたに等しい。そのような姿勢は報道ではなく、政府広報である。
民主主義、そして軍隊の文民統制の根幹は国民に知るべき情報を伝えることである。本来伝えるべき情報が国民に伝わっていなければ民主主義も文民統制も機能しない。
繰り返すがまして我が国はGDPの2.6倍以上という先の戦争よりも大きな財政赤字を抱えており、国民がより税金の使い方にシビアにならなければいけない。防衛費の多寡を語る前に、そのあり方が正しいか否かの議論が必要だ。
資料出典:『令和6年度補正予算の概要』(令和6年12月防衛省)
トップ写真:石破茂首相 出典:Kiyoshi Ota-Pool/Getty Images
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
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●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)