トランプ政権下 ワシントンで起きている「異常事態」

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#30
2025年8月4-10日
【まとめ】
・NYCでは知的刺激に満ちた交流があった一方、ワシントンでは旧友との再会を通じて街の変化を感じた。
・トランプ政権の影響で、様々な業界に圧力が広がり、自由な言論が委縮している。
・ショックだったのはワシントンの旧友がカナダ国籍取得を考えていると打ち明けられたこと。
先週末にNYC・DC出張を終え帰国したが、日本の天気は相変わらずの猛暑、いや殺人的酷暑というべきか、また、国内政治も相変わらずの停滞で、全く代わり映えがしない。まずは気分を変えて、先週お約束した通り、米国出張の印象を書こう。
NYC到着、ホテルにチェックインした後、パーク・アヴェニュー345番地という、ホテルから数ブロック先のマンハッタンのオフィスビルで銃の乱射事件があったことは先週書いたが、翌日のNYCは予想以上に平穏だった。最近「ニューヨーク」は安全になったそうだから、今回の事件はこの街の「治安問題」とは無関係なのかもしれない。
さて、NYCでのメインイベントは某通信社主催の講演会とNYC在住日米関係者との夕食会だった。さすがはNYC、最前線で戦う日本のビジネスパーソンや、ワシントンとは異なる視点で日米を見る米識者の見識、はいずれもレベルが非常に高い。やはりワシントンは「政治」の「田舎町」か、今後はNYCに頻繁に来なければ、と思う。
さて、ワシントンは数カ月ぶりだったが、これまた相変わらずトランプ劇場の空騒ぎが続いていた。現役時代や外務省退職直後は、出来るだけ多く新しい人に会って、新聞に報じられていないような情報をたくさん集めたい、などと思ったものだ。でも、最近は歳をとったせいか、主として数十年来の旧友という「百葉箱」を訪れている。
「もっと若い人に会ったらどうか」とも言われるが、筆者はもう現役ではない、つまり現職の政府高官の発言や意向を追いかける必要は必ずしもない、と思うからだ。筆者の関心は、時々の政権の動向などではなく、ワシントンという、個人的にも人生で最も思い入れの深い街の生態とそこに住む多くの旧友たちの生き様なのである。
それでは仕事にならないではないか、とも言われるだろうが、実は十分仕事になっている。ワシントンとは、4年ごとにアメリカ全土から能力と野心の塊のような若い人材が集まる「田舎者」の街である。そうと分かれば、この地で生き残ることができた人々の話を定期的に聞くことの方が、ワシントンをより良く理解できると思うからだ。
されば、今回のワシントンはどうだったか。一言で言えば、良く言えば自由闊達で、悪く言えば何でもありだった。ワシントンの雰囲気が急速に変わりつつある。トランプ政権の締め付けの対象は、行政府内の民主党リベラル系の公務員だけでなく、大学などのアカデミア、シリコンバレーのIT寵児たちにまで及んでいる。
トランプ政権の圧力は、一時はワシントンの成長産業だったシンクタンク業界にも及んでいる。ホンのちょっとでも「リベラル」の匂いがするシンクタンクは連邦政府の補助金が差し止められるなど、産業全体が縮小気味だが、更に1月の政権交代で、研究者は供給過剰気味だという。シンクタンクの経営はどこも四苦八苦だと聞いた。
これを「権威主義政治」と呼ぶかどうかは別として、このトランプ政権のやりたい放題に対し声を上げる勇気ある識者たちが、数か月前と比べても、激変しつつあるように感じた。更に、立法府の状況も酷い。連邦議会議員の矜持はどこへ行ったのかと思うほど、議会の共和党、民主党の議員たちは不気味に静かなのだ。
もう、頼みの綱は司法府だけかと思ったが、これもダメらしい。連邦下級審ではトランプ政権の政策を差し止めたりする勇気ある判事もいるのだが、トランプ政権はこれを完全無視、最高裁の判断にしか関心がない。ワシントンのもう一つの有力産業である弁護士業界も「モノ言えば唇寒し」、政権に喧嘩を売る事務所は皆無だそうだ。
極めつけは8月1日に発表された雇用統計の大幅下方修正に激怒したトランプ氏が米労働省の担当局長の解任を命じたこと。中国共産党じゃあるまいし、数字が気に入らないから責任者を解任するなんて。今米国ではこれまで考えられなかったような異常事態が、連日、現実に起きているようだ。
最もショックだったのは、数十年来の旧友が「明日、在米カナダ大使館の領事担当官とインタビューがあるんだ」と漏らしたこと。カナダ国籍を取得したいのだろう。「なぜ今?」と聞けば、「人生もう長くないが、最後は自分の思うように人生を終えたい」と言われ、思わず絶句した。これほどワシントニアンは追い詰められているのか・・・。
さて、今週も欧米から見た世界の動きは夏休みを頂くので、最後はガザ・中東情勢だが、イスラエルはガザでの新たな攻勢を本気で検討中、イランは国内の反体制派の弾圧に忙しいのか、大きな動きはなさそうだ。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:Spencer Platt by getty images
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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