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.国際  投稿日:2025/10/7

トランプ大統領はいま――ワシントン報告その2 「力による平和」の実行


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視

【まとめ】

・トランプ大統領はポーランドのナブロツキ大統領との会見で、「力による平和」を掲げ、軍事力の行使をも辞さない姿勢を明確に。

・会見ではNATOの強化と欧州諸国の防衛費増額を強調し、ポーランドなどがアメリカとの軍事協力を深化させていることが示された。

・トランプ政権は日米・米韓同盟も重視しており、日本の一部識者による「同盟縮小」論は誤りであることが浮き彫りに。

 

 

トランプ大統領のポーランドのカルロ・ナブロツキ大統領との合同の記者会見の模様をさらに伝えよう。その会見で顕著となった特徴の紹介、第2の特徴からである。

 

 第2に、この会見で明示されたのはトランプ政権の国際関係での「力による平和」という原則だった。その「力」は従来の軍事同盟の堅持と強化によるものである。

この会見の前日の9月2日、トランプ政権はカリブ海を疾走していたベネズエラ籍の麻薬カルテル小型高速艇を空からのミサイルで攻撃して沈め、乗っていた11人が即死するという事件があった。公海での出来事だった。アメリカ政府の従来の方針は公海で麻薬などを不正に運び、アメリカに向かうとみられる船舶に対してはまず沿岸警備隊の船が捕捉して、取り締まりに当たるという手順だった。

 だからこの会見ではトランプ大統領に対して、いきなり撃沈とは無謀に過ぎ、国際法にも違反するのではないかという趣旨の質問が相次いだ。だがトランプ大統領はためらわずに答えた。

 「アメリカの政府や軍としてはこの高速艇がベネズエラの悪名高い麻薬カルテルの運搬船であり、船内には多量の麻薬とカルテルのメンバーが犯罪集団として乗っていたことを確認しての攻撃だった。こうした手段をとれば、もうアメリカに麻薬を大量に密輸入しようとする人間は出てこないだろう」

 確かに犯罪の証拠が確認されていたとはいえ、公海を航行する船をミサイルの一撃で撃沈し、11人の乗員を殺すというのは過激をきわめる。アメリカ国内でも野党の民主党側からはすぐに非難が出た。だがここで明確になったのはトランプ大統領の力の行使への強固な姿勢である。犯罪の阻止、侵略の抑止には物理的な力、つまり軍事力をも行使するという基本だった。「力による平和」の保持という戦略である。

 トランプ政権は第1期目の国家防衛戦略でも中国の軍事脅威の増大に対して「中国との戦争を防ぐ最善の方法はその戦争に備えて、勝利する能力を保持しておくことだ」と明言していた。

 今回の会見ではトランプ大統領はその「力による平和」の実効策として年来の軍事同盟の強化を強調した。具体的にはまずNATOの増強だった。NATOとはいうまでもなくアメリカとカナダ、そして欧州諸国合計32ヵ国が加盟している集団軍事同盟である。発足時はソ連の脅威に対して、ソ連の崩壊後はロシアの脅威に対して、侵略や戦争の抑止機能を発揮してきた。もし加盟の一ヵ国でも攻撃を受ければ、すべての加盟国への攻撃とみなし、全加盟国が一体となって反撃する。このメカニズムが抑止の機能だった。その抑止の中核は米国の強大な核戦力である。

 トランプ大統領はこのNATOの欧州側加盟国に防衛費の増額を求めてきた。本来、オバマ政権が欧州側に防衛費を国内総生産(GDP)の2%以上にすることを要請し、欧州首脳も合意した。だがドイツのメルケル首相らはその合意を履行しなかった。トランプ大統領はその態度を批判し、圧力をかけた。あくまでNATO全体の増強が目的だった。

この点については日本側の識者とされる人たちの間では誤解が起きた。「トランプ大統領はNATOから離脱する」とする曲解だった。

この会見の途中でポーランドのナブロツキ大統領は「私もNATOについて発言したい」と述べた。

「いまNATOの欧州側の防衛努力はさらに強まり、アメリカとの連携も強化している。トランプ政権の欧州側への新たな『防衛費をGDPの5%に』という非公式な期待にも前向きな姿勢の国が多くなった。わがポーランドはすでに4・7%までの防衛支出を決めた。アメリカとの軍事連携という点では現在ポーランドには合計約1万人の米軍部隊が駐留している』

トランプ政権下のアメリカとの防衛協力は深化しているというわけだ。

この点でも日本の識者たちはウクライナ戦争をめぐってもアメリカと西欧諸国の間には溝ができたとする推測を表明していた。だがこの推測も現実とは異なっていた。

トランプ大統領がアラスカでプーチン大統領と首脳会談をした3日後の8月18日、ワシントンには西欧主要国の首脳が集まり、アメリカとの緊密な連帯を示したのだ。イギリス、フランス、ドイツ、イタリアの首脳に加え、NATOの事務総長からEU(欧州連合)代表までがホワイトハウスでトランプ大統領との団結を明示した。G7という枠組みでみれば、不参加はまさに日本だけだった。

 トランプ政権の日米同盟と米韓同盟の重視政策はすでに鮮明にされている。トランプ・石破会談ではトランプ大統領は日米関係を黄金時代だと評し、日米同盟をインド太平洋でのアメリカの安全保障の礎石だと明言した。韓国の李在明大統領の8月の訪米でもトランプ大統領は米韓同盟の堅持を改めて強調した。

 このあたりでもまた日本の一部識者の『トランプ大統領は日米同盟、米韓同盟をも縮小、あるいは解消を求める』という推測は根拠がないこととなる。(つづく)

 

#この記事は日本戦略研究フォーラムの2025年10月刊行の季報に掲載された古森義久氏の論文の転載です。

 

トップ写真:ポーランドのカルロ・ナブロツキ大統領と会談するトランプ大統領 ワシントンDC・アメリカ 2025年9月3日

出典:Photo by Alex Wong/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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