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.国際  投稿日:2025/10/7

トランプ大統領はいま――ワシントン報告 その4(終わり) 達成したこと、しないこと


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視

【まとめ】

・トランプ政権は不法入国者の送還や国境警備強化を徹底し、不法入国者数を大幅に減少させた。
・トランプ大統領は世界各国への関税を引き上げ、アメリカの製造業復活を目指している。
・また、「ロシア疑惑」の再調査やリベラル傾向の強い機関・大学への改革を通じて、保守的統治の強化とリベラル勢力の抑制を図っている。

 

 さて、この記者会見の考察から認識できるトランプ政権の統治のあり方以外にも、重要な施策は存在する。第2期トランプ政権の冒頭から9ヵ月の成果と呼んでもよい。その実例を以下にあげよう。

 

 第1は不法入国者への対処である。

 トランプ大統領は選挙公約でも国境警備の強化とからめ、不法入国者への対応策を第1にあげていた。就任の第1日から国境警備の厳格化と不法入国者の本国送還の手続きを開始した。就任から1ヵ月間で不法入国者の1日平均の人数は2024年の約2900人から280人へと激減した。100分の1以下への減少だった。

 

 トランプ政権は同時に不法入国者のうちまず犯罪の嫌疑のある人間を拘留し、本国への送還を始めた。なにしろバイデン前政権の4年間に合計1100万人もが不正に入国していたのだ。不法入国者のなかにはベネズエラからの入国者の多くのように、自国で犯罪を犯し、刑務所で服役中だった男女もかなりの人数、含まれていた。

 

 第2は世界の多数の国家に対する関税の大幅引き上げである。

 周知のように日本への影響も重大だった。全世界から反発が起きたとさえいえよう。だがトランプ大統領の思考はアメリカの関税がこれまであまりに低く、他国に巨大な経済利益を与え、アメリカの製造業の空洞化を招いてきたから、このあたりでその逆転を図る、という基本である。

 この関税大幅引き上げ策に対してアメリカの内外から『アメリカ経済に大幅なインフレ上昇や不況を招く』という警告があった。だが関税引き上げ発表から7カ月ほど、インフレ上昇も不況も起きてはいない。トランプ大統領自身、その点を強調する。またアメリカの一般国民も自国政府が外国からの輸入品への関税を上げることが自分たちの経済生活に直接の影響を及ぼすという実感がないためか、草の根での反対はほとんどない。

 

 しかし民主党側では議員や学者がこの関税引き上げ策には反対する。正面からの阻止はできないため、裁判所を利用する場合が多い。地方裁判所、高等裁判所には民主党傾斜の判事も多く、関税引き上げを一時停止せよ、という判決を出した裁判所もすでにある。民主党側は不法入国者の本国送還に対しても裁判所への訴えという形で反対をぶつけている。

 

 だがこの司法への訴えでもトランプ政権は有利な立場にある。司法の最高府である最高裁判所は9人の判事のうち6人までが保守派とされるからだ。そのうちの3人はトランプ大統領自身による任命であり、全体としてトランプ政権の政策を全面否定するような裁定はいまの最高裁から出てこないだろうと観測されている。

 

 第3は『ロシア疑惑』の大逆転だった。

 トランプ大統領の一期目の冒頭、『トランプ陣営は大統領選挙でロシア政府と共謀し、米国有権者の票を不正に操作した』とする疑惑が提起された。民主党の糾弾に押される形で司法省は特別検察官を任命して捜査を始めた。議会では2回も、この疑惑を理由にトランプ大統領の辞任を求める弾劾案が提出された。

 

だがいずれも『共謀』の事実は出ず、『疑惑』自体に根拠がないことが証明された。下院本会議でもこの疑惑が虚偽だったと断定された。

ところが今年7月末、第2期トランプ政権はこの疑惑が実は民主党側のオバマ政権の捏造だったとする調査結果を公表したのだ。トランプ氏の一期目の当選が確定した2016年12月、時のオバマ政権のCIA(中央情報局)やFBI(連邦捜査局)の長官たちが共謀して疑惑をでっちあげていたことを示す大量の秘密文書を解禁したという発表だった。

 

トランプ政権のパム・ボンディ司法長官らは当時の政府情報機関の一線の工作員が一様に「ロシア政府がアメリカの選挙に介入し、トランプ氏を支援している事実はない」と報告していた資料を示して、オバマ大統領自身が虚構をでっちあげる工作を指示していた疑惑がある、とまで言明した。

 

この件もまた民主党側は否定しているが、今後はトランプ政権による刑事事件としての捜査が進むことは確実となった。トランプ政権はこの虚偽を事実のように報道し続け、ピューリッツア賞まで受賞したワシントン・ポストとニューヨーク・タイムズをも非難して、同賞の返上までも求めている。

 

第4はリベラル志向の機関への改変の措置である。

トランプ政権は諸外国への援助を担う米国国際開発庁(USAID)をほぼ解体した。これまでの外国への援助にはアメリカの国益へのプラスが不明確な資金が多いとする判断だった。政府や議会の資金で運営される公営メディアのVOAやアジア自由放送もアメリカの国益に反する発信内容が多すぎたとして大幅な縮小と、さらには解体に近い措置がとられた。いずれもリベラル的、グローバリズム的な思考への反発だった。

 

トランプ政権はさらにリベラル傾向の顕著な有名大学にも大胆な改革の手をつけた。筆頭は名門のハーバード大学だった。保守主義を嫌悪し、排除する同大学は中国人留学生を大量に受け入れ、イスラエルを糾弾してパレスチナを擁護するという政治傾向を顕著に保ってきた。コロンビア大学でも学内でパレスチナ支援、イスラエル糾弾の抗議集会が頻繁に起きて、同時にトランプ政権への非難も目立った。

 

トランプ政権はこうしたリベラル大学は外部の政治活動家の立ち入りまで許容しているとして、その実態の報告を求めた。大学側がそれを拒むと、同政権はこれら大学への連邦補助金の支給を打ち切るという強硬な対応に出た。教育や学問の世界でのこの種のリベラル志向の排除は当然ながら民主党、リベラル派の反発を受け、内外に『米国の分断』と映るだろう。だが政権を握るトランプ大統領は保守方向への是正や改革を成しとげる見通しは高い。

 

以上がトランプ政権下の米国の現状のワシントンからの報告である。わが日本にとっても示唆や教示に富む現況だといえよう。[終わり]

 

#この記事は日本戦略研究フォーラムの2025年10月刊行の季報に掲載された古森義久氏の論文の転載です。

 

トップ写真:移民活動家、ニューヨーク市移民裁判所で移民関税捜査局に対する抗議行動を実施 ニューヨーク・アメリカ 2025年9月18日

出典:Photo by Spencer Platt/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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