トランプ大統領はいま――ワシントン報告 その3 「反トランプ錯乱症」なのか

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・トランプ大統領は国内外の反対勢力に対して強硬な姿勢を示した。
・会見では、反米的な中国・ロシア・北朝鮮への批判や、民主党・主要メディアへの「フェイク・メディア」批判が繰り返された。
・トランプ政権は選挙で得た正統な権限のもと保守的改革を進めているが、民主党やリベラル派との激しい対立が今後も続くと見られる。
ホワイトハウスでのトランプ大統領とポーランド大統領との共同記者会見で浮かびあがったトランプ統治に関する特徴の第3番目を紹介する。
第3のこの会見での特徴は、トランプ大統領の反対勢力に対する敵対の激しさだった。国際、国内の両面での反トランプ派の攻撃は強く、トランプ氏のそれに対する反撃も猛烈なのだ。その結果、なお国際的にも国内的にも不安定にみえる局面は続いていく。ということである。
この記者会見が開かれた9月3日は中国政府が北京で挙行した『抗日戦争勝利記念日』の式典や軍事パレードの日でもあった。だから記者側からはトランプ大統領に対して『この式典に出ることを少しでも考えたか』という質問も出た。同大統領は即座に『まったく考えてもいなかった。その行事のことをすっかり忘れていたほどだ』と答えた。
北京でのこの式典は反米勢力の結集でもあった。中国、ロシア、北朝鮮というアメリカとは世界観、国際秩序観、さらには普遍的な価値観までを異にする国家群の代表の集まりだといえた。この式典での習近平国家主席など中国側の一連の言辞では中国が第二次世界大戦での軍国主義でファシズムの日本との闘争の主役だったという虚構が再三、喧伝された。
トランプ大統領はこれに対して今回の記者会見で『第二次大戦でアメリカが果たした役割への言及がほとんどないのは不公正だ』と語った。アメリカにとって中国、ロシア、北朝鮮はやはり敵対的な関係にある諸国なのだという基本を歴史への態度を通して、改めて確認する言明だった。
この点、トランプ大統領はふだん共産主義国や全体主義国へのイデオロギー面での非難はあまり口にしない。その寡黙を共産主義への融和のように受け取る向きもある。だが同大統領を支持する保守派層全般をみれば、中国の共産党独裁やロシアでの専制全体主義による民主主義の弾圧、個人の自由の抑圧への基本的な反発は自明の原理として頻繁に指摘されている。トランプ大統領自身もこの『民主主義の敵』との闘いは言わずもがなの責務として意識しているということだろう。
同時に欧州のリベラル派やグローバリスト勢力からのトランプ非難もなお猛烈である。その種のトランプ叩きの窓口になっているのはイギリスの高級紙とされてきたフィナンシャル・タイムズだといえる。この新聞は日本経済新聞に買収されたが、なお紙面づくりはイギリスの従来の編集陣が続けているようだ。そして連日のようにトランプ大統領の政策は無謀だとか不適だ、不当だという主張を掲載している。筆者はほとんどがイギリスでもリベラルとされる記者や評論家である。日本経済新聞にはこの種の主張が頻繁に転載される。トランプ大統領の国際的な敵の一端だといえる。
だがトランプ大統領へのアメリカ国内での敵意となると、もっとわかりやすい。子供っぽいほどの直截なのだ。
この会見でアメリカ人記者の一人が質問した。
『あなたが実は死んだのだというウワサが流れたのはご存知ですか』
大統領は皮肉っぽい笑いを浮かべて答えた。
『2日ほど公開の場に出なかったからか。私はこの通り、元気で健在だ』
このウワサは日ごろ反トランプのCNNとかMSNBCというテレビでも『そんな話もある』という程度とはいえ、報じられた。ネットの世界ではもっと広範に、事実めいて流布された。トランプ氏が毎日、必ず公開の場に出て、記者会見まで続けていたのに9月1日の『労働者の日』の休日の前後にまる2日以上、姿をみせなかったことを理由にこんな虚偽情報が流れたらしい。いずれにしても背景はトランプ大統領に対する『死んでほしいほど憎い人物』という感情だといえよう。
トランプ氏に対する民主党側の反発はものすごい。彼の施策はとにかくすべてに猛反対する。治安の悪い首都ワシントンにトランプ大統領が州兵を投入して警備に当たらせた。その結果、首都の犯罪が確実に激減した。だが民主党側は「首都の治安はそもそも悪くない」と頑強に主張して州兵投入に反対する。
しかし民主党側の悲劇の一つはいまの連邦議会が上下両院ともトランプ大統領に同調する共和党が多数を制していることだ。議会での法案も決議案もトランプ政権の意向を覆せないのだ。さらには昨年の大統領選挙で民主党候補が無惨な敗北を喫したという事実がある。オバマ大統領がかつて『選挙には結果がある』と明言したように民主主義の政治システムでは選挙の結果こそが最大の切り札となる。
トランプ大統領はこの会見のなかでも民主党側の「トランプ政策にはすべて反対」という傾向を指して『反トランプ錯乱症候群(TDS)』と評した。トランプ氏への憎しみや怒りが過剰になり、冷静な判断力を失って、なにがなんでもトランプ氏を叩くという傾向を指すわけだ。
同大統領はこの会見でアメリカの主要メディアの偏向をも再三、指摘した。民主党びいきのニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなどの具体名をあげて、『私の言動すべてをけなすフェイク・メディア』と断じた。
たしかにこの3大メディアの政治報道は私ももう通算30年ほどもみてきたが、民主党支援、共和党批判という基調はどうにも否定できない。客観性に欠けた偏向報道である。米側のそんな主要メディアの報道や論評に大幅に依存する日本の大手メディア、さらにはアメリカ専門家とされる学者や研究者の間でトランプ陣営の全体図をみずに、あらさがし的な負の面だけを拡大する傾向が生まれるのも一面、当然にみえる。
トランプ大統領が内政、外交の両面で保守主義に基づく画期的な施策を推進させていくことは選挙の結果、国民多数派の信託を得た統治者の権限、さらには責務でさえあるという民主主義の根幹だともいえる。だが異見を表明し、批判や反対をぶつけるという自由も民主主義の根幹である。
トランプ大統領は2期目の登場からまだ9ヵ月、すでに前任の民主党バイデン政権の政策のほぼすべてを逆転させる保守改革を達成しつつある。だがその過程でも、今後の展開でも民主党側、リベラル陣営からは激しい反対が絶えないことも確実である。その表面の対立をみて『アメリカの分断はさらに深まる』という考察をまとめることも間違いではない。ただし今のトランプ政権の施策を正面から止めてしまうだけの力はいまの民主党側にはない。この点は基本的な現実である。
9月3日の記者会見の豊富な内容からは以上のような総括ができるのだ。
(つづく)
#この記事は日本戦略研究フォーラムの2025年10月刊行の季報に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
トップ写真:ポーランドのカルロ・ナブロツキ大統領と記者会見をするトランプ大統領 ワシントンDC・アメリカ 2025年9月3日
出典:Photo by Alex Wong/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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