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.国際  投稿日:2026/3/29

自衛官・中国大使館侵入——謝罪しない高市政権と沈黙する防衛記者クラブ


執筆:清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【この記事で分かること】
・高市政権は現職自衛官による中国大使館侵入という重大な外交問題に対し、首相以下、防衛大臣、統合幕僚長にいたるまで正式謝罪を拒否し「遺憾の意」にとどめている。「遺憾」は外交上”regret”であり”apology”(謝罪)ではない。
・防衛記者クラブは今回の重大事案で防衛省への臨時会見要求すら行わなかった。昨年のT-4練習機墜落時には「搭乗員らしきもの」という表現一つで同日中に二度の臨時会見を開かせており、「報道の代表」を自称する組織としての落差は著しい。
・環球時報社説は「謝罪しない論理は理解に難くない。国内的には強硬なイメージを演出し、右派やポピュリスト的な感情に迎合し、高市政権の支持基盤を固めようとしている」と日本の急所を衝いた。このままでは日本の外交的信用は損なわれる。
3月24日、陸上自衛隊の幹部自衛官が在京中国大使館にナイフを所持して侵入し逮捕された。ウィーン条約上、在外公館の保護は接受国の義務であり、本来であれば即座に謝罪すべき事案だ。しかし高市政権は「遺憾の意」にとどめ、正式謝罪を拒んでいる。防衛・安全保障ジャーナリストの清谷信一氏が、沈黙する防衛記者クラブとともにその問題の本質に迫る。(Japan In-depth編集部)

防衛記者会は自衛官大使館侵入問題で謝罪しない高市内閣に忖度しているのか。
3月24日に陸上自衛官が中国大使館に侵入し、逮捕された事件は、ウィーン条約にある我在外公館の不可侵とその保護義務があることから我が国の失態である。しかも事件を起こしたのは現職の自衛官、しかも任官したばかりとはいえ幹部(将校)である。普通の国であれば政府として中国政府に対して即座に謝罪をすべきケースだ。だが高市政権はいまだ謝罪をしておらず、それに記者クラブが協力している可能性が高い。


高市政権が謝罪しない理由とは
 高市内閣は取材をかたくなに拒否している。木原稔官房長官は3月25日の記者会見で、遺憾の意を表明したがこれは謝罪とは言えない。同様に外務省、防衛省すなわち、防衛大臣、統合幕僚長、陸幕長の謝罪も行われていない。
 小泉進次郎防衛大臣は3月27日の定例会見までX(旧ツィッター)で多くの投稿を行ったがこの事件に関する投稿は一つもなかった。そしてその間に防衛省では緊急の記者会見も謝罪もなかった。同様に内倉浩昭統合幕僚長も3月27日の定例会見で「遺憾の意」を表明しただけだった。これは国際的な責務を果たさないという外交上でも大きな失点となるだろう。
 防衛省がこの件に関する会見を開いたり、謝罪を行えなかったのは首相官邸の意向ではないのか。高市早苗首相は謝罪をしたり、自分の過失を認めることを極端に嫌う。例えば国会質疑で「中国の戦艦」と発言して問題となった。現状どこの国も戦艦を保有していない。これは単なるいい間違いだったと訂正すればいい話だが、それを嫌って中国に戦艦があると閣議決定までしまった。これはネッシーや雪男が存在すると閣議決定するに等しい。
  筆者は24日の防衛省報道会見でこの件を質したが、報道官は即座に答えられなかった。後日回答するといわれたがこの原稿を書いている28日現在でまだ回答はない。本来閣議決定した内容であれば即座に回答ができるはずで、それができないのは防衛省も困惑しているからだろう。
同様に首相の「戦闘員に最後まで戦っていただく」という発言や、首相の米連連邦議会での職歴詐称疑惑にも答えられなかった。(報道官会見令和8年3月24日(火)16:32~16:42)
小泉防衛大臣が27日の定例会見まで臨時会見を行わなかった。その会見でも謝罪はなく「遺憾の意」を示しただけだった。


1点目が、自衛官が在京中国大使館の敷地内に侵入し逮捕された事案についてです。3月24日、陸上自衛隊えびの駐屯地に所属する陸上自衛官が、在京中国大使館の敷地内に侵入し、建造物侵入の容疑で逮捕されました。実力組織である自衛隊において、規律の維持は大変重要です。法と規律を遵守すべき自衛官が、在京中国大使館の敷地内に侵入し、建造物侵入の容疑で逮捕されたことは、誠に遺憾です。なお、公館警備については、警察において、関連施設の警戒警備の徹底の指示をするなど、所要の警備強化の措置を講じているものと承知しています。今回の事案については、現在、捜査機関による捜査が行われており、防衛省としては、これに全面的に協力しています。また、防衛省としても事実関係が明らかになり次第、厳正に対処してまいります。


「遺憾」は謝罪にならない——外交上の明確な違い
 「遺憾に存じます(いかんにぞんじます)」は、昭和41年(1966年)頃から国会答弁や政治家の会見で頻繁に使われるようになり、定型文として定着した。当時植木等が「遺憾に存じます」(作詞:青島幸雄)を歌って大ヒットした。
 「遺憾に存じます」という言葉は謝罪ではなく、「残念だ」「思い通りにいかない」という心境をフォーマルに表明する言葉であり、玉虫色の表現とも評されている。つまりは謝罪の言葉とは言えない。つまり日本国政府、防衛省、自衛隊も頭を下げる必要はないと公言しているのに等しい。
そしてこの会見で面妖なのは大臣のこの発言に対して、参加した防衛記者会(クラブ)からは何の質問も出なかったことだ。これだけ世間を騒がしている問題であり、しかも政府が謝罪していないという「異常事態」であり、記者が関心がないわけがなかろう。
 筆者が現場にいればなぜ総理、防衛大臣、陸幕長あたりが即座に謝罪しないのか?遺憾の意を表明しただけでは謝罪ではないのではないか?そのような外交的な礼節を欠く態度は冷え切った日中関係を更に悪化させるのではないか?とかあれこれ質問していたはずだ。何か質問してはいけない「大人の事情」でもあったのではないかと勘繰りたくなるのが人情だろう。


防衛記者クラブはなぜ動かなかったのか
 そして内局の報道室に確認したところ防衛記者会は防衛省に対してこの件に関して臨時会見を開くような要請もしていなかった。同様に陸幕広報室に対しても陸幕長の臨時会見を要求していなかった。陸幕は例によって記者クラブだけに事件のレクチャーは行っていた。
記者クラブは自分たちこそが報道の代表であると、他のメディアやフリーランスを排除して取材機会を独占している団体で主として新聞、テレビ、通信社などが会員である。
 この極めて重大な事件に対して、何日も「報道の代表」である防衛記者クラブは防衛省に対して会見を求めることなく、本日の防衛大臣定例会見までおとなしく待っていたというのはにわかに信じられない事態だ。


T-4事故では動いた記者クラブが今回沈黙した理由
 対して昨年5月16日にはT-4練習機墜落に関する臨時会見(令和7年5月16日(金)18:47~18:53)その後にさらに追加して会見が行われた。これは防衛記者クラブが中谷大臣に失言があったと詰め寄ったからだ。
 5月16日、T-4練習機墜落に関する防衛大臣の臨時記者会見で「搭乗員らしきものを発見し、収容した。損傷が相当激しい」との中谷大臣の発言が遺体の扱いをめぐって批判され、同日中に会見がやり直された。中谷大臣が「搭乗員らしきもの」と述べたのは、当時遺体かどうか確認が取れていなかったためと考えられる。
(参考:墜落事故の「搭乗員らしきもの」発言は謝罪したが…事実誤認は訂正しない防衛省の”二重基準” 東洋経済オンライン 2025/05/28
記者:(防衛大臣臨時記者会見 令和7年5月16日18:47~18:53)


それ、遺体ではないんですか。確認ですけれども、御遺体について、「もの」っていうのはちょっとおかしくないですか。


同日に再度臨時会見が行われるという異例な事態が起きた。(防衛大臣臨時記者会見 令和7年5月16日 20:12~20:20)


捜索活動を全力で続けている中、御家族のお気持ちに十分配慮した対応が何よりも大切であると考えており、かかる観点から、発見時の状況が過度にあからさまにならないように、搭乗員らしきものとの婉曲的な表現を使ったところでありますが、より分かりやすい表現として、体の一部という表現に修正をさせていただきます。また、先ほど御遺体と発言をいたしましたが、これは搭乗員と思われる体の一部が正しい表現でありまして、御遺体との表現は事実と異なるものでありまして、撤回をさせていただきます。


中谷大臣のこの発言に対して記者たちは「もの扱い」したと執拗に食い下がっている。そして中谷大臣は以下のように述べている。


会見をいたしまして、記者さんから色んな御指摘がありました。その点につきまして、改めて発言を振り返りですね、検討した結果ですね、より正確なですね、正しい表現に改めるべきではないかと考えまして、関係者とですね、相談の上ですね、今の表現に修正をするということにいたしました。
臨時の会見に、更に同日追加の会見を行ったのは記者クラブからの突き上げがあったからだということだ。


 だが記者クラブの記者たちの追及は率直に申し上げて筋違いだ。あえて誤解を恐れずにいえば揚げ足取りや、やくざの言いがかりの類である。その段階では発見されたものが搭乗員の遺体であると断言できなかったわけで、慎重を期して、遺族を慮った元自衛官でもある中谷大臣の発言であった。
 報道官も「搭乗員2名が行方不明」「搭乗員と思われる体の一部を発見及び収容」と説明しており、遺体と断定していなかった。防衛省が乗員2名の死亡を確認したのはその後22日だ。だから中谷氏は「搭乗員らしきもの」と発言したわけだ。これを乗員の一部だと断定して後で「違いました」、となったらそれは大問題だろう。それを「もの扱い」した「英霊に謝れ」と詰め寄るのは程度があまりも低すぎる。その程度の軍事や航空事故以前、常識がないのが記者クラブの記者ということだ。
 この程度で大騒ぎする防衛記者クラブが、今回の外交的にも極めて大きな問題ある中国大使館侵入事件では臨時会見の要求すらしていなかった。しかも官邸も防衛省も正式な謝罪を行っていない。防衛記者クラブはこれを「全く問題ない」と認識していたことになる。問題意識があれば防衛省に対して臨時会見を開くように要望をだしていたはずだ。
 記者クラブメディアはこの件では中国当局の発表をもとに記事を書いている。例えば朝日新聞の防衛省担当の小野太郎政治部記者は以下のような記事を書いている。(朝日新聞デジタル「中国大使館への自衛官侵入「遺憾」にとどめる日本対応に強まる批判」小野太郎 北京=小早川遥平 2026年3月28日 8時00分)


「法と規律を順守すべき自衛官が在京中国大使館の敷地内に侵入し、建造物侵入の容疑で逮捕されたことは誠に遺憾だ」。小泉進次郎防衛相は27日の記者会見で、初めて事件に言及した。
日本側は中国側の抗議を「申し入れ」としてとらえており、事件について「遺憾の意」を伝達。「法令に従って、再発防止を含め適切に対応していく旨を説明した」(木原稔官房長官)という。政府内では「大事になるような性質の事件ではない」(官邸幹部)と事件をことさら問題化させないようにする雰囲気が強い一方、中国の出方をはかりかねている。一部には「中国にとって良い政治カードとして使われる可能性がある」(防衛省幹部)との懸念も出ている。


記者クラブは国民の知る権利を守っているのか
 「遺憾の意」を示しただけの防衛大臣に質問することもなく、政府の言い訳、しかもあたかも中国が悪いかのような意見までを縷々述べている。そして最後には識者のコメントでお茶を濁している。言うまでもないが非は我が国にあって、その謝罪をしていないことを正当化するかのように受け取れる。これは世論操作ではないか。
 間接的なエビデンスを積み上げていけば、記者クラブが「忖度」をして自粛していたのではないか、との疑いも出てくる。政府、防衛省がなぜ謝罪しないのか?記者でなくとも不思議に思うことだろう。
そのような忖度はない、というのであれば、記者としての問題意識が欠落していると批判されても仕方あるまい。自分たちは報道機関の代表だとして、他の媒体やフリーランスを排除して会見その他の取材機会を独占しているのが記者クラブである。筆者らの働き掛けで防衛省ではフリーランスも一応参加できるようにはなっているが、参加のハードルが極めて高く実質上参加者はいない。
 いうまでもないが報道の使命は権力の監視にある。政権に忖度したり、記者としての資質に欠ける記者たちが、「報道の代表」を自称して取材機会を独占することは国民の知る権利を阻害している。むしろ「記者クラブ」は国民の知る権利から当局を守る防波堤の役割を果たしていないか。


環球時報が指摘した「謝罪しない本当の理由」
 謝れない高市政権に対して中国政府は批判を強めている。中国共産党系の「環球時報」は3月27日「日本が謝罪をしない理由は容易に理解できる。国内的には強硬なイメージを醸成し、右派やポピュリズムに迎合して高市政権の支持基盤を固めようとしている」と批判している。更に日本側がしていない事件の詳細まで小出しに公表している。(「日本は中国大使館侵入事件を何とか乗り切れるという幻想を抱くべきではない:環球時報社説」2026年3月27日 午前0時30分)このままでは我が国外交上の信用は損なわれる。それに政権を批判しない記者クラブが手を貸しているとなれば大問題だ。

【自衛官・中国大使館侵入問題を知るためのFAQ】
Q1. 自衛官はなぜ中国大使館に侵入したのか? 容疑者は陸上自衛隊少尉の村田航大氏。31センチのナイフを所持し、大使館職員の通勤時間帯を選んで壁を乗り越えて侵入した。中国外務省の発表によれば、長時間茂みに潜んでいたとされる。動機については捜査中であり、日本側からの公式説明は本稿執筆時点(3月28日)でまだ行われていない。
Q2. 「遺憾の意」は謝罪と異なるのか? 異なる。「遺憾」は「残念だ」という心境をフォーマルに表明する言葉であり、謝罪とは明確に別物だ。外交上も”regret”(遺憾)と”apology”(謝罪)は使い分けられており、中国外務省報道官の林剣氏も「遺憾の意の表明だけでは到底不十分」と明言している。
Q3. ウィーン条約上、日本はどのような義務を負っているのか? 外交関係に関するウィーン条約第22条は、外交公館の敷地の不可侵と、接受国による特別の保護義務を定めている。現職自衛官が当該義務を侵害した今回の事件は、日本政府として責任を問われる立場にある。
Q4. 防衛記者クラブはなぜ臨時会見を要求しなかったのか? 筆者が防衛省内局の報道室および陸幕広報室に確認したところ、防衛記者クラブは今回の件で臨時会見の要求を一切行っていなかった。昨年のT-4練習機事故では「搭乗員らしきもの」という表現一つで同日中に二度の臨時会見を開かせた実績との落差は著しく、政権への忖度なのか問題意識の欠如なのか、現時点では不明だ。
Q5. 中国側はこの問題をどう見ているのか? 環球時報は3月27日付社説で「東京が謝罪を拒んでいる論理は理解に難くない。国内的には強硬なイメージを演出し、右派やポピュリスト的な感情に迎合し、高市政権の中核的支持基盤を固めようとしている」と批判した。在日中国大使館は渡航警告を発令し、中国外務省は正式謝罪・徹底調査を日本側に求めている。


【引用URL】
小泉進次郎防衛大臣記者会見(令和8年3月27日)
防衛省報道官会見(令和8年3月24日)
外交関係に関するウィーン条約(外務省)
環球時報社説(2026年3月27日)

写真)天安門事件から32周年にあたるこの日、中国大使館前で抗議デモを警戒する警察官  2021年6月4日東京・港区(本文の内容とは関係ありません)
出典)Yuichi Yamazaki/Getty Images




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