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.政治  投稿日:2026/5/12

日本がロシアに外相会談提案?:原油獲得の狙い、各国とのあつれき生まぬか


執筆者:樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)

本稿のポイント

・日本がロシアに外相会談を提案しているという。ウクライナ戦争が未解決、対ロ制裁が継続中であるにもかかわらずだ。

・ロシア産原油を確保したい思惑ともいわれるが、先方は日本側の足元を見てか、制裁の解除を条件としてつきつけてきた。

・安易な対露接近は先方の術中にはまる恐れがあるばかりか、G7各国の結束を乱し、領土問題での日本の立場をも損なう。

 

鈴木宗男氏がゴールデンウィーク中に、モスクワで、ロシア外務省のルデンコ次官と会談し、ロシア側からASEAN関連外相会議に合わせた日ロ外相会談の提案が示された。日本政府は現時点で正式な接触予定を否定しているが、エネルギー問題や対ロ制裁の扱いを背景に、日ロ対話再開の可能性が浮上。対ロ接近がG7との協調や北方領土問題、さらに過去の天安門事件時の対中外交の教訓にどのような影響を及ぼすか、元産経新聞論説委員長の樫山幸夫氏が考察する。(Japan In-depth編集部)

 

 現時点で日本政府は否定

 ロシアにパイプがある鈴木宗男参院議員がGW中、モスクワでルデンコ外務次官と会談した際、先方から「日本が希望するなら外相会談の用意がある」と伝えられた。次官は7月にフィリピンで開かれるASEAN(東南アジア諸国連合)関連外相会議の機会を利用したいと具体的な提案をしてきたという。「反ロシア路線の放棄」は、これに関連してロシア外務省が発表した声明に盛り込まれている。

 こうした動きと前後して北海道新聞が、「4月に武藤顕駐ロシア大使とルデンコ次官が会談した際、日本側から日ロ会談を提案した」と報じた。
鈴木氏に対する先方の発言は、大使の申し入れに対する〝回答〟の可能性もあるが、木原稔官房長官は511日の記者会見で、「現時点では外相間の接触の予定はない」と否定。その一方で、「ロシアは重要な隣国であり、何がわが国の国益に資するかの観点から対応していく」とも述べ、肯定的なニュアンスもにじませた。 

 鈴木―ルデンコ会談:ロシア側は制裁解除を要請

 外相会談が実現した場合の議題については、予測の域を出ない。
日本側は、ウクライナ戦争の早期解決を呼びかける。そのうえで、ホルムズ海峡の実質封鎖による原油確保の困難解消に向け、サハリン2プロジェクトからの供給拡大などを要請するとみられる。
外務省幹部も「エネルギー問題は重要」と強調、こうした予測を裏付けている。ロシア側は、制裁の解除、緩和を最優先課題として取り上げてくるのは明らかだ。
 事実、外務省声明だけでなく、鈴木議員とルデンコ次官との会談の席でも先方は、制裁解除を明確に求めてきたという(鈴木氏周辺)。

 G7と協調:前例ない強い制裁とは

ウクライナ戦争が始まって以来、日本は、G7各国などとよく協調、可能な限りの制裁を断行、維持してきた。
岸田内閣時代、在京のロシア外交官8人を一挙に追放したのをはじめ、特定個人・団体の資産凍結、ロシアへの新規投資禁止、兵器関連機器、部品の輸出停止、航空機の領空通過禁止、船舶の入港拒否など、いずれもこれまでなかった強い措置だ。それだけに、日本がロシアとの関係改善に前のめりになればなるほど、ロシアを利することになる。G7はじめ各国がどうの反応するか。懸念材料だ。
 外相会談提案にとどまらず、経産省は、ロシア進出企業を支援するために5月末に担当者を派遣する方針という。経産省は、制裁の継続に変化がないことを強調、「日本企業の資産を守るため」と説明しているが、ロシア側と、なしくずしに協力が拡大する可能性も否定できまい。
 こうした日ロ対話の可能性は、重大な外交政策の変更であり、本来なら高市首相が3月に訪米した際、トランプ大統領に伝えるべきだったが、それが行われた形跡はない。日本のロシア専門家の中には、「まずウクライナと協議して了解をとるべきだ。それによって欧州各国の理解も容易に得られる。茂木外相らがキーウ訪問もすべきだが」など稚拙さを指摘する声もある。外務省幹部は、トランプ米大統領が258月にアラスカで会談したこと、マクロン仏大統領がロシアとの対話の必要性を強調したことなどに言及、日本がロシアと対話を持つことは問題がないとしている。
 しかし、米ロ首脳会談もマクロン発言も、ウクライナ戦争の調停が目的であって、制裁解除の前提条件の中で石油めあてに外相会談を行うのとは状況が異なる。日本側が自ら外相会談を提案したからには十分な成算があってのことだろう。さもなければ、先方に成果だけをつまみぐいされ、各国からの風当たりが強まる事態も予想される。

 領土問題はどうする?:シンガポール合意

 日ロ対話が復活した場合、両国間の最大懸案、北方領土の返還問題への影響も気になるところだ。

領土問題は、2018年に安倍晋三首相(当時)とプーチン大統領が、歯舞、色丹2島の「引き渡し」が明記された1956(昭和31)年の日ソ共同宣言を交渉の基礎とすることで一致(シンガポール合意)した。日本が従来めざしていた国後、択捉を含む4島一括返還は困難と見た安倍政権が、2島先行返還へと政策変更した結果だったが、ロシア側はその後、態度を変え、再び返還拒否の姿勢に転じた。安易に「2島」で合意した日本側の大きな失策だったが、岸田、石破、さらには高市現政権も、この路線を維持している。
 ウクライナ戦争・制裁による日ロ関係の冷却化は、シンガポール合意を見直す絶好のチャンスだった。対話が復活しても、領土問題に手つかずというのでは、ロシア側はいっそう与しやすしとみてくるだろう。高市首相は、外相会談の可能性について何らコメントしていないが、毅然とした対応が求められよう。

■〝弱い環〟の二の舞避けよ:日本に求められる対応

 制裁の実施・維持か、解除・緩和かといった構図を見るにつけ、想起されるのは1989(平成元)年の天安門事件だ。
西側各国が事件直後から強い姿勢を見せたのに対して、日本は中国を孤立させるべきではないとして制裁には慎重な対応を崩さなかった。翌年には早くも海部俊樹首相(当時)が訪中、中国は西側各国による包囲網を免れた。

 中国は1992(平成4)年の天皇訪中を、日本の対中批判を和らげるために「政治利用」したことはいまでは明らかになっている。当時中国の外相だった銭其琛氏はその回想録で、「日本は西側の対中包囲網のなかで最も弱い環だった。それが突破口となった」と振り返っている。 
「弱い環」の二の舞を対ロ協調の場で演じ、侵略国を利することがあってはなるまい。

■ よくある質問(FAQ)

Q1. ASEAN関連外相会議とは?
A:ASEAN(東南アジア諸国連合)が主催する国際会議で、加盟国以外にも日本、アメリカ、中国、ロシアなどが参加し、外交・安全保障など様々な問題を協議する場です。

Q2. サハリン2プロジェクトとは?
A:サハリン島北東部沿岸で進められている液化天然ガス(LNG)・石油などの資源開発事業です。三井物産、三菱商事などの日本企業も出資しており、日本のエネルギー安全保障上、重要な供給源とされています。

Q3. シンガポール合意とは?
A:2018年に安倍晋三首相(当時)とウラジーミル・プーチン大統領が、1956年の日ソ共同宣言を基礎に北方領土交渉を進めることで一致した日ロ間の合意を指します。首脳会談の開催場所がシンガポールだったことから、「シンガポール合意」と呼ばれるようになりました。

Q4. 「弱い環」とはどういう意味?
A:システムや集団の中で、最も圧力に屈しやすい部分を意味する表現です。記事では、中国の元外相・銭其琛氏が、日本を西側対中包囲網の「最も弱い環」と回想したことを引用しています。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

 

トップ写真)対独戦勝記念日を祝賀するプーチン大統領

出典)Contributor by Getty Images

 




この記事を書いた人
樫山幸夫ジャーナリスト/元産経新聞論説委員長

昭和49年、産経新聞社入社。社会部、政治部などを経てワシントン特派員、同支局長。東京本社、大阪本社編集長、監査役などを歴任。

樫山幸夫

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