DAZNはいかにして104試合、6,700万人を熱狂させたのか──W杯で起きたスポーツメディア「地上波 vs デジタル」の終焉
執筆:松永裕司(Forbes Official Columnist)
■本稿のポイント
・2026年FIFAワールドカップ北中米大会で、OTTサービスDAZNは全104試合ライブ配信を実現し、総視聴数4億5,000万回、延べ6,700万人という記録を樹立した。
・地上波テレビとDAZNの無料配信の連動、有料配信への誘導という「地上波 vs デジタル」の対立を解体するハイブリッド戦略が、日本のスポーツメディアの新たな最適解として機能した。
・イマーシブビュー等のパーソナライズ視聴体験、全国1,000か所以上のパブリックビューイング、そして新規加入者の30%がプロ野球も視聴するというデータは、W杯を「入口」としたスポーツエコシステム構築の成功を示している。
2026年FIFAワールドカップ北中米大会で、OTTサービスDAZNが全104試合ライブ配信を実現し、総視聴数4億5,000万回・延べ6,700万人を記録した。Forbes Official Columnistの松永裕司氏は、地上波との共創によるファンネル最大化、テクノロジーが拡張するパーソナライズ視聴、OMO戦略による街への熱狂拡張、そしてW杯を「入口」としたスポーツエコシステム完成という4つの視点から、日本のメディア構造に変革をもたらす次世代スポーツメディアの理想形を読み解く。(Japan In-depth編集部)
2026年FIFAワールドカップ北中米大会は国際サッカー連盟と米トランプ大統領との癒着疑惑が散見されながら、経済的には成功裏に無事終了。その熱狂は、日本においても成功を収めたようだ。
OTTサービスDAZNによるW杯全104試合のライブ配信という挑戦は、大会全体の総視聴数4億5,000万回、延べ6,700万人という数字を記録した。
しかし、その真の成果は、トラフィック数や独占配信による囲い込みではない。DAZNが発表した総括レポートを紐解くと、W杯を通じ実現したメディア戦略の最適解と、今後のエンターテインメント・ビジネスに対する重要な示唆が見えて来る。
◆「地上波 vs デジタル」の終焉、共創によるファンネルの最大化
日本では大型スポーツイベントにおける放映権ビジネスは「地上波テレビ局か、巨大資本のデジタルプラットフォーマーか」というゼロサムゲームの文脈で語られてきた。スポーツ庁でさえも、いまだにその呪縛に囚われたままだ。OTTによる完全独占配信は、既存のファン層からの反発を招きやすく、逆に地上波のみでは、大会規模の拡大に伴う全試合の網羅や、多様な視聴スタイルへの対応に限界があった。
今回、DAZNの戦略は、この対立構造を解体。全104試合のライブ配信インフラを構築する一方で、日本戦や決勝などの国民的関心が高いカードを無料配信として開放。
これにより、地上波テレビ放送とDAZNの無料配信が連動、圧倒的な「面」でマス層にリーチするマーケティングファンネルを形成。その受け皿として、全試合を余すところなく網羅する有料配信を据えた。地上波とOTTがそれぞれの強みを活かし、互いを補完し合うことで、幅広いリーチと深いエンゲージメントを同時に実現したわけだ。
ハイブリッド戦略は、すでにアメリカ市場などですでに市民権を得ていた。年齢構成も高齢者は地上波、若年層はOTTという棲み分けが鮮明になっている。だが、なぜか日本ではこのハイブリッド戦略が定着しなかった。それが今回、分断のない熱狂を届けるための最適解として受け止められたようだ。
◆「日本戦だけ」からの脱却──成熟する日本のスポーツ市場と事業の安定化
視聴データの中で、スポーツビジネス界が注目すべきは「日本戦以外の視聴が全体の80%を占めた」という事実だ。
日本のW杯における熱狂の多くは、日本代表の勝敗に一喜一憂するナショナリズムの消費に大きく依存していた。日本が敗退した途端、世間の関心が急速に冷え、メディアの扱いも縮小する光景を、我々は何度も目にしてきた。ビジネスの観点からすれば、日本の成績によりトラフィックや収益が乱高下する状態は、極めてリスクが高い。
しかし、DAZNデータは、日本代表の敗退後も決勝トーナメントを中心に高い視聴者数が維持された事実を示している。日本の視聴者が「日本戦を見る」から「世界最高峰のW杯を楽しむ」フェーズへと進化、市場の成熟が推し進められたように映る。
◆テクノロジーが拡張する「視る」体験のパーソナライゼーション
全試合配信…DAZNもまた、単に映像を届ける受動的メディアから、視聴体験を能動的に拡張する「データテインメント」のプラットフォームへと自らを進化させたように見える。
シュートの初速、選手の最高時速、パスの軌道をリアルタイムでグラフィック化する「Party Live」機能、複数のカメラアングルを自由に切り替えられるマルチアングル視聴、そしてピッチ上にいるかのように3D自由視点でプレーを追体験できる「イマーシブビュー」…これらの次世代スポーツ視聴体験は、長らく理想とされて来たが、テクノロジーの力でやっとアップグレードがなされたようだ。
興味深いのは、イマーシブビューに対するアクセスが、決勝のスペイン対アルゼンチン戦でトップを記録した点。コアなサッカーファンは戦術分析のためにデータを活用、ライト層はゲーム感覚の新体験として3D視点を楽しむ。同じ試合であっても、ユーザー一人ひとりが自身のモチベーションに合わせ視聴体験をパーソナライズできる時代の到来を意味する。こうした付加価値の提供こそが、サブスクリプションモデルにおける価格優位性の源泉だろう。
◆「孤立するデジタル」から「街へ溢れ出す熱狂」へ(OMO戦略の真髄)
デジタルプラットフォームの弱点は、しばしば「体験が個人のデバイス内に閉じてしまうこと」にある。しかしDAZNは、オンラインの熱狂をオフラインへと還流させる大胆なOMO(Online Merges with Offline)戦略を実行した。
全国1,000か所以上でのパブリックビューイングの実施や「DAZN for Business」を活用した飲食店・商業施設での視聴機会の創出だ。これにより、20万人以上がリアルな場で歓喜を分かち合った。さらに、人口比率における視聴者数トップ5の都道府県が、決して大都市圏だけに偏らず、北海道から沖縄まで全国規模で熱狂が広がっていたことを示すヒートマップのデータは、中継の民主化に成功した証左である。
また、SNSプラットフォーム上における関連動画の総再生回数は18.4億回を突破。公式によるハイライト発信だけでなく、人気クリエイターやインフルエンサーとの連携により、ユーザー自身が熱狂の発信者となるUGCの連鎖を生み出した。個人のスマートフォンから、リビングのテレビ(視聴の41%を占有)、そして街の飲食店へ。DAZNは画面の中のコンテンツを、社会現象という空間へと拡張した。
◆「W杯特需」で終わらせないエコシステムの完成
メガスポーツイベントの配信において、プラットフォームが最も恐れるべきは、大会終了後に訪れる「解約の波」だ。莫大な顧客獲得コストをかけ、集めたユーザーを、いかにしてプラットフォーム内に留め、LTV(顧客生涯価値)を高めるか。ここにビジネスの勝敗がかかっている。
DAZNの総括レポートによれば、大会を機にDAZNの利用者は約5倍に激増したという。そして極めて重要なインサイトとして「新規加入者の30%がプロ野球も視聴した」というデータが示されている。これは、W杯という圧倒的なキラーコンテンツを「入口」とし、ユーザーの興味関心をサッカー以外のスポーツへとシームレスに横展開させることに成功していることを意味する。
「FIFAワールドカップは、我々にとってゴールではなく、スポーツのある毎日への新たなスタートです」
DAZN Japanの笹本裕CEOは、そう総括コメントを残した。この言葉が示す通り、真の目的は、4年に1度の祭典で瞬間最大風速を記録することではない。Jリーグ、欧州リーグ、プロ野球、そしてモータースポーツなど、あらゆるスポーツを網羅する強靭なプラットフォームでエコシステムを完成させ「スポーツのある日常」を根付かせることだ。
地上波との巧みな協調戦略、テクノロジーによる視聴体験の深化、リアルとデジタルを融合させたコミュニティの創出、そして多様なコンテンツ群による顧客の定着化…これらは分断化が進む現代のメディアビジネスにおいて、いかにしてマス・オーディエンスの心を掴み、持続可能なビジネスモデルを構築するかという次世代メディアの理想形だ。
2016年、DAZNが日本に上陸。2017年からJリーグと10年間総額約2,100億円の独占配信契約を締結。「黒船襲来」と揶揄された。Jリーグとの契約はその後、2023年から33年まで11年間を約2395億円で更改。DAZNは上陸から10年の時を経て、日本のメディア構造に本当の変革をもたらすのかもしれない。
【よくある質問(FAQ)】
Q1. OTT(Over The Top)サービスとは何か?
A.インターネット回線を経由して、動画や音声などのコンテンツを配信するサービスの総称。従来のテレビ放送(地上波・衛星)やケーブルテレビとは異なり、専用の伝送インフラを持たず、既存のインターネット上でサービスを提供する形態を指す。DAZN、Netflix、Disney+、Amazon Prime Videoなどが代表例。スマートフォン、タブレット、スマートテレビ、PCなど多様なデバイスで視聴できる特徴を持つ。
Q2. DAZNとはどんな企業か?
A.2016年にイギリスで設立されたスポーツ専門のOTT動画配信サービス。運営会社は英国ロンドンに本社を置くDAZN Group。「スポーツ界のNetflix」とも呼ばれ、サッカー、野球、モータースポーツ、格闘技など幅広いスポーツコンテンツを月額サブスクリプション制で配信している。日本には2016年に上陸し、2017年からJリーグと大型独占配信契約を締結した。
Q3. マーケティングファンネルとは何か?
A.消費者が商品やサービスを認知してから購入・利用に至るまでの過程を、じょうご(ファンネル)の形に見立てたマーケティング概念。最上部の「認知」段階では幅広い層に情報を届け、「興味・関心」「比較検討」「購入」と下に進むにつれて対象が絞り込まれていく。本稿では、無料配信でマス層にリーチし、有料配信で全試合を提供するというDAZNの二段構えの戦略が「マーケティングファンネルの最大化」として説明されている。
Q4. OMO(Online Merges with Offline)戦略とは何か?
A.オンライン(デジタル)とオフライン(リアル)を融合させたマーケティング戦略。従来の「O2O(Online to Offline)」がオンラインからオフラインへの一方向的な誘導を指すのに対し、OMOは両者の境界を溶かし、シームレスな顧客体験を提供する考え方。2017年頃に中国のIT業界から広まり、小売・飲食・エンターテインメントなど幅広い分野で採用されている。本稿ではパブリックビューイングや飲食店での視聴機会の創出が具体例として挙げられている。
Q5. LTV(顧客生涯価値)とは何か?
A.Life Time Value(ライフタイムバリュー)の略。1人の顧客が、取引開始から終了までの期間全体にわたって企業にもたらす利益の総額を指す。サブスクリプション型ビジネスでは、新規顧客獲得コスト(CAC)に対してLTVをどれだけ高められるかが収益性の鍵となる。本稿では、W杯を機に加入した新規会員をいかにプラットフォーム内に留め、他のスポーツコンテンツへ横展開させるかというDAZNの戦略が、LTV最大化の視点から論じられている。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
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本連載は、スポーツを切り口に、ビジネスやテクノロジー、社会構造の変化を読み解く松永裕司によるコラムです。個別の競技やイベントを超えて読み進めることで、現代社会におけるスポーツの意味と役割を立体的に理解することができます。
トップ写真:FIFAクラブワールドカップ2025のチェルシー対ロサンゼルスFC戦で、ピッチ脇のLEDボードに映し出されたDAZNの広告 2025年6月16日、米ジョージア州アトランタ
出典:Photo by Robbie Jay Barratt – AMA/Getty Images
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この記事を書いた人
松永裕司Forbes Official Columnist
NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 「あらたにす」担当/東京マラソン事務局初代広報ディレクター/「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。
出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。1990年代をニューヨークで、2000年代初頭までアトランタで過ごし帰国。

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