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.国際  投稿日:2014/9/24

[岡部伸]【森元首相、日露のキーパーソン】~独自ルートで北方領土交渉加速へ~「岡部伸(のぶる)の地球読解」


岡部伸(産経新聞編集委員)

執筆記事

ウクライナ危機という乱気流に巻き込まれ、暗礁に乗り上げていた日露関係が再び動き出した。この背景には独自ルートでプーチン大統領との会談にこぎつけ、安倍晋三首相の親書を手渡した森喜朗元総理の訪露があったことは間違いない。

安倍首相が60回目の誕生日を迎えた21日、両首脳は電話会談したが、ロシア通信によると、ロシア大統領府は、露日関係の重要な問題について協議したほか、ウクライナ情勢を含む切迫した国際問題についても意見交換したことを明らかにした。さらにプーチン大統領は、安倍首相が60歳の誕生日を迎えたことを受け温かく祝福すると共に、両首脳は、様々なレベルにおける2国間のコンタクトを今後も継続することで合意したと発表した。ロシア大統領府が日露首脳の「個人的信頼関係」を基軸に対話の再開を積極的に評価したことは間違いない。

さらに、その電話会談で安倍首相が11月に北京で開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)での首脳会談を提案したことをロシア国営放送「ロシアの声」は22日、NHK放送を引用して伝えた。「ロシアの声」は、菅官官房長官が22日の記者会見で、「両首脳は、日露の間で対話を継続していくことは大事だということで一致した」と語ったことを報じ、安倍首相が、「日露の間ではいまだに平和条約が締結されていない。平和条約を結ぶことは日本にとっても国益で、その意味で首脳間の対話は必須であり、そういう観点からも検討を進め、国益にかなう形で判断していきたい」と語ったことも伝えた。

ロシア国営放送「ロシアの声」が安倍首相のAPECでの首脳会談提案を報じることはクレムリンが安倍首相の提案を前向きに受け止め、日本との関係維持に意欲を持っているからだ。もちろんプーチン大統領が日露首脳会談に積極的であることはいうまでもない。来春にも予定されるプーチン大統領訪日に向けて停滞していた日露首脳の対話プロセスが再開されることになった。

悪化していた日露関係を軌道修正させたのは、9月初旬に「日本・ロシアフォーラム」出席のためロシアを訪問した森元首相だった。ペスコフロシア大統領府報道官がロシア新聞に語ったところによると、は、10日、プーチン大統領が森元首相をクレムリンで迎え、非公式会談を行った。会談では、森元首相が安倍首相の親書を手渡した。

産経新聞が伝えたところでは、森氏によると、プーチン氏は会談の席で親書を読み、「日本との対話はこれからも続けていかなくてはならない」と発言、「安倍氏によろしく伝えてほしい」との旨を森氏に重ねて述べた。日露両政府が合意している今秋のプーチン氏の訪日については議題とならなかったが、プーチン氏は安倍氏との定期的な会談など、日露間の対話継続に意欲を示したという。

21日の電話会談が実現し、APECで首脳会談再開を協議したのは、この森元首相とプーチン大統領との会談が地ならしとなったことはいうまでもない。森元首相のプーチン大統領との「特別な関係」が中座していた日露首脳の対話を再開させたと言ってもいいだろう。

元外務省主任分析官の佐藤優氏によると、森元首相は外務省に頼らず独自ルートで大統領との会談にこぎつけたという。ロシアのチェリャビンスクで8月に開催された柔道政界選手権で、全日本柔道連盟の山下泰裕副会長がプーチン氏に、「森元首相がモスクワを訪れます」と伝えると、プーチン氏は、「ヨシが来るのか。俺は聞いていない。安倍首相は(ウクライナ問題で)ロシアに対してずいぶん厳しいことを言うが、森さんが来るなら、日本が何を考えているのか直接聞いてみたい」と答えたという。

この話を伝え聞いた森元首相は、外務省からモスクワの日本大使館を通じてロシア外務省への外交ルートとは異なり、アファナシェフロシア駐日大使と接触して会談要請を行ったという。日本外務省に頼らず、信頼できる独自のルートとして駐日大使を開拓したといっていい。駐日大使は外務省のみならずロシア大統領府にも直接、公電(公務に用いる電報)を打つ権限を持っているという。

独自にプーチン大統領との会談の道を切り開いた森元首相は、今後、プーチン大統領の訪日と北方領土交渉において鍵を握ることは間違いない。ロシア側もプーチン大統領の個人的関係を持つ森元首相が日露のキーパースンになると見ている。ロシア新聞は、ウシャコフ大統領補佐官が、プーチン大統領と森元首相の交流は15年以上になると強調し、「両国の相互活動の問題について、(2人の交流は)非公式かつ率直に話し合うための優れたチャンネルだと思う」と語ったと伝えている。

安倍首相が外交の最重要課題に挙げる日露関係は、首脳会談を5回も重ね、ウクライナ危機が発生するまで順調に進んでいた。今年2月ソチでの首脳会談ではプーチン大統領の今秋の訪日で合意。プーチン大統領訪日に向けて懸案の北方領土交渉を加速化させ、経済や安全保障の分野でも協力を進めることでも一致した。

しかし、その思惑もウクライナ危機の発生で暗転した。「ロシアのクリミアの一方的な編入は力による領土の変更で容認できない」として日本はG7(先進7カ国)の一員としてロシア非難の姿勢に転じ、岸田外相の訪露や経済ミッションも延期し、対露制裁に加わった。ただし、公的な経済制裁はなく、強硬な米国とは一歩も二歩も引いた制歳だったのは安倍政権として何とか日露関係を維持したいと苦慮したためだった。

ところがG7としてアメリカ主導の追加制裁に日本が加わったことでロシアは態度を硬化させ、8月、日露次官級協議の延期を発表、特定の日本人に対して入国を制限する「報復制裁」を発動するなど関係悪化は決定的だった。

 

 

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【執筆者紹介・岡部伸(おかべ のぶる)】

27831959年生まれ。立教大学社会学部を卒業後、産経新聞社に入社。社会部で警視庁、国税庁などを担当。
米デューク大学、コロンビア大学国際関係大学院東アジア研究所に留学。外信部を経てモスクワ支局長。
社会部次長、大阪本社編集局編集委員などを経て編集局編集委員。著書『消えたヤルタ密約緊急電―情報士官・小野寺信の孤独な戦い』で第22回山本七平賞授賞。
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