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.国際  投稿日:2015/1/27

[岩田太郎]【米国式自己責任論に陥るな】~イスラム国人質事件・ 迷惑はお互い様の精神を~


岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

イスラム国に人質に取られた米国人の家族に対する米政府の対応が、場当たり的で、冷酷だとの批判を浴びている。

デニス・マクドノー大統領首席補佐官(45)は1月25日、米ABCの日曜政治討論番組に出演した際、ヘマをやらかした。現在もイスラム国に捕えられており、600万ドルの身代金が要求されている26歳の戦争孤児支援活動家の米国人女性の名前を秘匿する米政府の方針を忘れ、全世界の前でしゃべってしまったのである。

「ケ○○さんのご家族は、オバマ大統領が解決に強い意志で臨んでいることをご存じだ」。

この人質への注目を避け、イスラム国を刺激しない方針だったが、日本人の湯川遥菜さん(42)が殺害されたことを受け、米政府の「交渉しない、身代金を支払わない」方針を必死で弁解する最中の失言だった。米高官の自己弁明のため、彼女の命は、近い将来危機にさらされる可能性がある。

米政府がテロリストに身代金を支払わない方針により、すでに昨年、3人の米国人男性がイスラム国によって斬首されている。ジム・フォーリー氏(享年40、フォトジャーナリスト)、スティーブン・ソトロフ氏(享年31、ジャーナリスト)、ピーター・カッシグ氏(享年26、人道支援活動家)である。

フォーリー氏の遺族は、米政府への憤りを隠せない。米国家安全保障会議(NSC)の高官が、「もしフォーリー氏の100万ドルの身代金を支払えば、テロリストに資金提供をしたテロ幇助の罪に問う」と3回も脅迫したからだ。

母のダイアンさんは、「起訴すると脅されて、驚愕した。息子を救うためなら、どんなことでもしなければならなかった」という。

オバマ政権も手をこまねいていたわけではない。米国には訓練された特殊部隊があり、実際に昨夏フォーリー氏の救出作戦が実行されたが、イスラム国支配領域の米諜報網が弱く、失敗した。

米・イスラエル二重国籍だったソトロフ氏は、後藤健二氏(47)同様、米国が支援するシリアの反政府派によってイスラム国に売られた。遺族は、「米政府は息子の拘禁中、全くサポートしてくれなかった。片時も、援助してくれると思わなかった」と語っている。

人質の家族にとって辛いのは、人質の命より政府内の主導権争いが優先されることだ。米政府内では、どの部署が家族の交渉窓口か、どのような方針でテロリストと交渉するか、意見の統一が取れていない。ホワイトハウス、NSC、国務省は身代金支払いに反対し、起訴を担当する司法省とFBI(連邦捜査局)は、支払っても起訴しないとの立場だ。

特筆すべきは、FBIの柔軟さだ。FBIは2002年、フィリピンでアルカイダ系テロ組織アブサヤフに誘拐された米宣教師2名の釈放に30万ドルを調達した。アブサヤフがどのような経路でドル札を使うかを追跡するためだ。原則論や「自己責任」で片付けず、人質家族の立場を尊重した対応の前例だ。

折しも日本では、自己責任論の是非を巡る議論が白熱している。たとえ湯川氏のようにリスクを承知の上で危険地域に入っていった愚かな人でも、国民と政府は救出をはばかることがあってはならない。間違いを犯した者も包摂し守ることが、同じ祖先を分かつ共同体の存続には不可欠だ。

もし無関心なら、日本そのものが崩壊する。迷惑を掛けたり、掛けられたりはお互い様だからである。我々は戦後、軍部指導者の誤りの尻拭いを強いられた。バブル崩壊後は、判断を間違った銀行重役や投機で儲けた者の失敗の償いをした。彼らに「自己責任だ」と言って、すべての責任を負わせたか。いやでも連帯責任だ。

米国式の自己責任論は、権力のある政治家や企業家の免責と、力のない者があくまでも責任を取らされる片務性が表裏になっている。慈悲のないイスラム国にそれを見透かされ、「日本人は無慈悲だ」と言わせてはならない。


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