[大野元裕]【後藤さん解放へ拡がる選択肢】~イスラム国人質事件・新たなパイプの可能性~
大野元裕(参議院議員)
24日深夜、官房長官が、シリアで人質になっていた湯川さんが殺害され、今一人の人質である後藤さんの音声で、解放条件としてヨルダンで拘束されているサージダ・アル=リシャーウィの釈放が求められたとの報道があった。
このサージダは、2005年のヨルダンにおける連続ホテル自爆テロ事件の犯行により死刑囚となっているとされる。100名以上の死傷者を出したこのテロがヨルダン国民にもたらした衝撃は大きく、これを機に主要なホテルの前にバリケード・ブロックが設置される等のセキュリティ上の措置が講じられ、アンマン市民はテロの恐怖に怯えることとなった。
これに対し国王は、犯人に必ず法の裁きを受けさせるとし、自爆に失敗して拘束されたサージダをテレビに登場させて、テロの概要等について「自白」させた。つまり、犯行グループは政府のコントロールの下に制圧されたことを演出したのであった。
サージダの弟は、イスラーム国の前身であるザルカーウィ・グループの幹部であったムバーラク・アル=リシャーウィで、米軍の空爆により殺害され、また夫は連続ホテル自爆テロ事件の犯人として自爆している。彼女はイスラーム国と強固な結びつきを有し、ヨルダン政府側の演出も手伝って、テロと恐怖の象徴となっており、イスラーム国にとっては価値ある人物と言えよう。
このように考えると、「法の裁きを受けさせる」としたサージダの解放のハードルは極めて高い。また、昨年末にイスラーム国に囚われたヨルダン空軍パイロットを差し置き、日本人解放のために、恐怖をまき散らしたテロリストを野に放ち、イスラーム国に接するヨルダンの治安状況に不安を招くのか、との議論もあろう。
その一方で、内政が必ずしも安定せず、且つ産油国ではないが油価下落の影響を受けて経済が悪化すると共に、シリア難民流入によりヨルダンの経済と雇用が危機的な状況にある中、日本に恩を売れば、経済支援に結び付くのではないかとの思惑があっても不思議ではない。日本政府にとっては、解決に向けた選択肢が拡大したと言えよう。
その一方で日本政府には、慎重さが求められる。ヨルダンとのパイプは重要だが、ヨルダン政府の判断にすべてを委ねることはできない。後藤さん救出に向けて時間的猶予ができたのであるから、ヨルダン政府ルート以外にも、72時間と限られた中で模索したパイプの内、真に信頼できるルートを選択し、関係を太くする必要がある。
ヨルダン政府にとり、連続ホテル自爆テロ事件と、その犯人であるサージダ死刑囚の扱いは極めて機微である。かりに人質交換のラインでイスラーム国と交渉を進めるとしても、交渉するということはサージダの解放を前提とすることを意味する以上、ヨルダン政府と緊密に連携を図らなければ、ヨルダン政府を国民からの批判にさらし、結果としてこのルートを閉ざしてしまうことになりかねない。
さらに、サージダの解放を行うとしても、その引き換えに後藤さんが返される保証を得るためにも、サージダに圧力を行使できるルートも模索すべきである。彼女の名前、サージダはサッダーム・フセイン夫人の名前であり、サッダームが権力を確立する初期の1970年という早い時点でこの名前を付けられたということは、家族はバアス党に近いことが予想され、旧バアス党グループから周辺情報を取ることは有益かもしれない。
また、リシャーウィはフマイド部族を構成する氏族と想定されるが、この部族・氏族への接触も有益かもしれない。このように考えると、新たな展開が選択肢こそ広げたとは言え、後藤さんの救出に一歩踏み出したとまでは言えない中、慎重な対応も求められる。