[岩田太郎]【TPPもどきの自由貿易協定を支持?】~もやもや「ピケティ」の疑問点 1~
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岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
発売以来、固い内容の学術書としては異例の13万部突破を記録した『21世紀の資本』の著者、トマ・ピケティ(43)は、資本主義が生み出しがちな経済格差を是正し、民主主義を守り育てよと説く。だが、1月29日に来日予定のパリ経済学校のピケティ教授の発言を分析すると、本当に彼が民主主義を擁護したいのか疑問が浮かぶ。
結論から先に言うと、ピケティ教授の主張の核心は、有名な「r>g(資本収益率>経済成長率)」でも、経済格差是正でも民主主義でもなく、グローバル化の改革と推進にある。彼は、グローバル化の改革派の伝道師だ。
これから3回にわたり、あまり報道されていない格差以外の問題に対するピケティ教授の考え方を紹介し、その主張の矛盾点を浮き彫りにして、彼にまつわる「もやもや感」の正体に迫る。
ピケティ教授は経済格差を縮小するため、富裕層に累進的な所得課税を行うことを提言している。だが、一国の税制改革のみでは効果が不十分だ。好例は、現フランス社会党政権が高額所得者の最大所得税率を75%まで引き上げた後、同国の世界的俳優ジェラール・ドパルデュー氏(65)が2013年に、低税率のロシアに「税逃れ亡命」をした出来事だ。(ピケティ教授は仏税制改革を『税率の行き過ぎと、方法論の誤りから大災害をもたらした』と批判しており、事実、あまりの不評にこの制度は2月1日付で廃止される。
そこでピケティ教授は政府間協力による富裕層課税の捕捉率向上を訴えるのだが、その国際課税協力の執行機関としてピケティ氏が構想するのが、驚くなかれ、TPP(環太平洋経済連携協定)の欧州版TTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ、略称の読み方は『ティー・ティップ』)なのである。
グローバル化の申し子であるTPPやTTIPなど米国主導の自由貿易協定は、「貧困層や中流階級、ひいては国家主権の犠牲の上に多国籍企業の利益を最大化し、格差を拡大させる」と批判されていることは、ピケティ教授も重々承知している。そうした副作用を熟知した上で、「毒をもって毒を制す」やり方で、グローバル化のもたらす問題を解決しようとしているのである。ピケティ教授は昨年11月18日付のドイツの論壇誌『ディ・ヨーロピアン』のインタビューで、次のように語っている。
「国際通貨基金(IMF)や世界銀行は、グローバル化の諸問題を解決できるように設計されていない。グローバル化を規制するには、より緊密な政治的・経済的協力が必要だが、欧州連合(EU)は明らかに失敗した。統一された法人税率を実現し、税逃れと闘おうとすれば、既存の仕組みを一から設計し直さなければならない。」
そしてピケティ教授は、IMF・世銀・EUなどの無力を、強力な法的拘束力を持つTTIPが補えると主張する。ここが矛盾点だ。ピケティ教授は、EUが正統性を失った理由をその意思決定におけるプロセスの不透明さに求め、次のように述べている。「現在のEUのような密室で決断がなされるスタイルではなく、ユーロ圏議会を創設し、政策を共通化させ、透明性を確保した多数決で物事を決めればよい。」
ではTPP同様、完全密室で官僚や多国籍企業によって、一般市民を排除して協議が行われているTTIPは、透明で民主的なのだろうか。さらにピケティ教授は、経済格差是正の処方箋として課税強化を訴えるのだが、増税分をどのように再分配するかという肝心の部分については、あいまいなままだ。
欧州世論が毛嫌いする反民主的な自由貿易協定で、さらに経済格差が拡大する可能性を、ピケティ教授はどう防ごうとするのか。その上、富の再分配の方法を決めないまま政府の税収が増えるというのは、うがった見方をすれば、貧しい者や中流層の再興が目的ではなく、各国政府の赤字財政の解決策に過ぎないのではないか。
(2に続く。このシリーズ全3回)