[岩田太郎]【イスラム国の術中にはまる米国】~女性人質で世論沸騰の可能性~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
「イスラム国」(ISIL)が湯川遥菜氏(享年42)と後藤健二氏(享年47)の2名の日本人人質を斬首したのに続き、ヨルダン空軍操縦士のムアズ・カサスベ中尉(享年26)を檻の中に閉じ込めて、逃げられないようにした上で焼殺するという、非道な動画が公開され、米国は動揺し、ISILの術中にはまりつつある。
昨年、3人の米国人男性がISILに斬首された上、現在26歳の戦争孤児支援活動家の米国人女性ケ○○さんが拘束されているからだ。その存在は秘匿されてきたが、湯川氏殺害を受けて、デニス・マクドノー大統領首席補佐官(45)が口を滑らせて名前を明らかにしてしまい、2月2日にオバマ大統領(53)が、ISILによる彼女の拘禁を公式に確認した。
米メディアの一致した見方は、後藤氏やカサスベ中尉が殺害された今、米国とISILの間の焦点は、ケ○○さんになるということだ。カサスベ中尉は焼殺された上、檻ごとブルドーザーで潰される無残な最期だった。もし若い、孤児援助に献身した若い女性が同じように残忍な、あるいはそれ以上に残酷な方法で殺害されれば、米国世論はどう反応するか。
とても冷静ではいられないのは目に見えている。すでに世論が沸騰しているカサスベ中尉の故国ヨルダンや、ISILのプロパガンダを無批判に受容する日本とは比べ物にならない世論の硬化が起こるだろう。米国が現在実施する空爆だけでなく、地上軍投入は必至だ。そして、米国は泥沼に引きずり込まれる。まさに、ISILの計算通りだ。
ケリー国務長官(71)は1月22日、「ISIL戦闘指揮官の約50%を殺害し、イスラム国の拡大を阻止している」と成果を誇ったが、決定打にはならない。
それどころか、ケ○○さんの動画が公開されれば、米政府は苦境に立たされる。彼女には600万ドルの身代金が要求されている。後藤氏の場合と同じく、まず生きている姿を見せ、米国民を揺さぶりにかかるだろう。
すべては、ISILペースで物事が進んでいる。計算されつくした非道な残酷さで憤らせ、自国のISILに対する無力さを苛立たせ、注意を独占し、放置できない状況を作り出し、相手を誘い出し、深みにはまらせるのだ。ISILはあくまでも冷静で、各国や世界が熱くなるのを待っている。
オバマ大統領はISIL と闘うシリア人やイラク人への武器供与や難民人道支援を柱とするISIL 対策に35億ドルを要求した。だが米政界では、米地上軍投入を求める声が高まっている。2016年大統領選へ共和党からの出馬がささやかれるウィスコンシン州知事のスコット・ウォーカー氏(47)は2月1日の日曜政治討論番組で、「今すぐではないが、地上軍を送るべきだ」と発言。
こうした論調は民主党にも広がっている。故ロイド・ベンツェン元上院議員の側近だったブレント・バドウスキー氏(62)は2月3日、「米国を含む有志連合国が最低15,000人の兵力で構成される地上軍を投入せねば、ISILを押し返すことは不可能だ」との論評を発表している。ロバート・ゲーツ元国防長官(71)も2月1日の発言で、「現状では、ISIL 撲滅の目標は非現実的で、実現不可能だ」と述べた。
しかし、有志連合地上軍がISIL を押し返しても、彼らは四散して、また新たなテロ組織や「カリフ国」を樹立するだろう。自国兵士の犠牲を抑えたい米国が、敵と戦う地元組織に武器や訓練を供給し、それら組織がやがて反米勢力になる、悪循環だ。イラク侵攻やアフガニスタン侵攻で「パンドラの箱」を開けてしまった米国は、いつまでも教訓を学ばず、じり貧になる。
ISIL の姉妹組織はリビアなどでも攻勢に出ており、「オバマ大統領はなぜ、何も手を打たないのか」との突き上げが、米国内で出ている。
オバマ大統領にすれば、イラク撤退とアフガニスタン撤退の「功績」が無になり、焦りが募る。中東に釘付けになり、アジアへの軸足転換は思うようにいかない。それに乗じて、中国やロシアが勢力拡大を目論む可能性もある。
今の米国に必要なのは、冷静さと、自軍の犠牲を払う覚悟だ。だがその両方を欠く米国は、ケ○○さんの身に万が一のことがあれば、中東でベトナム戦争以上の泥沼にはまっていくことだろう。
(編集部注: 米国の人質の名前を伏せているのは、人質の家族の要望から。)