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.国際  投稿日:2015/3/30

[岩田太郎]【副操縦士を絶望に追いやったもの】~ジャーマンウィングス機墜落事件~


 岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

フランス当局者によると、3月24日に同国南東部のアルプス山中にA320機を故意に激突させて149人の乗客・乗員を道連れにした、ドイツ格安航空会社ジャーマンウィングスのアンドレアス・ルビッツ副操縦士(享年27)の遺体の一部が発見され、DNA鑑定で身元が確認された。

一方、3月28日付の米『ニューヨーク・タイムズ』紙はドイツ捜査当局関係者の話として、同航空9525便のルビッツ副操縦士が視覚異常を訴え、治療を受けていたと報じた。具体的にどのような異常かは報じられていないので、それが心理的原因によるものか、別の身体的異常だったのかは明らかでない。

こうしたなか、何がルビッツ副操縦士を自暴自棄状態に追い込んだのか、輪郭が浮かび上がってきた。まず、飛行勤務に適格でないと診断されるほどの精神疾患があった。一部で重いうつ病と報じられるが、交際相手で、同じくジャーマンウィングス勤務の「マリア・W」さんが3月28日付の独『ビルト』紙に語ったところでは、憤りのため感情抑制できなくなる時もあったようだ。

米連邦航空局(FAA)が2012年にルビッツ副操縦士に交付した操縦士免許の付記事項には、「疾患あり」と記されていた。会社に精神的疾患の悪化を知られないため、彼は複数の医師から治療を受けていた。自分の不適格さを明確に認識しながら、診断書を破り捨て、勤務し続けたルビッツ副操縦士。これに新たな視覚異常が加われば、雇用契約が更新されず、少年時代からの夢である長距離国際線パイロットになる夢は絶たれることが、彼には容易に想像できただろう。

だが、それだけの理由でこの若者が「大量道連れ殺人」を犯す決意を固めるほど追い詰められたとは考えられない。たとえ夢が絶たれても、周りの支えがあれば、苦しみを耐え、別のキャリアを始めることもできたはずだ。彼はまだ27歳だったから、決して進路変更に遅すぎることはなかった。

同副操縦士は、格安航空会社である勤務先に大きな不満を抱えていた。「給料が安い」と、恋人のマリアさんに憤りをぶちまけていた。米『アトランティック』誌が指摘するように、「低価格パイロットは、命も低価格」なのである。自分の価値を低く見積もられたパイロットや運転士が乗客の命を高く見積もるだろうか。パイロットの夢を絶たれたら、ただでさえ身分が不安定で低給の自分の収入が、さらに減ると怖れたのだろう。

一方、ルビッツ副操縦士は、家庭を持つ夢を持っていた。「来年には結婚したい」と友人に語っていた。だが、マリアさん側から別れ話を切り出されていたらしい。数週間前には、彼女と自分のために計2台の車を発注、1台は既に納車されていた。しかし、マリアさんをつなぎ止められなかったと見られる。キャリアと恋人という心の支えを相次いで失う恐怖におびえる彼は、マリアさん以外に、頼れる友人や家族はいたのだろうか。

マリアさんは『ビルト』紙に、「彼は健康問題のため、ルフトハンザで機長として、長距離便の操縦士として働くという大きな夢が実質不可能なことを理解していたため、絶望して事件を起こしたのではないか」と語っている。その見立ては、大局的に間違っていないだろう。だが、彼女はすべてを語っていない可能性がある。彼がパソコンやスマホや日記に心情を書き残していない限り、「死人に口なし」状態だ。しかし彼女に対し、「すべての人が自分の名を知るようになる」と語るほど、自分の価値が評価されないことに憤りを覚えていた。

多くの世界中のメディアや専門家が、ルビッツ副操縦士の問題を雇用側の労働者・労務管理問題や機内保安問題に矮小化している。だが、コックピットの2人常駐制を導入しても、パイロットの管理を厳重化しても、問題の本質には届かない。ルビッツ副操縦士を絶望の淵に追い込んだのは、人の命や価値を安く見積もる経済・政治体制そのものであり、できるだけ多くの人が互いの支えになることを困難にする、自己責任社会であるからだ。

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