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.政治  投稿日:2025/7/8

P-1哨戒機失敗の本質


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・防衛省はP-1哨戒機を国産開発したが不具合が多く稼働率が低い。

・会計検査院は隠蔽体質や試験不足を指摘し、文民統制の形骸化が懸念される。

会計検査院が報告書をだしても政治が活用しなければ意味がない。

 

「大臣、双発より4発機の方が生存性が高いんです、現場の気持ちがわかりませんか!」

防衛庁長官時代にP-X(時期哨戒機、のちのP-1)開発に反対し、米海軍のP-8を推していた石破茂氏に詰め寄った海幕幹部の発言だ(防衛庁長官は国務大臣である防衛大臣なので、大臣と呼ばれる)。

 海幕も防衛省内局も国産機開発で固まっており、石破長官は孤立無援だった。結果押し切られる形でP-Xの開発を認めざるを得ず、自分が反対したことは書面に残すように指示をした。政治の決断を防衛省が押し切るのは文民統制の否定といえる。

 「だけどね、部隊の人間に聞くとさ、みんな信頼性が低い4発のエンジンよりも信頼性の高い双発がいいと言っているんだなあ」これは筆者が石破氏から直接聞いた言葉だ。石破氏はエンジンの信頼性、専用のエンジンを4発採用することでコストの高騰などから開発に否定的だった。

 6月27日、会計検査院は海自のP-1哨戒機に関する報告書を公開した。

P-1の稼働率の低さはクリティカルなレベルにあり、その主たる原因はエンジンと搭載機器のトラブル、更に交換部品の調達システムにある、としている。しかも、採用に当たって本来やるべき試験を行わずに、それで問題なしと部隊での使用を承認した。

今回の報告書は石破氏の懸念が正しかったと証明したことになる。

 

例えば報告書には「「IHIから、新条件腐食性試験実施後不具合は偶発的に発生したものであり、新条件腐食性試験実施後不具合に関する特別な整備、処置等は不要であるとする分析」「作動試験(搭載武器を実際に作動させて確認する試験)は実施していなかった」とある。これはやるべき手順を省いたということである。当事者意識と能力を疑われる悪質な事案だ。しかもF7エンジンは試験運用試験の時間は他国のエンジンよりも一桁少なかった。

 

 P-1の調達や整備、不具合改修などに91年度から23年度にかけて総額1兆7766億円が投じられた。防衛装備庁は54年度の運用・維持終了(想定)までの総経費を4兆907億円と試算(23年度時点)している。報告書は記載を避けているがP-1の稼働率は筆者の取材する限り、3割台にすぎず、部隊では悲鳴が上がっている。しかも潜水艦探知能力は相当低い。米海軍からクレームが入るレベルである。

 

それらの不具合は部隊配備されて10年以上たっても一向に改善されない。しかもロールアウト時点での開発総額は3,500億円。当初の二倍以上であり、その後の不具合の改善費を含めればもっと高くなる。調達コストも当初100億円程度とされていたが、424憶円まで高騰している。

 

 P-1の機体もエンジンも専用であるが、対してP-8はベストセラー旅客機である737を流用している。消耗部品は量産で安価であり、信頼性も高い。しかもP-1が4発に対して、P-8は双発である。エンジンの数が倍違うのでこれまた整備の手間、維持費も大きくことなる。P-1の維持費はP-8より一桁高い可能性がある。

 防衛庁(当時)はP-1とC-2のコンポーネントを共用化するので同時開発でコストが下がるとしていたが、これも画餅であった。そもそも機体規模の大きく高翼機のC-2と、より機体規模の小さく、低翼機のP-1では機体特性が全く異なる。事実カヤバが担当したアクチュエーターはそれぞれ別個に開発することになり、コスト高騰につながった。見通しが甘すぎる。

 

これはP-1が本質的に失敗作であることを意味している。しかも防衛省と海幕はP-1が重大な問題を抱えて、高コストであることを知りながら、派生型として電子戦機を開発しようとしている。これは納税者に対する背信といってよい。

 

筆者はPX開発に際して否定的だった。PX、CX、更に当時は飛行艇US-2の開発も重なるので、日本の航空業界のキャパシティを超えていることがまず背景にあり、しかも機体、エンジン、システムを全部開発、調達するのは無理がある。更に申せば哨戒機の在り方が大きく変わる時期であった。当時開発が進んでいた英国のニムロッドMR4も開発が中止された。米国のP-8のコンセプトが正しいかも不透明であった。

 

だから既存のP-3Cの延命化を行い、様子を見るべきだと述べてきた。主翼を新造すれば機体寿命は新品に近いレベルまで戻る。これは米海軍やカナダ海軍でも行っていた。

エンジンを既存の新型に換装すれば出力が上がって燃費も減り速度も向上する。またコクピットや搭載システムをデジタル化すれば能力も上がるし、重量も軽減される。既存の訓練や整備が流用できるので維持費も安い。その後哨戒機を国産するにしてもその経験は活かせるはずだ。

 

そもそも当時P-3Cですら予算が足りずに、既存の機体から部品をはがして、他の機体に流用する「共食い整備」をしていたのだ。機体、エンジン、システムを全部専用に開発してはコストが高騰することは明らかであった。だが防衛庁や海幕はそのような方策を模索もしなかった。必要な哨戒機の保持ではなく、国産哨戒機の開発自体が目的だったので、それに合わせて理屈をつけて、防衛大臣が反対しても押し切ったのだ。

 

これだけ問題のあるP-1を政府は武器輸出拡大のために売り込んでいる。そのプロモーションのために税金を使って海外の航空ショーなどに展示するなどしている。だが、採用国の多いベストセラーP-8の2倍の単価で、下手をすると維持費が一桁高い哨戒機を買う国があるはずがない。それを知っていて「やっている感」を出してきたのだ。

 

今後P-1の改修が可能なのか、可能であればどの程度の期間と費用が掛かるのか防衛省は明らかにせずに、今後も調達が続けられる可能性が高い。このような問題が起こる原因の根本はどこにあるのか。

 

それは防衛省、自衛隊の隠ぺい体質にある。防衛省はこの報告書に際しても、「P-1の可動状況や、技術・実用試験の実施方法、試験結果等についての詳細な情報が記載されていた。防衛省は、これらのP-1の運用や開発の細部にわたる情報が公開された場合、装備品の機能、性能、特性等が推察されることになり、警戒監視活動等の任務の遂行に支障を来し、国家の安全が害されるなどのおそれがあるため、同省として公開することはできないとしている。 上記を踏まえて、これらの情報については、本報告書に記述しないこととした」と、情報の開示を拒んでいる。

 

例えば先の「作動試験(搭載武器を実際に作動させて確認する試験)は実施していなかった」という事実が国会に報告され、問題になっていたらP-1が採用されただろうか。少なくとも試験は行われて結果が出たはずだ。

また国会議員はどのような不具合があるか知らされずに問題がないという前提で、予算を審議している。更に申せば装備の調達期間や調達数が政治家に知らされずに調達されている。例えば10式戦車の調達数は石破氏も知らなかった。

 

このように問題を国民や政治家から隠ぺいしてきたからこそ、問題が共有されずにここまで来たのだ。防衛省や自衛隊のこのような隠ぺいは軍事機密の保護ではなく、組織防衛のための言い訳に使われてきている。

 

「敵に手の内を明かさない」と言いたいのだろう。だが軍事情報の管理にはるかに厳しい米国では軍の航空機などの稼働率やミッション達成率、不具合などに関してGAO(会計検査院)や議会調査局が詳細な報告書を出している。同盟国たる米国は国家の安全を害しているのだろか。防衛省や自衛隊の「敵」とは納税者のことだろう。

 防衛省や自衛隊は民主国家の軍隊になれば当然国民に公開すべき情報を隠蔽してきた。このため自衛隊がブラックボックス化しており、エビデンスがないのでまともな検証者批判が困難となっている。

 

 P-1の不具合だけでない。F-2戦闘機もレーダーなどの不具合があったが防衛省や空幕はこれを長年隠ぺいしていた。三菱重工幹部によればレーダーの不具合は実は機体とのマッチングにあり、技術研究本部ではなく、重工が指揮していればもっと早く解決したという。自衛隊に関する多くの不具合や「不都合な真実」は軍事機密でなくても隠ぺいされてきた。

 陸自の無人ヘリFFRS(lying Forward Reconnaissance System)は大規模災害やNBC環境下での偵察に必要とされ、開発は成功したと防衛省は事業評価で自画自賛していたが、2011年の東日本大震災で一度も飛ばなかった。これは筆者が明らかにしたがのちに国会でも追及されて防衛省も信頼性が低く、使用すると二次災害が起こる可能性があったと認めた。その後FFRSの調達は停止され、ボーイング社のスキャンイーグルの調達が始まった。

大震災という「実戦」が起こらなければ、FFRSの不具合は明らかにならず、延々と調達がなされていたはずだ。

これでは政治や国民に軍事の情報を知らしめる必要なし、としていたかつての帝国陸海軍と同じである。

 

 おそらくP-1の改修は無理だろう。10年かかって改修できなかったのだ。P-1は用途廃止してP-8を20〜30機程度導入し、無人機のシーガーディアンと併用して有人機を減らすべきだ。すでに海自はシーガーディアンの導入を決定しているが洋上哨戒のみで、対潜任務には使用しない。またシーガーディアン導入によってどの程度有人機部隊の削減を行うかも明言していない。導入するシーガーディアンに対潜能力を付加して運用すべきだ。

防衛省がP-1の改修ができるのだと主張するのであれば、現在の稼働率を公表してあと何年でどの程度の稼働率やミッション達成率を実現でき、そのためのコストはどの程度かかるのか明らかにすべきだ。

 

 

 文民統制の基礎は、文民による統制で、その根幹は予算と人事である。文民とは内局の文官ではなく、国民の負託を受けた政治家のことである。防衛省と自衛隊の情報開示のレベルは民主国家としては落第レベルだ。国会は実質無審議で防衛予算を毎年通しているに等しい。米国のように機密以外の情報は開示し、会計検査院や国会がシビアに防衛費の使い方を分析して公開すべきだ。情報開示は文民統制の根幹である。今回の報告書はそれを示唆しているといってよい。

 

 また政治がこのような報告書を活かせるかどうかも問題だ。会計検査院はたびたび防衛省の無駄使いを報告しているが、それらはあまり政治が有効に活用していない。例えばT-7初等練習機導入の不透明さや導入後の維持費の異様な高騰が指摘されたが、昨年T-7の後継練習機が米国製のT-6に決定さたが、空自は米国で長年T-6で訓練をしてきたが、他の候補二機種には試乗すらしていなかった。にもかかわらず、書類審査のみでT-6が選定された。これは官製談合と言われてもしかたない事案だが、国会では問題にならなかった。

 同様に広帯域多目的無線機(略称:広多無(コータム)も2018年度の段階で1万9,357台中、ほぼ6割が未改修で放置されていた。コータムが通じないのは現場で大変に問題になっているが、その原因の一つが軍用無線に合わない周波数帯を使っていることだ。これは先のFFRSについてもいえることだ。だが防衛省は問題ないとしている。だが現在もコータムの問題は解決していない。(詳しくはこちら

 

 政治がまともに取り組くんでいれば、解決した、あるいは再発が防げた事案だ。せっかく会計検査院が報告書をだしても政治が活用しなければ意味がない。政治の覚悟と当事者能力が試されている。

 

トップ写真:Yuriko Nakao by getty images




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