第2期トランプ安保戦略の“本音”:西半球重視と同盟負担増を示す地政学的転換

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025 #48
2025年12月8-14日
【まとめ】
・第二期トランプ政権「国家安全保障戦略」の要点は、優先順位が高いのは西半球とアジアだということ。
・今週日本で大きく報じられたのは「中国軍機によるレーダー照射」事件。
・ガザで「戦争でも平和でもない」状態が続く中、12月8日はシリアのアサド政権が崩壊して一周年。
先週、第2期トランプ政権の「国家安全保障戦略」が漸く発表された。日本や韓国のメディア報道は、案の定、次のような見出しばかり。「がっかり」というか、「情けない」というか、「もっと広い視野で見てくださいな」と言いたくなるところだが…そこは我慢して、まずは次のような日本メディアの典型的なヘッドラインから見てほしい。
●米、台湾・南シナ海での衝突回避に同盟国に負担増要請 安保戦略
●台湾紛争抑止で日本・韓国に防衛費増額求める 戦略全体では「アメリカ第一」鮮明に
●木原官房長官、米安保戦略を評価
●[沖縄タイムズ社説]沖縄の負担増はノーだ:同盟国に対しては手厳しく、軍事大国のロシアや中国に対しては批判を抑え、北朝鮮への言及はなし。一方、韓国メディアも似たようなものだった。
●韓・日・欧に「自ら防衛の責任を負うべき」…3年間で一変した米国の安保戦略
●韓国に中国けん制への参加を露骨に求めた米国の新国家安保戦略
記事を執筆した記者たちは、本当にこのNational Security Strategy 2025を全文しっかりと読んだ上で書いたのかねぇ?もし読んでいたら、こんなヘッドラインにはならないと思うのだが…。なお、筆者は前回(3年前)のバイデン政権版「National Security Strategy 2022」も全文読み返し、新旧の文章を比較した上で書いている。
上記記事のヘッドライン、いずれも間違いではないのだが、決して第二期トランプ政権の「国家安全保障戦略」の本質を突くものではない。おいおい、お前、偉そうなことを言うな、などとお叱りを受けそうだが、そう思うのだから仕方がない。では、筆者が記事を書くとしたら、どんな「見出し」にするか?恐らく、こんな具合だろう。
●「建前」から「本音」へ、様変わりした?米「国家安全保障戦略」
●文体は、学者的・官僚的抽象表現から、高校生レベルの平易な具体論へ
●内容も、「あれもこれも」の「総花的」記述から、優先順位を示した率直表現へ
●消えたキーワード:北朝鮮、ロシア、民主主義・権威主義、テロ、パンデミック
●良く言えば「分かり易い」が、悪く言えば「独りよがり」の民主党批判ばかり
●さすがはトランプ政権、以前なら「部外秘」に近い「注釈」を敢えて公言している
●だが、内容と文体こそ一変したものの、米戦略の「本音」は変わっていない
日本語で書かれた記事の中に1つ、「21世紀版モンロー主義」 「トランプ・コロラリー」に言及したものがあった。また、BBCは「ロシア政府、米国家安全保障戦略を前向き評価、自分たちの見方に沿うものだ」と報じていた。こちらの方がよっぽど今回の文書の本質を突いていると思うのだが・・・
筆者の言う「本質」とは、米国が、最も重視する中国との競争に勝つため、同盟国の負担増だけでなく、「西半球の守り」を確実なものとし、米国内製造業を再建する必要があるという、「本音」を隠さなくなったということだ。以上の点については今週のJapan Timesに寄稿する予定だが、ここでは筆者が特に重要だと思う点を書いておく。
●地域で見れば、トランプ政権の戦略的優先順位は、まず①西半球(南北米大陸)、次いで②アジアであり、③が欧州、④が中東で、最後が⑤アフリカとなっている
●これに対し、バイデン政権版の優先順位は、①インド太平洋、②欧州、③西半球、④中東、⑤がアフリカで、ご丁寧に⑥北極海、⑦海洋、上空、宇宙まで加えていた
●文量面でも、バイデン政権は「総花的」だったから、各地域をほぼ平等に取り扱い、文量としてはA4で約1ページ半弱ずつ、ほぼ同程度の字数で説明を行っている
●これに対し、トランプ政権は、①まず西半球に3ページ半、②アジアにほぼ6ページ費やす一方、③欧州には2ページ半、④中東は2ページ弱、⑤アフリカは半ページしか割いていない。要するに、優先順位が最も高いのは西半球とアジアなのだ。
●アフリカは仕方ないとしても、欧州や中東の住人・専門家が読んだら、薄々気付いていたとはいえ、やはり、少なからぬショックを受けるのではないか。これが今回発表された戦略の本質だと筆者は見る。
詳しくはJapan Timesのご一読を願い申し上げる。
もうひとつ、今週日本のメディアで大きく報じられたのは「中国軍機によるレーダー照射」事件である。これについての筆者のコメントは次の通りだ。
●中国側の偶発的な操作ミスや勘違いである可能性は限りなく低い
●操縦士の独断か、末端司令部の判断かは不明、党中央指示の可能性は低い?
●高市答弁に怒っている指導部に対する「人民解放軍」からの忖度の可能性高い
●ただし、高市答弁がなくても、この事件が起きていた可能性は高い
●日米等で新しい政権が発足すると、人民解放軍は必ず新政権を「テスト」してきた
●日本側がこうした事態を予測していなかった筈はなく、対応は冷静だった・・・
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
12月9日 火曜日 ウクライナ大統領訪伊、イタリア首相と会談
ルーマニア大統領訪仏、フランス大統領と会談
欧州理事会議長アイルランド訪問、同国首相と会談
アルメニア首相訪独、ドイツ首相と会談
12月10日 水曜日 クロアチア首相訪独、ドイツ首相と会談
セルビア大統領ブラッセル訪問、欧州理事会議長・欧州委員会委員長と会談
12月11日 木曜日 NATO事務総長訪独、ドイツ首相と会談
12月12日 金曜日 ベルギー首相訪英、イギリス首相と会談
パレスチナ自治政府大統領訪伊、イタリア首相と会談
12月14日 日曜日 チリで大統領選挙
最後は、ガザ・中東情勢だが、ガザで「戦争でも平和でもない」状態が続く中、12月8日はシリアのアサド政権が崩壊してから一周年に当たる。その間、シリア暫定政府のアッシャラ大統領が訪米し対米関係の改善が見られるなど、シリアをめぐる情勢は大きく変わりつつある。勿論、シリアがこのまま安定していくという保証はない。
国内では今も断続的に戦闘が続いているようであり、特に、アサド親子をはじめ旧政権で権勢を振るった「アラウィ派」の住民に対する迫害や攻撃が続いているとも報じられる。シリアの安定は「まだまだ」だが、シリアが安定しなければレバントの安定もあり得ない…。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)ホワイトハウスで円卓会議に出席するトランプ大統領
ホワイトハウス ワシントンD.C
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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