[朴斗鎮]【北朝鮮に”中国式経済改革”はない】〜 「5・30措置」を読み違えたランコフ教授の嘆き〜
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
北朝鮮では金正恩第1書記が2014年5月30日に「経済管理方法を確立するための綱領的指針」(5・30労作)を明らかにしたと言われている。この「5・30労作」を一般的には「5・30措置」と呼んでいるのだが、これに飛びついたのが韓国・国民大学のランコフ教授だった。
ロシア出身で金日成総合大学に留学経験を持つアンドレイ・ランコフ教授は「アルジャジーラ」への寄稿「Reforming North Korea」(2014年11月30日)で、「ついに北朝鮮が中国式の経済改革を始める決心をしたようだ」と主張した。(週刊東洋経済2014・12・9)
しかし最近、彼はこの「5・30措置」が遅々として進んでいないことに落胆し「今年から全面的に実施することで期待された 5・30措置はまだまともに実行されていない」(ラジオ・フリー・アジア2015・5・28)と嘆いている。ランコフ氏は北朝鮮が経済改革を進めないと嘆いているのだが、その前に「5・30措置」を中国式経済改革と誤解した自身を嘆くべきだ。
周知のように中国での経済改革は、まず毛沢東の個人崇拝(毛沢東独裁)体制を克服する「政治改革」から始められた。その後「市場経済」を本格的に導入し「経済開放」(1978年)へと向かったのである。だからその政策を「改革開放」と呼んだ。
しかし北朝鮮の「5・30措置」には「政治改革」はない。北朝鮮国家計画委員会のリ・ヨンミン副局長の論文(「勤労者」2014年9月号)でも「企業責任管理制(経済管理改革)は、国家の統一的な指導の下で国家課題を無条件に遂行するための経営権の改革である」とし、むしろ現政治体制を強化するものと位置付けている。
また中国では市場経済の導入とともに、一部国有企業の民営化も行われ、生産手段の私的所有も認めたが、北朝鮮ではこれを徹底的に拒否している。北朝鮮の経済行政担当者は「朝鮮は、社会主義経済制度の基礎である生産手段に対する社会主義的所有を固守している」(朝鮮新報2014・2・4)と強調している。
ランコフ氏は「5・30措置」の「社会主義原則(非市場経済原則)に基づく」との部分を飛ばし、「企業の独自性」にだけ注目して、それを「市場経済化」へと向かものと解釈したようだ。
この「市場経済化」でランコフ氏が注目しているのが最近北朝鮮に登場した富裕層「金主」(トンジュ)と呼ばれる人たちである。ランコフ氏はこの人たちを「資本家の登場」と位置付けている。しかし「金主」(トンジュ)は一般的に言われる資本家ではない。国家の供給不足と資金不足を補完するために、政府が許容する範囲で資金運用し利益を得ているごく一部の人たちである。この人たちには生産手段の私的所有は認められていない(利用権は認められている)。
だから「稼いだ利益の約70%は国家に納め残りを手元に残す」(脱北者証言、朝日デジタル2015・6・5)」ことになる。しかし、ランコフ氏はこの「トンジュ」と「5・30措置」を結びつけて「北朝鮮が市場経済化へと向かっている」と断じたのである。それは大いなる誤解だ。
北朝鮮の経済は、社会主義経済というよりは本質的には「首領独裁経済」というものだ。従って経済管理改革も首領のための改革とならなければ当然中断される。
だから金正恩の「5・30労作」でも「幹部らが経済管理方法を改善すると言いながら自分勝手に社会主義の本性に反する誤った方法を引き入れ、領袖と将軍が築いた領導業績を毀損するといった現象が現れないようにしなければなりません」と釘をさしているのである。北朝鮮が過去に何度も「経済管理改革」に失敗したのはこの「壁」のためだ。
ランコフ氏が北朝鮮体制の本質が「首領独裁体制」であるということを十分に理解していれば、嘆きも落胆もなかったに違いない。