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.国際  投稿日:2015/7/13

[岡部伸]【プーチン流「二股外交」に警戒を】~露、狙いは日米分断とG8復帰~


岡部伸(産経新聞編集委員)

岡部伸(のぶる)の地球読解」

執筆記事

アベノミクスと共に安倍晋三首相の外交が正念場を迎えている。悲願の北方領土問題を抱えるロシアのプーチン大統領がロシア南部ウファで行われた上海協力機構(SCD)首脳会議で、9月に中国が北京で開催する抗日戦争勝利記念行事にSCO加盟国が「共同で参加する」と述べ、第二次大戦終結70年を踏まえた「歴史問題」で中国と共闘する姿勢を表明したためだ。

ウクライナ危機をめぐり、国際社会で欧米と対峙するロシアは中国との協力強化が欠かせず、孤立回避に中国へ配慮した格好だが、プーチン大統領は訪日準備を指示して日露関係が再び動き始めているだけに、歴史問題で中国の立場を支持することで、領土交渉で日本をけん制する狙いも指摘されている。また安倍首相は中国からの招待を受けて9月初旬に訪中し、歴史問題や尖閣で圧力をかける習近平国家主席との首脳会談を検討しており、夏から秋は日中露の熾烈な首脳外交(パワーゲーム)が展開されそうだ。

抗日戦争勝利記念行事は、中国が抗日戦争勝利記念日と定める9月3日に中国共産党と人民解放軍が北京市内の天安門広場で行う記念大会と軍事パレード。今年を「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」と位置付ける中国が最も重視している行事で、習近平国家主席が出席して演説する。

ロシアからの報道によると、プーチン大統領はウファで10日、モスクワで5月に主催した対独戦勝70周年記念式典にSCOの全首脳が参加したと謝意を表明。「世界を破滅の縁に追いやった悲劇を繰り返さないため、できる限りのことを行う」と強調し、「(北京での)日本軍国主義の打倒70年の記念行事にわれわれは共同で参加する」と語った。中国の習近平国家主席も「日本の軍国主義による侵略に抵抗した中国を支援した国や人々に心から感謝する」と述べ、歓迎の意向を表明した。

ロシアはクリミアを併合したウクライナ危機を理由に欧米の経済制裁と主力輸出品の原油の国際価格低迷で国内経済はマイナス成長となり、国民の生活は苦境が続いている。主要国(G8)から追放され、国際社会から孤立し、米国はじめ欧米との対立は先鋭化したままだ。さりとて単独で欧米に対抗する力はなく、かつては社会主義国家の「弟分」でありながら米国に次ぐ経済大国に成長した中国の経済力を必要としている。プーチン大統領が習近平国家主席との会談でロシアの政治、経済上の苦境を訴え「中国と力を合わせれば克服できる」と協力を求めたのもその表れだろう。実際にソ連崩壊後、荒廃する一方のシベリア開発は中国なくして再生できないことは自明の理だ。

また歴史問題で日本と対立する中国は安倍首相が発表する戦後70年談話に注目しており、第二次大戦で同じ「戦勝」国ロシアを「共闘」のパートナーとして必要としている。中露は「戦勝国」という共通の土俵で相互に補完関係を進めやすい環境にある。

その一方で、こうした中国への過度な依存を警戒するプーチン大統領は「バランサ―」として日本との関係改善を目指している。先に「ボールは日本側にある」と対話促進のシグナルを発したことを受けて6月24日に安倍首相がプーチン大統領にかけた30分の電話会談をきっかけに水面下で訪日の準備が始まっている。日露関係筋によると、プーチン大統領はロシア外務省に日本外務省と訪日に向けた協議をするように指示してクレムリンも10月末から11月初旬をめどに訪日時期やテーマなどの検討に入った。日本側も谷内正太郎国家安全保障局長がモスクワを訪問して7日にプーチン大統領側近のパトルシェフ安全保障会議書記と会談。岸田文雄外相の訪露についても8月31日から9月1日との日程を提案して大統領訪日へ向けた環境整備を進めている。

しかし、問題はウクライナ危機で対立する米国が日露接近を歓迎していないことだ。先の日米首脳会談で安倍首相はオバマ米大統領と同盟関係の深化を宣言した。そこを見越してプーチン大統領は、日米の「結束」に楔を打ち込み、先進7カ国(G7)による制裁解除を目論んでいる。そして安倍首相のイニシャチブで来年、伊勢志摩で開催されるG8主要会議(サミット)に参加し、G8に復帰することを目指している。ロシアはかつての衛星国、ポーランド、チェコ、ハンガリーが99年から北大西洋条約機構(NATO)に加盟する(つまり勢力圏を失う)代償と引き換えに97年のデンバーサミットから正式に参加して「大国」の地位を得た経緯がある。G8復帰で威信回復したいのが本音だろう。

北方領土に対して、ロシアは「第二次大戦の結果」を見直すべきではないとの見解を崩していない。「歴史認識」で中国と共闘することで、プーチン大統領は領土問題で譲歩が困難であると日本に揺さぶりをかける狙いもあるだろう。プーチン流「二股」を掛ける外交はしたたかだ。あの戦争で中立条約が有効だった日本に和平仲介の期待を抱かせ、ヤルタでは英米と密約を交わし、対日参戦という「大どんでん返し」を喰らわせた赤い独裁者スターリンの狡猾な「二股外交」に煮え湯を飲まされたことを日本人は決して忘れてはならないだろう。

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