[嶌信彦]【仏同時テロ:日本は対岸の火事でいられるか?】~政府のIS非難声明は言葉を選べ~
嶌信彦(ジャーナリスト)
「嶌信彦の鳥・虫・歴史の目」
13日夜、フランス・パリで発生したISILによる同時テロは衝撃的だった。市中心部の劇場、サッカー場、レストラン、郊外のスタジアムなど6ヵ所が武装グループの襲撃を受け、129人が死亡、300人以上が負傷する大惨事となったからだ。サッカー場ではオランド大統領も観戦しており、事件がただならぬ計画性と恐怖感を与えようとしたものであることがみてとれる。犯行はイスラム過激派組織「ISIL」によるものと仏政府は断定。さらに支援者が闘争している可能性もあるとして、市民に外出を控えるよう求め、フランス全土に非常事態宣言を発令した。実行犯は11人とみられ、自爆テロで7人が死亡。少なくとも1人はフランス国籍で現場からシリア国籍のパスポートが回収されているとされる。事件は午後9時から約1時間の間に集中的に発生しており、計画的な同時テロであることは間違いない。
フランスへのテロは、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載した週刊紙「シャルリー・エブド」を襲撃、17人を殺害した事件から10ヵ月。フランスは今年の9月にISILに対する空爆をシリア領内で開始していた。フランスは2013年1月に旧植民地の西アフリカ・マリに軍事介入し、イスラム過激派の掃討作戦を行なっており、この事件直後に日本人10人を含む多数の外国人が死亡したアルジェリア人質事件も起きている。
このほか欧州では04年3月にマドリード列車爆発テロで191人が死亡。05年7月にロンドンで地下鉄などの同時テロで50人以上が死亡。さらに昨年5月ブリュッセルのユダヤ博物館で4人が死亡する発砲事件も起きている。
13日のパリ同時テロでは日本人の被害者はいなかった模様だが、サッカーのドイツ代表団が宿泊するホテルにも爆破予告がありチームは競技場に宿泊したという。
ISILとの戦闘はシリア・イラク両国にまたがり一進一退を続けているようだ。一時はアメリカの軍事顧問団が支援し、優位に立ったようにみられたが、現地からの報道によると依然ISILは勢力を維持、拡大しつつあるようで、アメリカ政府のいうように完全に滅ぼすには4~5年はかかるとみられている。というより、最近もまたアフリカ、中東、欧州だけでなくアジアなどのイスラム教徒が参戦に駆けつけているようで戦争が治まる気配はなく、そこへロシアがシリアに政府支援の軍を派遣するなど、各国の国益が絡んでますます複雑な様相をみせている。
戦闘状況はシリア対反シリア・ISIL戦線を軸に、シリア支援の欧州軍の参戦、勢力拡大を目指す旧アルカイダ系や中国・東南アジアなどのイスラム教徒なども参入しているようで極めて複雑な状況になっているようだ。主役だったアメリカは主力軍を引き揚げ、顧問団数十人と無人の戦車、戦闘機で戦っている。シリア軍は弱体化していたがロシアの支援によって息を吹き返しているともいわれる。
ISILは戦線を広げ、19世紀の砂漠時代のように自由に国境を移動できる国際戦略を打ち出しイラク、シリア以外の国にも進出しようとしているようにみえる。いわば19~20世紀の欧米による国境画定の破壊に乗り出し、自由に往来できる往時の砂漠時代を目指しているようにみえる。しかしサウジアラビア・アラブ首長国連邦などの穏健派アラブ諸国はISILの動きに反発、アラブ諸国内でも混乱が起きている。
いわば、中東はこれまで多くのスンニ派の国々と大国イランのシーア派の対立が焦点だったが、ISILの出現でアラブのみならず世界のイスラム教徒と先進国に激震を与えてしまったといえる。
欧州は、このイスラム国、シリアの戦闘で難民が大量にEUに押し寄せ、国別に受け入れるといった考えまで浮上している。いずれにせよEUはこの難民問題で当分身動きがとれないのではないか。
アメリカは景気が一進一退で、目指すゼロ金利脱却の判断を先延ばししている。アメリカの金利引き上げは新興国の景気、株価、為替にも大きく影響するので年末までの米当局の判断は世界経済に大きな波紋をもたらすだろう。
問題は日本だ。ISILの戦闘はまだ日本人にとって他人事にしか映っていない。しかし、事件の度に出す非難の表明がいつ日本に歯向かってくる材料になるかもしれないということを覚悟しておくべきだろう。それにはイスラム教の教えやイスラムの国々の成り立ちなど深い知識をもって思いつきや感情だけで声明を出すのではなく、歴史をよく知っておくことが重要だと思う。政府も声明を出す時はよく言葉を選んで発信すべきだろう。