トランプ次期米大統領「日米同盟がいかに共通の国益か、3分以内に説明できれば理解されるだろう」高市早苗前経済安全保障相
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
Japan In-depth編集部(成沢緑恋、梶谷友花)
【まとめ】
・トランプ政権下の日本の防衛戦略について、「自由で開かれたインド太平洋」の維持や中国の脅威への対応を含む日米共通の利益をトランプ大統領に簡潔に説明することが重要。
・サイバー攻撃への備えとして全都道府県での演習や法整備が急務となっている。
・税と年金を一体で見直し、働く意欲を阻害しない制度設計にすべき。
11月21日、自民党は新設の党政調「治安・テロ・サイバー犯罪対策調査会」の初会合を開いた。高市早苗氏はその会長だ。前経済安全保障相としての手腕を買われた形だ。
アメリカではトランプ氏が返り咲き、日本に対する影響もさまざま取りざたされている。防衛は?そして経済は?はたまた、現在佳境に入っている国民民主党との「103万円の壁」を巡る議論は?話を聞いた。
■ 日本の防衛戦略
安倍: トランプ政権下で日本の防衛戦略になんらかの影響はありますか?
高市: 大きな変化を起こしてはだめです。トランプ次期大統領の特徴は予測不可能とディール(取引き)ですが、日米同盟がいかに共通の国益に資するかということを、しっかりと3分間以内に説明できれば理解されると思います。3分間以上は人の話を聞かないと言われていますからね。だから簡潔に説明するといいと思います。一つ気になっているのが、防衛費を対GDP比3%まで求めているという話が聞こえてきたことです。
安倍: 2%からいつの間にか増えていますね。
高市: そもそも防衛費というのは、本来は対GDP比で考えるんじゃなくて、必要額の積み上げで決めるべきものです。ただし、NATO諸国でも2%としているのは、防衛費というのは経済力に応じて積んでいくという考え方によるものです。だから、日本も「NATO諸国の国防予算の対GDP目標(2%以上)も念頭に、防衛関係費の増額を目指します」という記述を、3年前の衆議院選挙の時の『自民党政権公約』に、当時の政調会長として入れ込みました。
安倍: 今回は公約に入ってないですね。なんで消したんですかね。
高市: 政調会長じゃないから分からないですが、既に安保3文書で防衛費の増額方針を決めたからではないでしょうか。ただ、トランプ次期大統領が、各同盟国に対して対GDP比3%を求めてくる可能性は、現段階では否定できませんね。日本に対して求めてくるかどうかは別として、韓国には求めるのではないか、応じない場合には在韓米軍の削減を取引材料にするのではないかと指摘する専門家もおられます。
ただ、日本の場合はGDPそのものが大きいし、対GDP比2%でも、一昨年12月に、『国家安全保障戦略』『国家防衛戦略』『防衛力整備計画』を策定して、防衛力の抜本的強化に取り組む大きな判断をしていますよね。だから安保3文書に基づき、着実にこれを進めていくことが基本です。
米国側も十分に理解していると思います。
また、F-35戦闘機やトマホーク・ミサイルについても、確実に取得しないと日本の防衛はできませんので、トランプ新政権の安全保障人事を見極めながら、閣僚レベルから実務レベルまで、早急に意思疎通のチャネルをつくることも重要です。
また、トランプ次期大統領によく理解してもらわなくてはならないことは、安倍晋三元総理が提唱された「自由で開かれたインド太平洋」の意義です。ここにアメリカを強く関与させ続けることは、日本の責任です。
それから、トランプ次期大統領にとっての最大の関心事は中国だと思います。今、中国、ロシア、北朝鮮の3か国・地域の結束が強くなっています。アメリカが気にしているのは中国と台湾ではないでしょうか。
TSMCはアメリカにも進出しています。万が一、習近平氏が言っているように2027年までに台湾を統一するというようなことであれば、平和的統一にしても、軍事的統一にしても、どっちにしても困るのが、北京政府の下に台湾が入るということ。そうなると、TSMCも『国家情報法』の適用対象になります。それが一番怖いですね。中国の企業も人民も国家情報工作に協力しなきゃいけない、そして、国家は協力者を保護するという内容ですから、技術情報や人的情報が抜かれ放題になります。それをアメリカは一番嫌がるでしょうから。
だから、経済にしても、台湾海峡や朝鮮半島の安定にしても、日本を味方につけなければ、アメリカに勝ち目はありません。そういう意味で、日本とアメリカには共通の国益があります。在日米軍をはじめ日米同盟は、アメリカの戦略上、不可欠な要素であり、日本との関係を毀損することは、トランプ次期大統領の取引にもマイナスになるということを理解してもらうことが大事だと考えます。
だから、そのような日米共通の国益をトランプ新政権が理解したならば、日本は安保3文書や防衛費を見直す必要はなく、着々とセルフリライアンスというんですかね、自律的に国を守れる力を徐々につけていくということでしょうね。
この他に、例えば次期戦闘機などの防衛装備品を同志国と共同で開発することは、スピンオフによって日本の技術力や経済力の強化につながる取組みだと思っています。『日本の経済安全保障』という拙著にも書いたのですが、F-16を日本の運用法や地理的特性に合わせて日米共同で改造開発したF-2戦闘機から生まれた技術は、骨折した時の補強チタンボルトなどの医療用や、高速道路のETC、車載用衝突防止レーダー、物流の電子タグに活用されました。防衛関係の研究開発を同盟国や同志国と共同で進めることによって、防衛と民生の両方に使える技術から新たな製品やサービスが生まれ、経済成長と税収増につながる効果も期待しています。
▲図 「日本の経済安全保障」国家国民を守る黄金律 高市早苗著 出典:飛鳥新書
■ サイバーセキュリティ
安倍: 着々とやっていくことが重要だということですね。あと、昔からおっしゃっているサイバーセキュリティの進捗なのですが、政府はきちんと進めているのでしょうか。
高市: 進めているでしょう。自民党のサイバーセキュリティ対策本部長として、平成31年春に内閣に出した提言書には、既にアクティブ・サイバー・ディフェンス(能動的サイバー防御)を可能にするための法整備の必要性を入れていました。当時は、総理からも「高市さん、野心的な提言だね」と言われて相手にされませんでしたが、日本国憲法が規定する「通信の秘密」に抵触するのではないかという懸念が政府の方にあったのだと思います。
でも、今年の2月の予算委員会だったと思いますが、内閣法制局長官の答弁はなかなか良かったですよね。憲法12条の公共の福祉に照らすと、通信の秘密が無制限ではないと受け取れる答弁をして下さったので。重要インフラがサイバー攻撃を受けたらどういうことが起きるか、もう国民の皆様は気付いておられると思います。
私は、今年の自民党総裁選挙で敗れてしまいましたが、仮に内閣総理大臣になっていたら、全都道府県でサイバーセキュリティ演習をやりたかったのです。
政府でも、様々な演習の機会を提供しています。例えば総務省がやっているCYDER(Cyber Defense Exercise with Recurrence:実践的サイバー防御演習)。あれは、公務員は参加費が無料ですが、民間事業者が参加しようと思うと高額です。金融庁がやっているDelta Wall(金融業界横断的なサイバーセキュリティ演習)も金融機関が対象ですが、農林水産省が所管するJAバンクは参加していませんでしたので、数年前に金融庁に声がけをお願いしましたが、現状は不明です。
私が全都道府県で実施するべきだと考えているサイバーセキュリティ演習は、重要インフラ事業者のみならず地場の製造業者やサービス業者、地方公共団体、社会福祉施設などが幅広く参加して、ある重要インフラ事業者に対するサイバー攻撃が発生したというシナリオの下で、順次、発生する様々なトラブルを知り、必要な備えを行うことを目的としたものです。今年は愛知県で実施しましたが、様々な脆弱性が明らかになり、行政や事業者が備えておくべきことが広く理解されたと思います。この演習で得られた教訓を横展開することも重要ですが、やはり、実地で演習に参加しないことには、事の深刻さは体感できないと思います。
▲写真 自由民主党高市早苗衆議院議員(2024年11月20日東京・千代田区)ⓒJapan In-depth編集部
私が、過去7年間、医科大学や病院での講演に呼ばれた際、医療機関がサイバーアタックを受けた時にどう対処するか、受けることを前提に何を備えるべきか、できるだけ受けないためには何をするべきか、といった話をしてきました。必ず毎日、電子カルテの情報はバックアップを取って、オフラインの状況で保管するべきだということを、何年も前から、平成の時代から訴え続けてきたのですが、でも実際には、徹底できていなかった。一昨年にサイバーアタックを受けた大阪の医療機関は、基幹災害拠点病院、高度救命救急センターなど重要な役割を担っていましたが、診療体制復旧までに2ヶ月半もかかりました。ランサムウェア攻撃で電子カルテの情報が暗号化されてしまうと、ゼロから患者情報を集めなければならず、手術当日や入院患者の容体が急変した時には致命的なダメージになります。
安倍: すごく脆弱ですね。
高市: 脆弱ですよ。平成の時代から私が警鐘を鳴らし続けていたのは、アメリカやイギリスで、病院や健康保険組合などが攻撃されて手術を延期したことや、救急患者を受け入れられないという事件が頻発していたからです。特にアメリカの場合は、攻撃を受けた病院側が批判されていました。なぜバックアップをとっていなかったのかと。日本でも、想定可能なリスクは多々あるのですから、しっかりみんなが備えていくことがまず大事だと考えていました。
安倍: 本当ですね。エネルギーもそうじゃないですか。エネルギー安全保障はどんどん脆弱になっているような気がするのですが。
高市: そうですね、自給率12.6%、これは危機的ですよね。ただ、今年のG7に行ってみて分かったのは、アメリカもカナダも、自給率100%を超えていますが、さらに供給量を増やさなければ、と必死だったことです。それは、日本も諸外国も同じですが、やはりAIとデータセンターでかなり電力消費量が多いということなのでしょう。多くの方がクラウドを使うからデータセンターのデータストレージ(保管)サービスは絶対必要だし、プログラム開発環境提供サービスや、計算環境提供サービス、暗号化処理サービスにも、データセンターが必要です。データセンターはこれからほっといても増えていく。でも、電力消費量が大きい。
3年前の総裁選挙の時にも、私は同じことを言っていましたよね。データセンターとAIによる電力消費量の急増に備えるべきだという話。ただこの3年間で変わったことは、生成AIが登場したことです。さらに電力消費量が大きいのです。それで、G7科学技術大臣会合ではエネルギー問題が取り上げられて、次世代革新炉やフュージョンエネルギーも含めて協力関係を作っていこう、エネルギー自給率をお互いに上げていこうということになりました。自給率100%超のアメリカやカナダがあれだけ焦っているということは、やはり皆相当エネルギー安全保障には真剣になっている。
日本の強みは、冷媒適用技術や光電融合技術を活かして省エネ型のデータセンターが作れることだと思います。私は、先進的省エネ技術についても、国が投資をして社会実装を急ぐべきだと思っています。
安倍: 日本の優位性が保てますよね。
高市: そうです。同志国には展開していけますしね。
安倍: なるほど、それはいいことですね。それもそうとして、やはり原発の再稼働とか、新規増設とか。原発を止めていながら何兆円も安全設備にお金を投下して、我々に電気料金として転嫁されている。それを国民は知らない。動かないものに一生懸命投資しているわけですよ。これは何とかしないといけません。
高市: そうですね。軽水炉をリプレイスするのであれば、国産の150万kW級の新型炉を使うか、データセンターや工業団地があるところに30万kWの級の小型炉を地下立地して、地域分散でやっていくか。送電コスト、サイバーアタックや自然災害による広域停電リスクの軽減を考えると、後者に移行していく方が良いと思います。
今後は、SMR(小型モジュール炉)などの次世代革新炉、更に30年代以降は、核分裂じゃなくて核融合、フュージョンエネルギーだと考えています。昨年4月に、日本初の『フュージョンエネルギー・イノベーション戦略』を策定して発表しました。G7でも協力して進めていこうという合意ができたので、実装目標を前倒しするために国家戦略の見直し作業をお願いしています。
安倍: お金を投じないとダメですね。
高市: アメリカやイギリスのビッグ5に対する投資額は桁違いに大きいですからね。でも、『フュージョンエネルギー・イノベーション戦略』を英語版でも発信した途端、日本の核融合スタートアップで5億円ぐらいしか投資が集まってなかったところに、いきなり100億円規模の投資が集まったと聞きました。
安倍: 京都フュージョニアリングとか。
高市: トカマク型に加えて、レーザー方式の核融合をやっているスタートアップでも投資が増えたと聞いたので、国が長期戦略を立ててこれをやるぞということで発表すると効果は出るのだなと思いました。
安倍: 呼び水になるわけですね。
高市: そうですね。発電そのものの実現を待たなくても、日本企業が保有する核融合関連技術には、短期的に稼げるものが多々あります。例えば、超電導技術は、医療用MRIの高度化に使えます。超電動コイルを精密に作り込む技術は、宇宙船や海洋調査船にも使えるでしょう。リチウム分離技術は、世界に展開できるし、日本でも使えるでしょう。レーザー方式についても、対空防衛への活用が期待できます。
安倍: レーザー兵器ですね。
高市: 対空防衛にも使えるけれども、高度がん治療にも使えるなど、色々なことに使えるようですね。数年以内にお金になるものはお金にしてしまおうと思い、J-Fusionという産業協議会を今春に立ち上げました。エネルギー自給率100%を目指すとともに、成長産業を育てておくことは、次の世代へのプレゼントになりますしね。
安倍: 重要ですね。
高市: やはり特別高圧(編集部注:電圧が直流・交流で7,000Vを超える電力)や高圧(編集部注:契約電力量が50kW以上、受電電圧が6,000Vの電力)の電力が安定的に安価に供給できなければ、日本の立地競争力は損なわれます。過去の超円高の時に海外に出て行ってしまった、ものづくり産業も国内回帰しにくいですしね。
安倍: 最後に経済政策ですね。今もう国民の関心は「減税」。とにかく103万円を178万円に引き上げてくれというのが猛烈に来ていて、与党が呑まなかったら国民民主党はもう協議を降りるとまで言っている。今の世論はそういう感じになっています。この現状をどう思われますか。
高市: 手取りを増やすのは大事なことです。消費マインドが上がらなかったら、企業の売上も上がらず、給料も設備投資も増えませんから、手取りを増やすことには賛成です。
私は総裁選挙でも申し上げましたが、「働く意欲を阻害しない制度設計」を訴えてきました。そうすると、税制と年金制度の両方を改革しなければなりません。国民年金受給額と生活保護受給額の逆転現象も不公平感を生んでいますが、これも低年金と生活保護の問題を一体的にとらえた制度の在り方を検討しなければなりません。在職老齢年金制度(編集部注:賃金と厚生年金の合計額が月50万円を超えると、厚生年金が減額または支給ゼロになる仕組み)についても、シニア世代の働く意欲を阻害するものになっています。
年末に向けては税制、来年に向けては年金制度の議論が活発になりますが、現時点では自民党としての結論が出ていませんので、個人的な意見を断定的に申し上げるのは、やめておきますね。
時間はかかると思いますが、人手不足を解消するとともに、消費が供給を上回るような成長路線を目指すならば、働く意欲を阻害せず、努力をした方が報われる制度設計が必要だと考えています。
〈インタビュー終わり。2024年11月20日実施〉
これだけ国際情勢が激しく動いている中で、日本ほど安全保障について議論がなされない国があるだろうか。高市氏に話を聞いて、多くの国民が危機感を共有すべき、との思いを新たにした。
(了)
トップ写真:自由民主党高市早苗衆議院議員(2024年11月20日東京・千代田区)ⓒJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。